勇気 凛々 beauty 藍鸞 nothing 3
「蜜蜂薄荷の技術らしいぜ?薪が無くても暖かいだろこの家。たまげたぜ全くよ」
と、蒸した饅頭を毟りながら野伏ガール。
ベイビー許嫁ズのこの拠点は北限の地らしからぬ旧王都の建築様式に近い建物であったが、風土に合わない建物ながら領主の宅より快適だった。
この土地も狗尾草、無食子、這鼠刺の混成部隊に住んでもらっているんだが、環境が違い過ぎてホームシックになるやつがちらほら出たので住居や飯にだいぶ気を遣ったらしい。
ご近所さんには白亜の家や煉瓦の家が並んでいる。勿論、建材は別物のあくまで這鼠刺風や無食子風の建築だ。多少金や資源を食ったが、いざというとき消耗して戦えないんじゃなんの意味もないからな。
どうれ、後で各家宅の調査に向かわないとな。何か不便がないか、下々に直に触れないと分からない事も沢山あるからな。
「直さわりなど畏れ多いことです。ラップ越しでご勘弁ください」
やめろ神娘ガール!足にラップ巻くな。…いや、これはアリだな。ラップ越しか。エモい。エモティシズムである。配信で使えるな。足には巻かないが。いや、足に巻くのも需要あるのかもしかして。
「お饅頭にラップを巻きたいんだけどビーストアイズ、返してくれないかい?」
聖騎ガールが神娘ガールからラップを取り戻した。助かったぜ。ラップ越しに足を舐められるという良くわからん目に遭うところだった。………ムッ!
「視線!」
何者かの情念を感じとり振り向くと、リビングルームのドアに嵌め込まれた磨りガラスに、雌柿王子様ベイビーが張り付いていた!怖い!美貌が台無しじゃねぇかどうした!?
ギギィ、と呻き声めいてドアが軋み、雌柿王子様ベイビーと彼の元メン兼許嫁その5、魔剣ガールのスティレットヒールが幽鬼の如く入ってきた。魔剣ガールは普段から幽霊みたいなオーラ出してるから平常運転だが、王子様どうしたよ。
「おかしい。B君兄様だったら家に招かれたら5秒でベッドルームにいるはず。お昼ご飯食べながら丸2時間も談笑してるなんて有り得ない。……あなた、何者です!?」
雌柿王子様、かつて見たことない鬼の形相である。これは、善いな。こちらも御本尊が憤怒尊で雌餓鬼♂を調伏だ。
「ああ!B君兄様。良かった。てっきり偽者かと」
どこ向いてしゃべってんだ雌柿♂王子様。
「それにしても疑問なのです。何故彼女たちをドレインしないのですが?B君兄様好みのマッシブな若い娘ばかりなのですが」
「なんでもかんでもドレインすればいいってもんじゃない。サキュバスは雑食なんだ。だから、50、いやそこまで行くと腹くくっちまうか、40の頭だな。序でに、ベイビーの子種でモンスターとのハーフ産ませまくってかつあのメンバーたちには子供持たせない状態なら行けるな。自分の主君にして婚約者が、永遠に若いまま、自分たち以外の味方も作れないまま戯れにモンスター孕ませさせる、オレのオモチャとして孤独に生きなければならない姿を見て、40代に突入したこいつらは考えるわけだよ。葛藤して行動に移すわけだよ。色事に慣れないまま苦心して扇情的な衣装を着て、オレに平身低頭して陳情に来るわけだ。命が惜しくなりました、どうかこの体を好きに使って構いませんので何卒我々にもお慈悲を、永遠の若さを下さいませ、と嘘を吐くわけだ。若かりし頃の高潔さを失って下衆に変わったフリ、そんな下手な演技までしてな。お前の為に。そういう、そういうシチュエーションの妙齢の淑女からしか摂れない栄養がサキュバスには必要なんだよ」
「クソじゃん」
ははは。ビューティーにはまだ早かったかな。今度しっかり管理されて熟成したワインを取り寄せよう。その手間と味を知れば、オレの気持ちもわかろうというものだ。…ムッ?ビューティー?
「どうしたんじゃんB兄ちゃん」
長々語っている間に邪聖少年ビューティーが部屋に入ってきた、と思ったが、いや、髪を切り眉を変え、更には輪郭を化粧で弄って印象を寄せているが、お前領主、おじいちゃんの方じゃねえかよ。何だその姿。
「僕はビューティーだよ。おかしなこと言うじゃんB兄ちゃん」
何か言葉遣いおかしいし、サキュバスの鼻は誤魔化せんぞ。…いや、しかし、これもアリ、か?子供のフリをした熟年者、いわばコスプレしてるようなもんだよなこれ。…コスプレって何だ?
「ああ、実はこの巡幸、出発前に言っていた故郷にしばらく滞在する、というのは敵をおびき寄せるための嘘なのです。領主を影武者にして、ビュー君にはこっそり移動してもらいます」
気候も地形も攻めにくいもんなここ。聞けば魔剣ガールがこの2年とちょっと、ずっと実家とやり取りしていた裏切り者、のフリをしていたらしい。
偽の情報を掴み、腹を括って全賭けしてきた旧王家連中をこの地で一網打尽にする作戦のようだ。
「いゃぁ、忠義のために命をかける。子供の時分にはそんな王国の騎士たちに憧れていたものです。この年にしてまさか夢が叶うとは思いませんでした。神よ、公子よ、その騎士たちよ。私があなた方の末席に加わること、どうか許されよ」
領主が恭しく一礼する。見た目は少年に戻り、心も少年の夢を見ているわけだが、その振る舞いには圧倒的な積み重ねがあった。この誰彼も来ず、何処にも行かない土地で、礼を失わなかった男が如何ほどの働きをしてくれるか楽しみである。
「くぅ、年齢から出る渋み。羨ましい。私もいつか!」
やはりダンディ目指してんのか聖騎ガール。まあ、雌柿王子様雌っぽいからな。バランスとれてるな。
「いや、帽子を脱ぐぜ爺さんにはよ。おみそれしやした」
何でお前は既にナイトキャップ被ってたんだよ野伏ガール。いやべつに善いけどよ。
「畏れ多いことだ。私もあなたのように堂々していれば、神の怒りに触れることもなかったろうに」
怒ってない。怒ってないからまともに絡んできて神娘ガール。やっぱり中立属性苦手だわオレ。
「……まって、あいつ、ベイビーをあと30年近く手放さないつもりなの?それまで私お預けなの?……やはり……偽装……簒……コロ……」
…ねぇ、魔剣ガール本当にフリ?本当に裏切ってない?
「これが熟練……神様~、僕、熟成ワイン飲んでみたいな~?」
戦巫ガール、わかってるなお前。そうだ、この領主のこの感じが熟成された旨味なんだ。たしかに皆、彼に感心しているが、お前そこからワインにまで意識が行くとは。やはり頭1つ抜けているなこいつ。頭のネジも結構抜けてて困るけども。
「……叔父上」
凄まじい情念の匂いを感じとり横を向くと雌柿王子様ベイビーが領主の熟成ワインぶりに酩酊していた。前後不覚、急性中毒、恋の重体である。おいやめろ王子様。お前の叔父さんじゃないぞ。別人で初恋追いかけ直すな。




