84 狼と羊ではない者達 ⑥
――『月たる鵺』とは。
盟主メアリー・ヌーを神輿に、彼女を信奉する者らからなる組織である。
――世界の”完全なる調律”。
その理念のもと行われる活動は、謎の組織との言葉がぴったりな陰の策動。
裏で糸を引くゆえに、多くは噂や推測の域を出ないが……。
・突如として起こる権力者の転覆。
・麻薬の流通。
・経済の掌握。
・ある日を境に、忽然と村人すべてが姿を消した事案。
・用途も不明な怪しい建造物の建設。
・王都のシリアルキラー。
エトセトラ、エトセトラ。
黒幕として、これらのものに関わる暗躍っぷり。
――人の社会を混沌へと誘う存在。
そう確信した勇者アーサーは、人々の救済を担うべく仲間とともに組織を追うことになる。
「収穫はなし。目的の魔道具は破壊され、それどころか、あわや竜王と全面戦争にもなりかけた。結局は、骨折損のくたびれもうけってところか……」
「ギルドの冒険者。それにクリスタの魔晶石と、手招きドラゴンによる被害がなくなった。これは大きな成果だよ」
アーサーは堂々と言う。
しかしながら、ノブナガの言い分を否定するわけではない。
――僕らは、人々の喜びの一つを果たせた。
それは、称え合うべき事柄。
なので、そうしたまで。
肝心の『月たる鵺』に関しては、やはりアーサーもノブナガと同じ落胆を覚える。
――目的の魔道具が破壊させてしまう。
好ましくないことだ。
さらには、『もしかしたら、今回は組織の者が直接動く』……その読みを裏切られてしまった心のわだかまりもあった。
勇者一行が手招きドラゴンの討伐に乗り出す。
それによって、 歪な魔法具は明るみに出る。
『月たる鵺』はさぞ困るだろう。
ならば――と、
――魔法具という痕跡を残さないために、何かしらのアクションを『月たる鵺』は起こす。
アーサーはそれを視野に入れていた。
「……思うようには……だね」
――情報にあった『歪な賢者の珠石』。
本来なら、この魔法具を解析し、そこから盟主メアリー・ヌーをたどれる可能性があった。
珠石に施された術式の詳細からは、手招きドラゴンに課せられた命令。
メアリー・ヌーに近づくためにも重要な、”魔術紋”と呼ばれる術者の痕跡。
使用された素材、加工過程において判明する地域や時間――。
――しかしそのどれも、芳しくない。
いくら仲間の魔法士が王都一の才女といえど、粉々になった破片からの解析には限界があった。
すう、と開くテーブルの引き出し。
アーサーが取り出し見せたのは、赤い色で尖る”かけら”。
「そういえば、ノブナガ。これって魔族にだけ反応して、くっついてしまうらしいよ」
「そいつはお前……今更ながらに、俺が魔族、とか確かめるつもりじゃあねえよな?」
ノブナガが歯を見せながらに、肩をすくめる。
そうして、アーサーの持つ破片に手を伸ばす。
「まあ、そういう使い方ができるって部分は、収穫だわな。人と見分けつかねえ魔族やら、”変身”を使う魔族やらもいるしよお……役立つかもな」
ぽ~ん。ぱしり。
ぽ~ん。ぱしり。
上に投げては、チャッチを繰り返したノブナガ。
最後は、珠石のかけらを横からかっさらうようにして掴み取る。
「で、今後はどうするんだ?」
「サクラが何を持ち帰るか。それ次第なところかな」
「食べ歩き道中が趣味のあいつの土産なんて、どうせ食いもんばかりだろうよ」
かっかっか。
仲も良い仲間の話題に嫌味を添え、ノブナガが楽しそうに笑う。
本心では、かなりの期待と信頼を寄せている――。
――諜報活動を担う、サクラ・ライブラの土産。
むろん、食べ物のほうではなく、”情報”のほうのそれである。
「変更はあるかもしれないけど、当面は”西の魔王”討伐に動こうかなと思うよ」
「表向きはだな」
「だね。でもそれも……表向きだったとしないといけないかもね」
アーサーには珍しいため息だろうか。
付き合いも長いノブナガが、その意味を容易に察した。
「……ここんとこの”西の魔王”の妙な動きか」
「どうやら僕は……勇者として、彼女の首を獲ることになりそうだ」
「まあ、遅かれ早かれってヤツだろうさ」
「竜王ヴァルヘルムの時のような轍を踏みたくはないからね。賢王ダージリン討伐時は、ノブナガもそのつもりでよろしく頼むよ」
「わざわざ言われなくてもよお、俺はいつだってその気構えだつーの。ただ、アレだなあ……そうなると勢力図も変わっちまうからよ……」
王都を中心に、三人の魔王がその勢力を広げる大陸。
人と魔族、そして、各魔王の覇を争う関係性は、微妙なバランスで保たれている。
――”大陸の秩序”。
そうとも言い換えられる力関係。
”西の魔王”という存在が失われれば、崩れてしまう可能性が大きい。
そして、そこから生まれる”新しい秩序”には、争いがつきものだろうと予期できる。
「そこが、悩みのタネだよね、本当に……」
アーサーは再びため息をつく。
それは仲間の前でしか見せない、弱音でもあったろうか――。
大陸辞典:「英雄王ルネスブルグ――その2」
統一通貨「ルネ」を作った人物でもあるルネスブルグ。
通貨には英雄王の顔が刻まれる――のであったが、実は本人のそれではない。
詳しくは「王宮歴史本」に載る。




