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届け! 私の想い  作者: 吉満日吉
エピローグ
23/23

後日談

「――――きなさい。遅刻するわよ」

 頭に直接入ってくるような声に、私は眠りから覚まさせられる。

「ううんっ……まだねむぃ……」

 私は寝がえりを打ち、声から遠ざかろうとした。

「……しょうがない子ね」

 完全に覚醒も、眠りにも落ちていない中途半端な状態の私の傍で足音が止まった。

 上半身に誰かの手が当たる。

 体を転がされ、横を向いていた体が仰向けの状態となる。

「……うぅ?」

 眠気と戦いながら薄っすら目を開けた。

 目を開けたはいいが、ぼやけていて前がちゃんと見えていなかった。

「んっ」

 その時、柔らかく人肌の温度のもが私の唇に触れてきた。

 何だろう? 気もちい感触だなぁ……。

 そのまままどろみの世界へ落ちようと思ったとき、鼻をつままれた。

「……――!?」

 息ができなくなる。

「んんッ!!」

 首を動かし、どうにか呼吸をしようとすると、私の唇から温かさが離れ、鼻も解放された。

「……起きた?」

 結紀お姉ちゃんは慈愛に満ちた表情で、私の前髪をそっとかき上げていた。

「うん……おはようお姉ちゃん」

「はい、おはよう。今日から学校でしょ? 早くしないと学校遅刻しちゃうわよ」

 お姉ちゃんはそう言って、後ろで束ねた長めの艶やかな黒髪を左右に揺らしながら私から離れて行ってしまった。


 お姉ちゃんに告白されてから丁度二年。私は高校三年生、お姉ちゃんは大学一年生だ。

 私は今、お姉ちゃんと一緒に小さいアパートで暮らしていた。

 何故かというと、お姉ちゃんが第一志望の大学に受かったからだ。

 自宅から通うとなると二時間位かかる場所に大学はあったのだ。そのため、一人暮らしという選択をしたお姉ちゃんに私が勝手について行ったという訳。私の両親は勿論、お姉ちゃんの親にも了承はもらっている。

 高校の場所は少し離れてしまったが、そのくらいお姉ちゃんと暮らせるのだから気にする事もない。


 私は、実家で使っていたジングルベッドよりも大きめの、でもダブルベッドではない大きさのベッドから這い出して、湯気が立ち込めるご飯の前に座布団を敷いて座った。

「さっき息できなくて死ぬかと思ったよ~」

 キッチンに立っているお姉ちゃんに向かって言う。

「昨日愛理が、起きなかったら唇ふさいで起こしてねって。って言っていたのを私のアレンジを加えて実践したのよ?」

 イタズラな笑みを浮かべたお姉ちゃんは、お味噌汁を持ってテーブルの前に座る。

「うぅ、アレンジはんたーいっ」

「冷めないうちに食べましょう」

 私の抗議は何事もなかったかのように無視された。

「「いただきます」」

 この二年間で、お姉ちゃんはご飯を作れるようになっている。

 私が文字通り手とり足とり教えてあげたおかげだろう。

 最初は卵を割るのでさえ失敗していたお姉ちゃんだが、最近では毎食作ってくれるまでに成長している。というか、私より料理が上手になっている気がした。

 ……美味しいご飯、しかもお姉ちゃんの手作りなのは嬉しいのだけど、私より上手くなられるのはちょっと悔しかったりする。

「今日は午前中で学校終わりよね?」

「うん、始業式とホームルームだけだからね」

 お姉ちゃんの大学は九月いっぱい夏休みだという。羨ましい。

 羨ましすぎて前に嘆きまくっていたら、お姉ちゃんがその分私に甘えて良いからねと言ってくれたので、もう言うのをやめた。

 前から甘えまくっているのだけど、それ以上の甘えぶりを披露してお姉ちゃんを困らせてやろうと思ったりしているのは内緒だ。

「なら寄り道しないで帰って来られる?」

「ん? 分かった。それで何やるの?」

「秘密よ。それより時間は大丈夫?」

 時計を見ると電車出発まで約三十分前。正確には二十八分前。

 このアパートから駅まで歩いて約十分……ヤバい!!

「ズズズッ。ご、ご馳走様! 美味しかったよお姉ちゃん!!」

 最後に取っておいた味噌汁を一気に飲み干して立ち上がる。

 着替えて歯も磨いて――あぁ、急げ私っ!


「は、はぁはぁ」

 準備完了!

 時計を確認。

 電車出発まであと十分。走れば普通に間に合う。

 すでに息が切れているが構うことなく玄関に向かう。

「愛理、早く帰って来てね」

 お姉ちゃんが玄関でお見送りをしてくれる。

「分かってるよ。じゃ、いってきまーす」

「いってらっしゃい」

 アパートから飛び出して駅まで走る。



 □□□



「ただいまー」

 カギを開け家に入る。

 ………………。

 反応は何もなかった。いつもならお姉ちゃんが、お帰りーと言ってきてくれるはずなのに。

 玄関にはお姉ちゃんの靴がある。

 お姉ちゃんは寝てるのかな。

 早く帰って来てと言われたから、授業が終わって一直線で帰って来たというのに。

 寝てたらイタズラしてあげよう、と考えながら靴を脱ぎリビングまで行く。


 パァーン!


 リビングに入った瞬間いきなりの破裂音に、私は体を竦ませる。

「な、なに!?」

「お帰り愛理」

「へっ?」

 間抜けな声を出した私の上に数枚の細長い紐が落ちてきた。


「も、もう、驚かせないでよね」

 音の正体はクラッカーだった。

 お姉ちゃんは今日で私達が付き合い始めて二年目を祝いケーキを焼いてくれていたのだ。

 いわゆる記念日のパーティーという訳だ。

 ……そういえば、去年は私がそんなことやったんだっけ。

 受験勉強で忙しそうにしていたお姉ちゃんに、私は息抜きも兼ねてサプライズパーティーを行ったのだ。

 立場が変わり、私が受験生となった今、お姉ちゃんの行った大学に進学するため忙しくしていて、記念日の事をすっかり忘れていた。

「見た目はあれだけど美味しく焼けたと思うのよ? お昼ご飯は二人でこのホールケーキ一つだわ」

 照れ笑いを浮かべお姉ちゃんは言う。

 テーブルに置いてある、お世辞にも綺麗にできているとは言えないホールケーキ。

 お姉ちゃんの真心が入っているというだけで私にはどんなケーキよりも美味しそうに見えた。

「うん」

 私は小さいテーブルなのも気にせずお姉ちゃんの隣に座った。

 お姉ちゃんはその事に何も言わず、ケーキを切り分けている。

「はいこれ」

 私の前に、切り分けられたケーキが一つ入ったお皿を置いてくれた。

「ありがとう」

 自分の分も取り分けお皿に置いていたお姉ちゃんは、「食べてみて」と言ってくる。

 私はフォークを手に取り一口ケーキを食べた。

「……どう?」

 心配そうに聞いてくるお姉ちゃん。

 私は無言で一口分フォークに乗せてお姉ちゃんの口元に持っていく。

「え? もしかして美味しくなかった?」

 お姉ちゃんは恐る恐るそれを食べる。

「とっても美味しいよっ」

 食べた瞬間に私は笑顔でそう言った。

「んっ。良かったわぁ。不安にさせないでよね。不味いのかと思っちゃったじゃない」

 私が食べさせてあげたのをのみこんでから、お返しとばかりにお姉ちゃんは私にケーキの乗ったフォークを向けてくる。

「あーむ。わたひがおねへちゃんのふふったりょうひを……不味いとかいう訳ないじゃん。不味くったって美味しいって食べるよ!」

「そ、そういえばそうだったわね……。嬉しいけど不味かったら不味いって言ってくれていいのよ。私だって愛理に美味しいものを食べさせたいんだから」

 お姉ちゃんが料理を始めた頃から今まで、私はお姉ちゃんが作った料理全てに美味しいと言っている。

 最近では言わなくなったけど前は、美味しいけどもう少し火を通した方が良いよ、とか、美味しいけどもう少し塩が少ない方がもっと美味しくなるよなどと言っていた。

 その時、お姉ちゃんも自分で味見して吹き出すほどの料理があったのだ。私はその料理も普通に食べたけどね。

 お姉ちゃんはその事を思い出したのだろう。

「へへ、ありがとう。これで勉強頑張れるよ。目指すはお姉ちゃんと一緒に授業を受けること!」

「そこは大学名の方かいいんじゃない……?」


 今朝ちゃんと間に合ったのかと聞かれたり、冗談やどうでも良い話をしながらケーキを食べる。ちなみに朝は間に合いましたよ。走って疲れたせいで、一時間目は右から左に授業が流れていきましたけどね。

 大きかったホールケーキは全部私達の胃の中に納まってしまった。

「愛理」

「ん?」

「口元にクリームが付いてるわ」

 お姉ちゃんが伸ばした手が私の口元を拭う。

「ほらね」

 指に付いたクリームを私に見せ、お姉ちゃんはそのまま自分の口の中に入れてしまった。

「あっ」

「ふふ、一度やってみたかったシチュエーションの一つが出来たわ」

 頬を赤く染めながお姉ちゃんは言う。

「わ、私もやりたーい」

 そんなお姉ちゃんに心奪われるのと同時に悪戯心が疼く。

「じゃあ……こ、これでどう?」

 お姉ちゃんは恥ずかしそうにしながら、お皿についていたクリームを自ら口元に付けた。

「ふふ、じぁあ遠慮なく」

 お姉ちゃんに近づき両肩を抑える。

「えっ? 愛理?」

 何をするの? とでも言いたそうな顔に私は顔を近づけた。

 口と口が触れ合いそうな距離までいく。

 頬を染めたまま、お姉ちゃんは何を思ったか目をつぶり口を少し出してきた。

 ふっふっふ、今だ!

 クリームの付いている部分を舐めてクリームを取る。

「ひょぇっ!?」

 目をつぶっていたせいか何をされたか分からなかったのだろう。突拍子もない声を上げた。

「ご馳走様」

「あ、愛理、からかったわね!」

「えへへ」

 そしてそのまま唇も奪った。

 昔やったときはお姉ちゃんが泣きだしてしまった行為だ。

 しかし、今では頬を染め満足そうな顔をしてくれる。私はそれがとても嬉しかった。



「ねぇ愛理」

 片付けも終わり、食後の休憩とばかりに寄り添いながらテレビを見ていたら、お姉ちゃんから話しかけてくる。

「なぁに?」

「これからも私と居てくれる?」

「どうしたの突然?」

 予想外の質問に、私はテレビから目線を離してお姉ちゃんの方を向いた。

「私、愛理と居ると楽しいの。落ち着くし安心もする。だからこれからもずっとね――」

「なんだ、そんな事か」

 お姉ちゃんの言葉を遮り話し出す。

「昔から言ってるでしょ。私はお姉ちゃんが大好きなんだって」

「……う、うん」

「それ以外に何かある?」

「……?」

 ……分かってくれないか。

「好きな人の傍には居たいもんでしょ?」

「うん」

「なら私はお姉ちゃんのそばにずっと居たいという事だよ」

「あっ」

「分かった?」

「うんっ。私も愛理が大好きよ。色々あったけど、今までも、これからもね」

 手を握り合い、お互いに寄り添っている体を支え合う。

 お姉ちゃんの笑顔に私も笑顔で答えた。

「これからも、いつまでも一緒だよ」


完結です! ここまで読んでいただきありがとうございます!!

どうでしたでしょうか? 少しでも楽しんでいただけていたなら嬉しいです。

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