65 手招きドラゴン ④
大木のような尻尾がしなる。
巨大なムチと化して、先っぽが地面に叩きつけられた。
――ドゴン。
ドラゴンによる尻尾攻撃は、土煙のほかに重たい音が伴う。
近づく者を叩き潰すため、遠慮なく次々に振り下ろされる。
――ドゴン、ドゴン。
岩が砕け散った。
「――つああっと。――てやあっと」
アレクがあっちにひらり、そっちにぴよーん。
華麗に――とは程遠いが、不格好ながらもドラゴンの尻尾攻撃を躱す。
たとえ岩をも砕く恐ろしい攻撃だろうと、常人離れした身体能力をもってすればこの程度の芸当はお手の物のようだ。
――当たらなければどうということはない。
といった次第で、頭上から襲ってくる尻尾を回避し続けているアレクであった……ものの。
「だあああ、こらっ、しつこいぞ。大人しく俺に、顔の武器を返さんか――ぬおっと」
ドラゴンにこれ以上近づくことができないらしい。
苛立ちも濃い表情がそう教える。
接近戦にしても攻撃の届く範囲が違いすぎた。
人間とは比べ物にならない大きさなのだから。
ひたすら避けるだけの相手に対し、一方的な攻勢の手招きドラゴン。
先の冒険者達との戦闘では、あまり見ることもなかった尻尾を使う攻撃に始終する。
しかし、ちょこまか動く相手をなかなか仕留められない。
それが不満なのか……ますます尻尾攻撃に躍起となる。
「グゴルアア――」
強烈に叩きつけられた尻尾。
相変わらず、硬い岩肌の地面だけがそれを受け止めるが。
――シュルンっ。
ドラゴンの尻尾が薙ぎ払うような動き。
これまでとは違う横からの軌道。
「なぬ!?」
不意を突れたアレク。
大きく跳ねて、飛び越えることで回避しようとしたのか。
身体をぐぐと沈ませて飛び上が――ろうとするも、時すでに遅し。
鮮黄色のほかは視界に映らないほどに、ドラゴンの尻尾が迫っていた。
バゴンっとまともに打ちつけられ吹っ飛ぶ。
――放物線を描くそれは飛距離も十分だった。
岩肌をガラガラと崩す狩場の壁。
岩壁まで飛ばされたアレクも一緒になって地面へ落ちた。
「アレクっ」
エリが叫ぶ。
――が、この行為に応じたのは手招きドラゴンのほうであった。
しゅるりと伸びる首がやや左回り。
気分もすっきりしただろうアレクの姿――、そこから外れた細長い瞳孔はエリへと向く。
手招きドラゴンからして前方の右と左。打ちのめした獲物……新たな獲物。
獲物たる者共とは、どちらも大差ない間隔。
――バサン。
背中で折りたたまれていた二枚の翼が広げられる。
すると後ろ足で跳ねた巨躯が、ごわっと浮き上がり、ズシンと着地。
それはエリが危険を察して、岩陰から走り出した直後の出来事であった。
ハッとしてすぐ足をもつれされドテン――と、もたついた以前に、人には逃れられる術もないドラゴンの跳躍……。
着地の振動と飛来した恐怖は、エリの臀部を地に着けさせた。
「あ、はわ、……こ、こここココアちゃん逃げ、逃げ……」
ココアだけでも逃げてほしい。
心ではそう思うのだろうが、体が言うことを聞かないようだ。
エリの手は繋ぐココアの手をぎゅっと握ったまま。
ココアのほうも逃げる素振りを見せるどころか、腰を抜かすエリの盾になるようにしてもっと寄り添う。
「ひぐっ」
息を呑むエリ。
ドラゴンの大きな顔がすぐそこにあった。
相手の息吹をこれでもかと感じるほどに、その鼻先が近い。
「グゴルル……」
静かな唸り。
再び翼が折りたたまれた。
緊迫した静寂。
それを経て、動きのないエリより先にドラゴンが動く。
攻撃を見舞われるのか。バクリと食らいつかれるのか。
しかめっ面でエリは見た。
――突き出す顎が離れてゆく。
上へ上へと引き上げられるドラゴンの頭。
首を起こせば、次に巨躯をも直立させた。
そして、その体勢から前足を使い、ちょい、ちょちょい――。
三本の鋭い爪が生える手を可愛らしくも、ちょい、ちょちょい。
――手招きドラゴンが、手招く。
「……はへ?」
見上げながらに間抜けな声を出すエリ。
驚きからのそれであるのは明白だが、そこには抱くものは一つではなく二つであったろう。
一つは、予想もしないドラゴンの行動により、絶体絶命の場面からこうして息をしていられること。
一つは、予想もしなかった行動のドラゴンの頭で、見慣れた人影を見るとは予想もしないこと。
――今エリは、見晴らしも良さそうな高い場所のアレクから見下されていた。
「エサ係とはいえ、クサコなんぞを食ったら腹を壊すというのに、キサマは珍味に目がないようだな。だが、それでこの俺から目を離すのは、ただの愚か者でしかない」
ドラゴンの大きな顔、その鼻筋にアレクが乗る。
吹き飛ばされていたにもかかわらず、いつの間にやら取り付いていたようだ。
ゴツゴツとした足場を進めば、その手を伸ばす。
ドラゴンの眉間と言える辺りで突き刺さるロングソードに。
「そして、愚かなキサマとは違う俺が、なぜこんなところにコイツをぶっ刺したかといえば、もともとここでキサマの目の玉をザクザク突き刺すためだったのだ!」
相手の耳元、もとい目元にて大声で言い放つアレクは、追加で『クサコっ、ちゃんと聞いていただろうなっ』と下へ投げかけることも忘れない。
ファーストアタックは計画的なものであったと取り繕う。
「くくくっ。ここからは俺からの一方的な攻撃だ。覚悟するがいいっ、ただ図体がデカだけの、3000万ルネドラゴンめがああああっ」
アレクが渾身の力で、ロングソードをズバシャっと引き抜く――。




