89 さらば、ウルクアレク
ずんずん。
アレクが酒場の中を闊歩する。
いばるような大股歩きに、ぱんだ亭の客達は道を譲った。
「おいこら、ヨーコ。なんか食わせろ!」
その傲慢な注文に、店主ヨーコが応じることはない。
それどころか注文を受けるはずのカウンターから、すでにその姿を消していた。
小走りのヨーコ。
長い髪を揺らながら、アレクのほうへと駆け寄る。
そうして、勢いもそのままに体当たり。『あんたは、邪魔さね』とアレクを押しやる。
――さすれば、うつむく少女はご対面となった。
合わせる顔もないのか。アレクの後ろに隠れるようにして、おずおずと店に足を踏み入れたエリ。
その心は、きゅうきゅう締められるように苦しい。
それがなんなのかは、承知している。
――罪悪感。
行くアテもない身の上の自分に、住まいと仕事を与えてくれた。
それなのに、お世話になっていたにもかかわらず、無断で何日も仕事を休んだのだ。
迷惑なうえに恩知らず。
怒られてしまうのは当然だろう。
嫌で嫌でしょうがない。でも、きっと嫌がって逃げてはいけない。
ちゃんと向き合わなくてはいけない報い。
「ヨーコさん……ごめんなさい!」
エリは深々と頭を下げた。
すると、ふわりと包み込まれる。
大人の女性の香りに、頬も触れる抱擁だった。
「エリーが無事で本当に良かったよ。それに、なにもあんたが謝ることはないさね。どうせそこのロクでなしに、無理やり付き合わされていたんだろうに……本当に、無事で良かったさね」
ヨーコから、強くも優しく抱きしめられていた。
それによって、ようやくエリは……その暖かさに目を向ける。
――あの時の私だ。
ココアが突然行方不明になった時の自分と、ヨーコが重なる。
怒られているんじゃない。怒るつもりもない。
本当に本当に、自分のことを心配してくれている。
エリは……ヨーコの気持ちが痛いほどわかる。
だからこそ、であろう。
ヨーコへの感謝が募るほど――。
その心配、張り裂けそうなヨーコの想いを考えられなかった自分に、腹立だしいほどの反省をした。
――お礼とおわびの謝意。
嬉しくて、ありがたくて、情けなくて、申し訳なくて、いろんな気持ちがいっぱいになって、話さないといけないこともあって、こんがらがって、どうしようもなくて――、
エリは泣いた。
びえ~んと泣いた。
「ヨーコざん、ほんどうに、ごめんなざい……でもでも、ありがどうございまず」
それから。
「ただいま……でず」
涙と鼻水を流しながら、顔をくしゃくしゃにしたエリであった。
※
ココアと名乗る幼き少女は、エリのようなみなしごとしての人生も考えられる。
日常的とまでは言わないまでも、そうしたケースはありふれていたからだ。
それでも、”探し人”の登録は済ませていた。
幼き少女を知る者が現れれば、教会を通して連絡は受けられる。
それから、幼き少女がプジョーニへ着いて来ることを望んだのは、西の方角にお家があるらしい拙い記憶からであった。
もしかしたら近隣の街や村で、家族との再会などあるかもしれない。
希望めいたものではある。
しかし、その気持ちを汲み取り――はたまた、単純に放ってもおけなかったし、お金を借りたままであったりとの理由もあって、エリはココアとともに生活をするようになるだろうか。
こうして、ぱんだ亭に新しい顔が加わり、一ヶ月が経った。
真昼の太陽の直下では、汗ばむようにもなる時期。
エリの給仕服も衣替えのようで、上着の長い袖、スカートの長い丈も短くなる。
――そんなクジラ月のある日の出来事であった。
それは、地元の噂話ゆえ、シンブン玉にも載らないモノではあったものの、街の人々を大いに盛り上がらせた話題だった。
魔晶石の街クリスタにくらべると、まだまだのどかさも残るプジョーニの街並み。
そこでの喧騒ぶりが、よほどの事だと伝えてくる。
たとえば、この走る若者など、出会う者が知り合いと見るなら、はあはあ、息も切らしながらもすぐさま呼び止めた。
それから挨拶もそこそこに、こう話すのだ。
「知ってるか? あのウルクが死んだらしいぞ!」
若者の興奮する声音に、顔見知りの若者も同じく体温を上げるようだ。
「まじか!? まじなのか!」
この二人の若者と似たり寄ったりの様子が、街のあちこちで見られた。
そして、人々はすでに知っていたが、この時改めて実感した。
――人の命は儚い。
人畜有害のあいつも、ただの人で違いなかったと。
その最後も、存外にあっけないものだったと。
『ウルクアレクの死亡』。
その朗報は、プジョーニの人々を歓びに湧かせるのであった。
ありがとうございます。
給仕娘、姫幼女、魔法娘、巫女娘、ネコ娘、竜娘、魔王、魔女と
次回のパートは女の子との絡みも多い冒険になるようです。
物語の核心へ迫る『ウルクアレク』――【 Wolfalex―III~ 】
よろしければ、お気楽にご期待をば。(`・ω・´)ゞ




