本気
「覚悟しろ。まずはその障壁から破壊してやる」
魔王がそう言った直後、家は吹き飛ばされた。
「!?」
一瞬前まで家があった場所には、魔王が立っている。
恐らく魔王は一瞬で距離を詰め、家を殴り飛ばしたのだろう。
律が苦い表情を浮かべる。
別に家が吹き飛ばされた事はいい。吹き飛ばされたとしても、【魔法障壁】は破れない。
問題は、魔王の攻撃の瞬間が、律には見えないほど早かった事と、1回の攻撃で、家を吹き飛ばすレベルの膂力があった事だ。
通常攻撃でこのスピードなら、魔王の攻撃を避ける事は不可能に近い。
(とはいえ)
律達には【魔法障壁】がある。
普通の世界ならいざ知らず、この魔王が構築した次元なら、【魔法障壁】を破る事は出来ないだろう。
「ふむ。やはり相当に硬いな」
そう言って思考する魔王の表情は、どこか楽しげに見えた。
「そんな隙晒していいのか?」
顎に手を当てて考えている魔王に、律は容赦なく【魔法砲撃】を撃ち込む。
ずっと溜められてきた【魔法砲撃】。それによる光線。
魔王でさえ当たればただでは済まない威力のそれが放たれても、魔王は考える姿勢を崩さず、当たる瞬間まで思考を続けていた。
光線が着弾し、光が収まった後。
数秒前まで確かにそこにいたはずの魔王は、どこかに消えていた。
「やった⋯⋯のか?」
困惑する律の上から、魔王の声が響く。
「残念。当たってすらいないぞ」
その声に驚く律を魔王は笑い、家を真下へ蹴り飛ばす。
ドゴッと大きな音を立てて地面にめり込む家。
魔王は蹴った反動で高く飛び上がり、固有スキルを発動する。
「軍神、リオシ・デラゲラ」
神の力を借りた魔王は、大量の魔法人形を呼び出し律にけしかける。
律に向かって降ってくる大量の魔法人形の隙間を、ミクロサイズになった家はすり抜ける。
「この力は、昔俺を殺しに来た神のものだ」
魔法人形を【魔法砲撃】で一掃する律に、魔王が話しかける。
「最初、大量の人形を召喚して戦うだけかと思っていたが、あいつは軍神だからな。戦いが上手く、時には自分自身も前線に出て戦っていた」
魔王の声が響くなか魔法人形を倒していた律を、何かが家に乗ってきたかの様な揺れが襲う。
「こんな風にな」
そう言って魔王は家を魔法人形の方に蹴り出し、【借力】にて魔法を構える。
「【魔王借力】。氷結の魔王、コンヘラド・レイデモ」
魔法人形の動きが家にまとわりつく様な動きに変わり、家は一瞬動けなくなる。
【魔法砲撃】を撃った直後を狙われたため、すぐには光線を撃ち出せない。
「【氷霧】」
魔王を中心として氷の霧が生まれ、魔法人形ごと家は凍りつく。
「【魔王借力】」
そんな隙を魔王が逃すはずもなく、固有スキルを発動する。
「暴風の魔王、トロメンタ・レイデモ」
魔王の手の中で、鋭い暴風が吹き荒れる。
「【暴風槍】」
魔王の手から放たれた風の槍は、家にまとわりつく薄氷など軽く貫き、【魔法障壁】に直撃する。
「火炎の魔王、フォエゴ・レイデモ」
槍状の風に火炎が混ざり、青い炎を纏った風は【魔法障壁】を破らんと攻撃してくる。
「【暴風焼槍撃】」
それでも。
それでもなお【魔法障壁】は破れず、家を守り続けていた。
どれだけ続けてもその事実は変わらず、その証拠に魔王が魔法を解除しても、【魔法障壁】には傷一つ付いていなかった。
「厄介だな。その障壁」
その言葉とは裏腹に、魔王の表情はどこか楽しげだった。
そして律を認めた様な表情をした魔王は、こんな事を聞いてきた。
「お前、名前は?」
少し小さくなった威圧感に律は困惑しつつ、それでも確かな芯を持って答えた。
「律。三時律だ。」
それを聞いた魔王の笑みはさらに深まり、律に呼び掛ける。
「律!」
「⋯⋯なんだ」
「少し⋯⋯⋯⋯本気でいくぞ」
そう言った魔王の纏う魔力は跳ね上がり、小さくなったはずの威圧感が大きくなって帰ってきた。
(この魔力量⋯⋯!さっきの10倍?20倍?いやもっとだ!さっきとは比べ物にならないくらいの⋯⋯怪物に変わった!)
一気に魔力を解放した魔王。
だが、律の予想とは裏腹に、固有スキルを使う素振りはない。
本来安心するはずのそれは、今はむしろ不気味さを増す材料になっており、律の警戒を最大まで引き出していた。
警戒心を強め、魔王の動きを注視していた律。
それでも、魔王の次の動きは律には全く見えなかった。
「!?」
律が気付いた時には、家は地面にめり込んでいた。
一瞬遅れてそれに気付いた律が次に気付いたのは、魔王が家の眼前まで迫っているという事実。
ただでさえ慣れない戦闘で疲れていて、その上不意打ちまで食らって混乱している律が、近づいてくる魔王から距離を取る選択が瞬時に出来ないのも、仕方のない事だった。
【魔法障壁】の目の前まで来た魔王は、【魔法障壁】に片手を当てる。
解放された魔王の全魔力がそこに集い、【魔法障壁】を破りにかかる。
大丈夫だ。この魔力が溢れる空間で、【魔法障壁】を破るなど不可能。
そう頭では分かっていても、もしかしたら、と思って怯んでしまうほどの魔力量、威圧感。
事実、魔王は【魔法障壁】を破りかけていた。
先程まで触れるだけだった手は【魔法障壁】に深くめり込み、ただ片手に込められていた魔力は鋭さを増している。
そして、【魔法障壁】にヒビが入る。
この空間では、そもそもこの攻撃方法では、絶対に【魔法障壁】は破れない。
律はそう考えているし、その考えに間違いは無い。
だが、そんな理屈など通用しないほど、魔王の力は絶大で、他を寄せ付けないほど圧倒的なものだった。
⋯⋯ピキ⋯⋯⋯ピキピキピキ
そんな音と共に、今まで破られる事のなかった【魔法障壁】は、魔王の前に崩れ去った。
ここらへんからスローライフではなく冒険になっていくかも知れません。
スローライフ好きな人は無理に見なくていいからねー




