5.ジェニーへの依頼
「それで、わたしへの頼み事というのは、もちろん、その一件に関わることよね?」
「は、はい……。本当は、警備騎士団員の中から人選しなければならないのですが、任務上すぐに任せられる者がおらず、できたらジェニー嬢に引き受けていただけないかと団長が――」
「フフフッ! わたしのお役目は、お屋敷の新しい家庭教師――といったところかしらね? 屋敷内の人間と親しくなり、少年に何が起こったのか、投げ文をしたのは誰なのかを探り出して欲しいということでしょう? それはもう、わたしが謹んで承るべき任務だわね!」
本来なら、貴族の令嬢であるジェニーに頼めるようなことではない。
だが、「聞き出し上手な《《じゃないほう令嬢》》」には実績があり、波風を立てずに事実を把握しておきたいと考えた警備騎士団の団長は、彼女の協力を仰ぐことにした。
ダフィールド兄妹と親しいという理由で交渉役に選ばれたグレネルは、どう切り出そうか迷い迷い話していたのだが、頼み事の中身をかなり細かい所までジェニーに言い当てられてしまい、頭を掻きながら溜息をついた。
「お察しの通りです、ジェニー嬢。屋敷では、少し前からご令嬢のピアノ教師を探しています。ピアノの名手として知られるシャーロット・ドゥラブル侯爵夫人は、団長の古いお知り合いで、彼女に推挙してもらうかたちで屋敷へ入る手はずとなっています」
「ご令嬢ね――。彼女は覚えていないと思うけれど、わたしは一年ほど前の夜会で、そのご令嬢――エリアル・スタインズ嬢とお話ししたことがあるの。とうに喪は明けていたはずだけど、彼女は淡い灰青色のドレスを身につけて、ひっそりと壁際に立っていたわ」
「あ、あの、ジェニー嬢! ど、どうして、騒ぎが起きた屋敷が、スタインズ侯爵家だとわかったのですか!? わたしは、まだお屋敷を特定できるようなことは、何も申し上げていないはずです! それなのにどうして!?」
グレネルが大きな声で騒ぎ出したので、心配そうな顔で、クレアやアレックスが様子を見に来た。ジェニーは、素早く追い払うような仕草をして、二人を下がらせた。
高まる好奇心から、つい言わなくてもいいことまで言ってしまったことを、ジェニーは少し後悔していた。
(願ってもないお役目が転がり込んできたのに、グレネル様に妙な疑いを抱かれて、お兄様にご迷惑をかけるようなことになったら大変だわ。ここは、なんとかして誤魔化さなくては――)
ジェニーは、わざとらしく小首を傾げながら、ちょっと困った顔でグレネルを見た。
「あら、本当ね。わたしったら、どうしてエリアル・スタインズ嬢のことを思いついたのかしら? そういえば、先ほど買い物からクレアが戻ってきたとき、『スタインズ侯爵様のお屋敷で、何か騒ぎがあったようですよ』と言っていた気がするわ。今朝の騒ぎの噂は、けっこう町中に広まっているのではなくて?」
「確かに――。我々が駆けつけたときには、それなりに野次馬が集まっていました。彼らが話を広めた可能性はあります。もしかすると、屋敷の対応を不満に思った夫婦が、自分たちで触れ回ったのかもしれません!」
「そうでしょう? いつのまにかわたしの頭の中で、クレアの言葉とグレネル様のお話が結びついていたのだわ! そういうことよ、きっと!」
「ああ、なるほど――」
ようやく謎が解けたという顔で、嬉しそうに微笑むジェニーを見ると、グレネルはそれ以上詮索するのをやめて自分もその考えを受け入れたくなった。
交渉役として団長から命じられた務めは、すでに果たしていた。
ジェレミーの承諾は必要だが、そこはジェニーが上手く解決してくれるだろう。
そう考えると、笑顔のジェニーと二人で過ごすお茶の時間をもっと楽しんでおきたい気持ちになった。
「クレア! お話は終わったわ。お茶を淹れ直してちょうだい。それから、グレネル様のお口に合うような乾酪を使った焼き菓子も持ってきてね!」
「はい、お嬢様! すぐにお持ちします!」
開いた扉の陰で、聞き耳を立て成り行きを見守っていたクレアは、待ってましたとばかりに威勢良く返事をすると、急いでワゴンを準備した。
(ウフフフッ、今日はまだお買い物を頼まれてもいないし、町へ出かけてもいないのですけれどね! わたしはいつだって、お嬢様のお役に立つなら、どんな形でもお手伝いしたいと思っていますとも! それにしてもグレネル様ったら、すっかりお嬢様に丸め込まれてしまって、今からこんなでは先が思いやられるわ!)
クレアは、熱々のストレートティーをたっぷり注いだカップを、優雅な所作でグレネルの前に置いた。そして、ジェニーには、いつものように少しぬるめのミルクティーを用意した。
さりげなく目配せしてきたお嬢様へ、彼女は気が利く侍女らしく素早く目礼を返す。
「うっ、あっち!」
ぼうっとしながらすすった紅茶の熱さに驚いて、グレネルが手にしたカップと皿をガチャガチャ鳴らすと、クレアはうつむきながら申し訳なさそうに笑った――。




