86 ボルザック・ボルゾック ②
旅の道中に知った手招きドラゴンの話。
そしてそれは、魔族の幼女と蛙には奇妙にも思えた話。
――人間社会を知るための旅ではあったが、その目的地はない。
なので、ついでに当事者であるドラゴンに直接話を聞いみようと、クリスタを目指す。
それから、お互い離れ離れになったり、合流したり。
さらになんだかんだで、不可思議な珠石に張りついたまま身動きが取れなくなり、最終的には――と、ボルザックはここ最近の出来事を振り返る。
「しかしながら、まさか竜魔ヴァルヘルム殿とお会いできるとは思いませんでしたなあ……」
「りゅうまのおぢちゃん、怖かったねー」
――ゲコゲコ。
ボルザックが喉を鳴らす。
どうやら笑うらしい。
「ココア様がそう感じられるほどのあの圧倒的な貫禄は、まさしく大戦で覇を称えた御仁ゆえのもの。さすがでございましたな。ソレガシもあと30周期年ほど早くに生を受けていたならば、その武勇を共にできたでしょう」
魔族の1つの年は地脈の周期による。
30周期年は、移り変わる四季を1つの年と定めた人間の210年分にあたる。
人の暦だと、200歳くらいの蛙だと言えるだろうか。
「それはそうと、ココア様」
「なーに?」
返事はあったものの、相手は眠る男の鼻ちょうちんに神経を尖らせるようだ。
一番大きく膨らんだタイミングで、割りたいようである。
「本当によろしいのですか。この者達に着いてゆくなどと。……娘を含め、確かにココア様に危害を及ぼす素振りはありませんでした。しかし」
注目するようにと、蛙がぴょこん。
「それは我々が魔族だと悟られないようにしているからこそ。もしそれがバレてしまえば……。わざわざ、危険を冒すしてまで同行する必要もないかと、拙者は考えますが」
「んーとね。アレクはおもしろーいし、エリのお姉ちゃんはココアに優しいよ。だから、ダイジョブーなのだー」
ぱちん。
アレクの鼻ちょうちんが割られた。
「あとね。アレクはお母さんのニオイがするから、気になるのー」
ココアが考えを伝えた時であった。
人の気配とともに、幌馬車が少し揺れる。
「お待たせでした~」
ホロが開くそこから、 ひょいとエリが顔をのぞかせた。
「そして、心配していた馬車置き場の料金なのですが。なんと、ノブナガさんが口利きしてくれたらしくて、無料だったのです!」
嬉しそうな顔はココアからアレクへと向く。
それから……エリは訝しげになる。
「あれ? アレク起きたんじゃなかったんだ? ココアちゃんの話し声が聞こえてたから、てっきり……」
アレクは未だ大の字でぐーすか。
そうして、勘違いしたらしいのエリには、ココアの両手が突き出された。
手に乗るのは蛙。
「ココア、ボルボルとお話ししてたのー」
ココアの指差がちょんちょんと、そのボルボルを突っつく。
「……ゲコゲコ」
主人の合図に、蛙が、蛙の鳴き真似を披露するのであった。
※
パッカラ、パッカラ。
軽快な馬の足音。
ハナコとハナゾーの手綱を握るエリは、馬車を走らせた。
御者台には、なぜか蛙が居座った。
隣のエリを見張るようでもあり、辺りをそうするようでもあった。
――移りゆく景色。
三人と一匹を運ぶ移動は、三日に渡る。
雨に打たれる日もあったが、おおむね順調だったと言えよう。
そして、夕暮れ頃にはたどり着く。
轍が残る通り道からは、懐かしくも感じた風景。
ほのかな明かりを望める向こうには、イノブタの畜産が盛んな街並みがある。
――プジョーニへ、帰って来た!
そう、エリは強く感じた。
と同時に、気後れもした。
”戻るべき場所”――と、素直には言い難くもあったからだ。
――せっかく雇ってもらえた酒場の仕事を、無断でほっぽり出し姿を消した。
これが現状。
ぱんだ亭の店主ヨーコを思うと、エリは胃が痛い。
さらには、そのキュ~となる胃に悪そうなものを、見覚えある景色が思い起こさせてくれる。
いつかの時。
奴隷商に連れさらわれた”石造りの塔”からの帰り――その場面が過る。
――あの時から、さらに増えてしまった。
エリには、返さなくてはいけないお金があった。
アレクと出遭った日の、1万ルネ。
アレクから追加で請求された、1万ルネ。
アレクが暴れて発生した損害賠償の立替え代、10万ルネ――それから。
「その頃には、おばあちゃんになっているかもしれない私なのです……」
それは、三日前になる。
クリスタのギルド病院。そこでの出来事だった。
「……3000万ルネかあ」
実感もないままに、エリは回顧する――――。
魔法辞典:「グンクニールジャベリン」
第一級のAランクに属する高等魔法。
金属質の矛は、標的をロックオンしたりの自動追尾機能を備える。
また、”グンクニールジャベリン・まーくⅡ”は発射後、矛が多弾頭化する仕様となる。
この魔法が使えるくらいの魔法士ならば、魔法学校で講師を務められるレベルに相当するのではないだろうか。




