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第1話 「不要品」は、自分で行き先を決めます

第1話 「不要品」は、自分で行き先を決めます


建国記念夜会の大広間には、初夏に咲く白薔薇と青い矢車菊が飾られていた。開け放たれた窓から花の匂いを含んだ風が入り、長い食卓に並ぶ雉の丸焼きや蜂蜜菓子の香りを揺らしている。アリスは淡い灰青色のドレスを着て、壁際に立っていた。華やかな刺繍も宝石もないが、袖口には同じ布で作った小さなくるみ釦が並び、一つも曲がっていなかった。


夜会が始まってから、アリスは料理へ手を伸ばしていない。昼食も、会計院から届いた備品台帳を確認するため、固いパンを半分食べただけだった。それでも空腹より気になったのは、給仕係の運ぶ銀盆が一か所に集中し、入口付近で人の流れを塞いでいることだった。あとで責任者へ配膳経路の変更を提案しようと考えたところで、楽団の演奏が突然止まった。


「皆、聞いてほしい」


大広間の中央で、王太子エドワードが片手を上げていた。金糸をふんだんに使った白い礼装は燭台の光を跳ね返し、胸元には成人祝いとして国王から贈られた青玉の勲章が輝いている。その隣には、深紅のドレスを着たエレナが寄り添っていた。彼女の髪には季節外れの温室育ちの薔薇が挿され、甘い香油の匂いが数歩離れた場所まで漂っていた。


「アリス・フェルナー。私は今夜をもって、そなたとの婚約を破棄する」


招待客の間から、押し殺した声が上がった。アリスは手袋をはめた両手を腹の前で重ね、エドワードを見返した。今朝、王太子執務室へ届けた予定表には、このような発表は記載されていなかった。


「理由を伺ってもよろしいでしょうか」


「まだ分からないのか。お前はエレナに嫉妬し、陰湿な嫌がらせを繰り返した」


エドワードが肩を抱くと、エレナは長い睫毛を伏せた。彼女の手には白いレースのハンカチが握られているが、目元に涙はなく、頬の化粧も崩れていない。アリスは先週、そのハンカチと同じ品が一枚で銀貨三枚もすることを、王宮への請求書で確認していた。


「具体的には、何をしたとおっしゃるのでしょう」


「わたくしの部屋から、思い出の品を捨てたでしょう?」


エレナは震える声を出し、エドワードの袖をつかんだ。爪には薔薇色の染料が塗られ、親指の先だけがわずかに剥げている。昼間、侍女に塗り直させると言っていたことを、アリスはなぜか思い出した。


「亡くなった母からいただいた箱も、領地から届いた大切な書類も、みんなアリス様に処分されました。わたくしが平民に近い男爵家の娘だから、見下していらっしゃるのです」


「処分した箱は、菓子を食べたあとに残された空箱です。お母様の形見は、鍵のかかる飾り棚へ移しました。領地から届いた書類については、同じ文面の写しが四十二部あり、保存期限を過ぎた三十九部のみを廃棄しました」


アリスが答えると、招待客の何人かが顔を見合わせた。エレナは口を閉じたが、すぐに肩を震わせてエドワードの胸へ顔を伏せた。エドワードは彼女をかばうように前へ出ると、靴音を響かせてアリスとの距離を詰めた。


「そのように、何でも数えて記録するところが不快なのだ。人の心まで帳簿へ書き込むつもりか」


「数えなければ、事実を確認できません」


「事実、事実と、実に口うるさい女だ。王太子妃に必要なのは、人を責める帳面ではなく、周囲を明るくする華やかさだ」


エレナが顔を上げ、エドワードへ微笑みかけた。二人の背後では、給仕係が冷め始めた魚料理を載せた盆を持ち、進むことも戻ることもできずに困っていた。薄い檸檬の輪切りが魚の上から滑り落ち、銀盆の縁に張りついている。アリスは声をかけそうになったが、唇を閉じた。


「それだけではない。エレナの調査によれば、お前は王宮の備品を無断で廃棄している。由緒ある家具や文書まで、平民の価値観で捨てたそうだな」


「由緒ある家具ではありません。三年前に二十脚購入された椅子のうち、脚が折れ、修理不能と判定された六脚です。納入された数と現存する数が合わなかったため、処分証明書も作成しました」


アリスは侍女から革張りの書類入れを受け取り、一通の封筒を取り出した。中には処分証明書だけでなく、椅子を四十脚購入したように装って代金を請求した者の署名も入っている。備品の不足ではなく、二十脚分の架空発注があったことを示す証拠だった。


「こちらをご確認ください。会計院へ提出する前に、殿下にもご報告する予定でした」


「もうよい!」


エドワードは封筒を受け取らず、アリスの手から払い落とした。封蝋の欠片が割れ、磨き上げられた床へ散る。封筒は招待客の靴の間を滑り、赤葡萄酒のこぼれた場所で止まった。


アリスの指先が、空になったまま動かなかった。これまでなら、すぐに封筒を拾ったはずだった。汚れを布で拭き、中身を番号順にそろえ、エドワードが読みやすいよう要点を別紙へまとめて差し出していただろう。彼が読まずに机の端へ積んだ書類も、翌朝にはまた拾い、次は目につく位置へ置き直してきた。


「平民の孤児だったお前を、侯爵家が拾い上げた。それを忘れ、王家のやり方にまで口を出すとは恩知らずにもほどがある。お前のような地味で口うるさい女は、この国には不要だ」


大広間が静まり返った。窓辺の燭台で蝋がはぜ、外の庭から夜鳥の声が聞こえた。アリスは床の封筒を見たが、腰をかがめなかった。


「私を、不要品として処分なさるのですね」


「ようやく理解したか」


「承知しました。ただし、不要品にも、自分の行き先を決める権利はございます」


エドワードの眉が動いた。アリスが泣いて許しを請うと考えていたのだろう。ところが、彼女が侍女から外套を受け取ろうとすると、エレナが慌てて呼び止めた。


「お待ちください。アリス様には、きちんと反省していただかなくては。殿下も、すぐにお帰りになれとはおっしゃっていませんわ」


「婚約を破棄された私が夜会へ残れば、エレナ様がお困りになるでしょう」


「それは……そうですけれど、明日からの書類整理はどうなさるのです?」


エレナの声に、大広間の何人かが息をのんだ。エドワードは咳払いをし、侍従へ目配せした。侍従は銀盆に載せた一枚の書類をアリスへ差し出した。


「国外退去命令だ。三日以内に国境を越えよ。もっとも、心から非を認め、エレナへ謝罪するなら、処分を考え直してもよい」


アリスは書類を受け取り、端から端まで読んだ。退去期限、所持金の持ち出し制限、馬車の使用禁止まで記されている。準備された日付は一週間前であり、今夜の婚約破棄が衝動ではなく、あらかじめ決められていたことも分かった。


「受領欄へ署名すればよろしいのですね」


「謝罪をすれば考え直すと言っている」


「結構です。処分を決めた方に、私の価値を決め直していただく必要はございません」


アリスは侍従から借りたペンで署名した。インクが乾くのを待ち、息を吹きかけずに紙を盆へ戻す。エドワードは何か言おうとしたが、アリスは一礼し、大広間を出た。


自室へ戻ると、窓が少し開いていた。花壇の矢車菊が夜風に揺れ、机の上には昼に飲み残した薄荷茶が置かれている。水面には小さな葉が一枚浮かび、すっかり冷えていた。


アリスは長持を開き、旅用の鞄を一つ取り出した。着替えを二組、丈夫な靴下を三足、下着、銀貨の入った巾着、自分の仕事量を記した私的な帳面の順に詰める。夜会用の首飾りや侯爵家から与えられた宝石には手を触れなかった。


「本当に、これだけでよろしいのですか」


侍女のリタが、衣装棚の前で尋ねた。彼女は泣いたあとらしく、鼻の先を赤くしていたが、手にはいつもどおり畳んだ寝間着を抱えている。アリスは寝間着を受け取り、鞄の隙間へ押し込んだ。


「これは持っていきます。旅先で眠るときに必要ですから」


「では、こちらの銀の櫛もお持ちください。木の櫛は歯が欠けていますし、髪に引っかかります」


リタは鏡台から、蔓草模様の銀の櫛を持ってきた。その隣には、色の薄くなった木の櫛が置かれている。歯が一本欠け、持ち手には小さな傷がいくつもついていた。


「銀の櫛は侯爵家の物です。こちらだけ持っていきます」


「でも、もう使いにくいでしょう?」


「ええ。髪をとかすなら、新しい物のほうが便利です」


アリスは古い木の櫛を柔らかな布で磨いた。孤児院を出る日、六歳だった少女が泣きながら渡してくれた物だった。自分の髪をとかすために使っていた、たった一本の櫛を差し出し、「忘れないで」と言った少女の前歯も一本抜けていた。


「役に立たない物は、すべて捨てなければならないわけではありません。持ち主が必要だと決めれば、置いておいてよいのです」


リタは返事をせず、木の櫛を包むための布を探した。裁縫箱の底から、黄色い小花の刺繍が入った端切れを出し、櫛の大きさに合わせて丁寧に折る。アリスはその手元を見ながら、鞄の留め金を閉じた。


「アリス様も、必要な方です」


リタの言葉に、アリスは笑おうとした。しかし頬がうまく動かなかったので、代わりに黄色い布の包みを受け取った。鞄にはまだ少し隙間があったが、それ以上は何も入れなかった。


夜明け前、アリスは裏門から王宮を出た。空には薄い雲が広がり、石畳には夜露が残っている。パン屋では朝の窯に火が入り、焼き始めた黒パンの匂いが通りへ流れていた。


肩に掛けた鞄は、十年間を過ごした場所から出る荷物とは思えないほど軽かった。アリスは何度も振り返りそうになったが、そのたびに鞄の中の木の櫛へ触れた。古く、傷つき、役に立たなくなった物でも、必要だと決めれば捨てなくてよい。


それなのに、自分自身については同じように考えられなかった。だからアリスは、まず行き先を自分で決めることにした。東の空が白み始める中、彼女は隣国へ続く街道へ向かって歩き出した。


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