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12.庭師組合

 ジェニーは、いったん自邸へ戻ることにした。

 秘密裏に情報を収集するのなら、庭師組合(ギルド)へは、ダフォード侯爵家の紋章がついた馬車ではなく辻馬車で出かけた方がいい。

 ダフォード家の馬車が、場違いな所に止まっていれば、物見高い人々がいろいろな噂をする。ジェニーはともかく、ジェレミー・ダフォードは、それなりの有名人なのである。


「クレア! 屋敷へ帰ったら、すぐに昨日のドレスに着替えるわ。わたしは、音楽教師として働くために田舎から王都へ出てきたジェシー・オルグレンとして、庭師組合(ギルド)へ行くことにするから!」


「承知いたしました! 商店街(ガレリア)の近くまでお屋敷の馬車で行って、そこで辻馬車を掴まえましょう! わたしにお任せください!」


 ジェニーは、馬車の中で話をまとめると、屋敷に着くやいなや自室へ急行した。


「お帰りなさいませ、ジェニー様! 騎士団の詰所では、どのようなお話を――」


 迎えに出ていたアレックスは、外出するジェレミーから、ジェニーの行動をしっかり把握するように言われていたので、忙しそうに部屋へ向かう彼女に急いで声をかけた。

 

「後でゆっくり話すわ、アレックス! これから、庭師組合(ギルド)を訪ねるのだけど、午後のお茶の時間には帰ってくるから、支度をしておいてね。さあ、クレア、急ぎましょう!」


「はい、お嬢様!」


 二人はジェニーの部屋へ駆け込むと、ぴったり扉を閉ざしてしまったので、アレックスはそれ以上話しかけることはできなかった。

 しばらく部屋の前で待っていると、少々古めかしく地味なワンピースに着替えたジェニーが、クレアを引き連れて出てきた。


「あら、アレックス、まだそんなところにいたの?」


「ジェニー様、大事な御用向きでお出かけなのだということは承知しております。ですが、警備騎士団員の同行もなく、庭師組合(ギルド)を訪ねるのは危険ではありませんか? 仕事柄、荒っぽい連中が多いと思いますので――」


「そうかもしれないわね。でも、だからこそ、わたしとクレアだけの方が、おかしな警戒をされないと思うの。例えばね、王都のお屋敷の美しい庭に感動して、優れた技術を持つ庭師に話を聞きに来た田舎住まいの娘が相手なら、彼らはいろいろと教えてくれるんじゃないかしら?」


 そう言ってからジェニーは、アレックスに向かってにやりと笑った。

 察しのいいアレックスは、ジェニーには考えがあって、警備騎士団の同行の申し出を断ってきたことがわかったので、それ以上小言めいたことを言うのはやめた。

 そして、小さな声で「承知いたしました」とつぶやいて、二人を送り出した。


 二人は、打ち合わせ通り、商店街(ガレリア)で屋敷の馬車を降りると、クレアが呼び止めた辻馬車に乗り庭師組合(ギルド)までやって来た。



 組合(ギルド)には、仕事を斡旋する事務所のほかに、道具の修理や製作をする工房や樹木や草花の苗を売る市場もあり、たくさんの庭師が出入りしていた。

 ジェニーは、クレアを連れて、まずは市場を眺めて回った。

 やがて、市場を行き交う庭師や職人たちから、頻繁に挨拶されている大柄な男に注目した。

 ジェニーは、いかにも初めてここへ来たという様子で、恐る恐る彼に近づいていった。


「あのう、もしかして、こちらの組合長様ですかしら?」


 男は、いぶかしげな顔で振り向いたが、声をかけてきたのが、ここではあまり見かけない年若い女だったので、たちまち表情を緩めた。


「ああ、そうだよ。俺が、ここの組合長のグリフォードだが、何か用かね、娘さん?」


「やはり、そうでしたか! 一目見ただけで、わかりました! やはり王都の組合長様ともなりますと、ほかの庭師の方とは貫禄が違いますわ!」


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか! 俺は、そんなに堂々として見えるかね?」


 ジェニーが、うっすら頬を染めながらうなずくと、すっかり気分をよくしたグリフォードは、満面に笑みを浮かべた。

 もう、どんな問いかけにも、ためらいなく応えてくれそうな雰囲気だった。


「失礼しました。わたくしは、ジェシー・オルグレンと申します。こちらは、メイドのクレアです。知人の紹介で音楽教師の職が見つかりまして、初めて王都へ出て参りましたの」


「そうかい! 今の季節、王都はどこも華やかで驚いただろう?」


「ええ――。公園や広場は、みな花盛りなのでびっくりしました。先日お訪ねした大きなお屋敷のお庭も、たくさんの花々が美しく咲き競っていて感動しました。さすが王都ですわ。腕のいい庭師さんがたくさんいて、いたる所で丁寧に草木の手入れをしているのですね」


 庭の風景を思い浮かべるように、ジェニーがうっとり宙を見つめている横で、グリフォードは彼女が見た庭がどこの屋敷のものか考えていた。

 ジェニーは、ちらりと彼に目をやってから、たった今、思い当たったという顔になって声を上げた。


「ええっと……、確かあれは、スタインズ侯爵様のお屋敷でしたわ。あのお屋敷の庭も、こちらの組合(ギルド)の庭師さんがお世話をしているのですか?」


「ああ、そうだよ。この組合(ギルド)で修業をしていたミエスってやつが、一年ぐらい前からお抱え庭師になって働いている。最近は見かけないが、以前はよくここへ花の苗や球根を買いに来ていたよ。『お屋敷のお嬢様は青い花がお好きだから、いろいろと育ててみたい』って言ってね――」


 勿忘草、青雛菊、青釣鐘草、そして、青色の飛燕草――。

 ジェニーは、スタインズ侯爵邸の廊下から見えた、青い花束のような庭を思い出した。

 

(あの愛らしい庭は――、エリアル嬢のためにミエスが作り上げた庭だったのね。彼女を喜ばせるために、彼女が好きな青い花ばかりを集めて――)


 ジェニーの脳裏には、懸命に庭の手入れをするミエスと、窓ごしに優しく彼を見つめるエリアルの姿が、柔らかな光に包まれて浮かび上がってきた――。


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