08.黒髪の同胞
ワイルドボア討伐から数日が経った。
あの後ミスティカと俺のスキルについて検証を行った。
結果、一度得たエネルギーは俺の状態や位置に関わらず有効と分かった。
それだけでもかなり動きやすさが違う。
というのに、ミスティカと来たら毎度討伐に俺を連れて行く。
曰く、遠征の場合は外泊が当たり前だから慣れておくように、と。
正直助かる。遠征の度にシャネルさんをマッチョにしてしまうわけにもいかない。
現状足手まといなのは申し訳ないが、シヴァが担う雑務をおいおい担えるよう日々邁進するとしよう。
今日はシャネルさんと極楽亭に来ている。
俺一人ならまだフリーパスなものの、誰かに奢るとなるとそうはいかない。
ワイルドボア討伐分の給金が出たので満を持してごちそうしようというわけだ。
「らっしゃい!おや、今日はカゲトラの兄ちゃんと一緒かい?」
変わらず明るいナギさんに出迎えられる。
「ほいじゃ、いつもの個室だね!二名様ごあんなーい!」
いつもの、か。シャネルさんは相当な常連のようだ。
にしても、個室に二人きりとは。
ついついあんな事やこんな事を想像してしまう。
(この部屋、防音だからね。安心しておくれよ)
ナギさんが俺に耳打ちをする。
つまり中で何しても大丈夫…って事ですか!?
俺の妄想は確信に変わった。
苦節23年…カゲトラ、男になります。
いやなれないけど。なります。なるったらなります。
「アタシはまずはビールで♡カゲトラクンは?」
「あ、俺はウーロン茶で…」
万が一酔って眠ったりでもしたら命はない。
ここは正気のままでいる必要がある。
それにほろ酔いのシャネルさんをカッコ良く介抱するのも悪くない。
その後の展開に期待を膨らませながら俺はジョッキを掲げる。
「カンパーイッ♡早速いただきまーす♡」
***
「…らからぁ、あらひのスキルわぁ、身体の一部を強化するものれぇ……」
期待は小一時間で打ち砕かれる事となった。
「時々ねぇ…すこぉし…触り方ぁ乱暴なお客サマもいるからぁ……」
タ行全く言えてないじゃん。大丈夫かこの人。
「そゆろきわぁ……スキルれぇ……そこを強化するのぉ……ひっく」
一杯目を飲み終えたあたりから様子がおかしくなり今となってはこの有様だ。
テーブルの上は食べ散らかしたつまみやこぼした酒で滅茶苦茶になっている。
ノータイムで個室に案内されるはずだ。この魔物を一般客のいるフロアに解き放っては営業妨害もいいところだ。
「おかわりお待たせしやした!」
「うぅぅ…ナギぃぃぃ!!!あらひねぇ……カゲトラクンのスキルれぇ……」
「あいあい、よしよーし」
ナギさんは手慣れた様子で酔っ払いをあやす。
というか今この人俺のスキルについて話そうとしたよな。
念のため“他人が対象の強化スキル”と説明しておいて正解だったな。
ミスティカもシャネルさんの酒癖の悪さを理解した上でそう言うよう進言したのだろう。
やがて彼女はテーブルに顔を突っ伏したまま吐瀉物を吐き気を失った。
俺は軽く片付けをしてから持たされていた通信機に手をかける。
「シヴァ…すまん…肩を半分貸してくれ…」
情けないが、このむちむちボディを一人で抱える自信は無い。
……明日から筋トレだな。
***
「昨日は大変だったようじゃのぅ…」
討伐へと向かう道中、ミスティカは疲れた顔の俺達を見て呟く。
「シャネルはのぅ…悪気はないが秘密は守れないタチでのぅ…」
何でもあの個室はシャネルさんの為に作られたらしい。
鑑定所の防音室と同じ構造で外に音が漏れないのだとか。
「もしかして最初にシャネルさんの名前を出した時に考え込んでたのは…」
「うむ…スキルの内容を伝えていないか心配での…」
間一髪だった。
あの時はお互いそれどころではなかったからな。
「ちなみにナギは口が堅いから安心するのじゃ」
「ナギさん凄かったな。介抱も手慣れていてッ
瞬間。背中に激痛が走る。
「「カゲトラ!!!!!」」
シヴァが氷壁を展開する。
ミスティカが閃光を纏う。
振り返ると長身のエルフらしき女性が鞭のような物を構えていた。
長い黒髪から覗くその顔は―――相対する小さなエルフにとてもよく似ていた。