2.陸軍准尉 三上京子、ヒーロー戦隊の総帥に任命される(2)
リニアモーターカーに乗り込んですぐ、缶ビールを開けていっきに呑み干す。
普段はほとんど酒を呑まない京子だ。移動中に呑むなどそれこそ初めてかもしれない。
だが今日は、そうでもしないとやってられなかった。たて続けに五本の缶ビールを呑み干し、ふうっと熱い息を吐いてから、眼を閉じる。
京子は十八でニホン陸軍南近畿大学付属高等学校を卒業して、進学はせずに軍に入隊した。
そして短い研修のあとは海外の戦地を渡り歩いてきた。それは四年以上続き、ニホンに帰ってきたのは二年半前のことだ。
ニホンではテロ対策特務部隊として、多くの功績をあげてきた。
京子は無敵といっていい強さでテロ犯を手早く殲滅し、被害も最小限ですむのだ。
表彰も幾度となく受けたが、海外で本物の戦士と戦ってきた京子にとっては、造作もないことだった。テロ犯などはただの犯罪者であって、こと戦闘においてはアマチュアだ。
たまに戦闘のプロはいるが、それはテロ犯に雇われた傭兵なのだ。
ともあれ、華々しい活躍が認められた京子は今年の四月に准尉となった。ノンキャリアにしては、かなり早い出世だ。
そして、事件が起きたのは一年前。十五歳の少年が銃を持って幼稚園にたて籠もり、核兵器の破棄を訴えた。
すぐさま現場に到着した京子を隊長とする部隊は、現場の把握に動いた。
少年は園児一人を捕らえて教室に潜んでおり、他の園児や教員は逃げて園の外に出ていた。単独犯であることは確定し、身元もわれて素人だと判明した。少年の排除が比較的容易で、人質の園児を無事に救出できる可能性が高くなった。
モニター越しに少年を観察していると、さらに良い材料が見つかった。少年が持っている銃は、どうもモデルガンのようなのだ。
だが、それは確定情報ではないし、モデルガンも改造すれば殺傷能力はある。京子が、少年の排除の決断をくつがえすことはなかった。
そして、銃口が人質の園児からはずれたタイミングで突入し、即座に少年を射殺した。確認するとやはりモデルガンだったが、もっとも重要なのは園児の命だ。そのリスクを迅速に排除したことに対して、なんら落ち度はなかったと、京子は確信している。実際、ただの解決案件のひとつとして処理された。
だが、今になって軍の内部評議会で吊るしあげにされ、懲戒処分がくだることとなった。その評議会では、大佐になったばかりの高沢が熱弁をふるった、との噂を耳にしている。
高沢との因縁は、京子が十八で入隊して初めて派遣された戦地から始まる。
そこは南米のジャングルで、政府軍とゲリラ軍が争っており、典型的な大国の代理戦争の被害国として知られていた。政府軍の援助をしていたニホン陸軍の駐屯地へ挨拶にいくと、副司令官として当時中佐だった高沢がいた。
戦火の最前線に高卒ルーキーの小娘が赴任するなど前代未聞のことで、当初は『お嬢ちゃん』だとか呼ばれて可愛がられていた。だが、本格的に戦闘作戦へ参画するようになると、京子はしだいに冷遇されるようになる。
海外派遣される隊員はみな、こと戦闘においてはプロ中のプロで、誰よりも俺が強いと自負するエリートたちだ。「そんな俺が女に負けるなんてありえない。しかも、十八の小娘に」そう彼らを嫉妬の炎で焼くほど、京子の活躍は凄まじかったのだ。
そんな境遇の京子に、優しく接してきたのは高沢だった。当初はありがたく感じていたが、京子にだけ支給品を増やしたり、特別休暇を与えたりと、違和感を覚えはじめた矢先、夜のお誘いがあった。
そんなものは毅然と拒絶したが、高沢はしつこかった。毎日のように京子を連れだそうと画策し、睡眠薬の入ったアルコールを飲ませようとするなど、もはや犯罪者と呼ぶべきしまつだ。さすがに京子も憤慨し、陸軍内部監査に告発した。
高沢はすぐに異動となったが、なぜか京子まで異動となった。
その後も東南アジア、中東、アフリカ、東ヨーロッパなどを転々とし、最初の赴任地に戻ってきた。あれから三年経って京子は二十一となっていたが、戦局はほとんど変化ないまま、内戦は継続していた。
そのころの京子は良い意味でも悪い意味でもすっかり有名人だった。あいかわらず、嫉妬にとらわれた同僚や上官との衝突はあったものの、戦友と呼べるような男たちにも少なからずは出会えていた。
そして、この南米の駐屯地でも多少の冷遇に耐えて一年もいれば、一個小隊をまとめる下士官となっていた。今までの実戦経験でさらに磨かれた京子の戦闘スキルは、いくども戦況をひっくり返し、味方の命を拾いあげ、勝利をもたらしたのだ。
男のプライドが刺激されたとしても、もう認めるしかない。やっと、京子の才能と努力が、実をむすびはじめたのだった。
だが、高沢もこの駐屯地に戻ってきたことで、状況はもつれだした。
このときの高沢は、もう京子を手籠にしようなどとは考えていないようだったが、代わりに京子がキャリアを築く障壁となった。
不当なまでに京子の評価はせず、意見や主張は握りつぶした。また、京子の小隊には設備や補給をだし渋るなどの嫌がらせも多いにうけた。
そんな中、事件は起きた。京子の小隊の隊員が街で休暇中、反政府ゲリラにさらわれたのだ。
こちらの支配下にある街中で起きた、狙いすましたかのような不自然な誘拐劇だった。
反政府ゲリラは敵対国の金銭援助は受けているが、敵対国の正規軍は参戦していない。そのこともあって国際法など無用の無法者なのだ。捕虜にされた部下たちは見せしめのために殺される危険性があった。
救出部隊の編成はどんなに急いでも半日はかかる。いてもたってもいられない京子は、一足早く単独での救出に向かいたいと志願した。
その主張はもちろん高沢に潰されたが、京子は無視して、ひとり救出に向かう。雨の降る夜のジャングルを進み、ゲリラのアジトに潜入した。
しかしアジトはもぬけの殻で、部下たちの生首が残されていただけだった。京子のことをからかい半分に『姫』などと呼ぶが、やっと出会ったかけがえのない部下たちだった。
追い討ちを喰らわすように高沢は、単独で救助に向かった京子を命令違反で降格にした。それからすぐ、京子には帰国命令がくだった。
帰国してからはテロ対策班として関東を中心に活躍した。
海外での戦闘に比べて、国内のテロ対策は良くも悪くもぬるかった。男たちのプライドはそこまで高いわけでもなく、目の敵にされることが少なくなっていた。
このまま国内で活動するのもいいかもしれない。そう思いだしたころ、大佐に昇進した高沢がニホンに帰ってきたことを耳にした。
そこからの展開は早かった。数日後には、くだんのテロ事件が評議会にあがり、なんの申し開きをする機会もなく懲戒処分が決まった。
そして、一ヶ月後の今日、懲戒処分の内容が明らかになったのだ。
京子はため息のあとにビールを呑み干し、すかさず次のビールを開ける。同時にコンソールがメールの受信を知らせた。確認すると秘書の内田からだ。
『詳細はメールで連絡とのことでしたが、今回の任務には副官を用意しているので、そちらに確認してください。副官の一条君は軍人ではなく軍属になります。軍属といっても、専門機関のエージェントなどではありません。ただのバイトなので、主に雑務を任せて、残業はさせないように』
京子は力なく、首をふった。




