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人演狐  作者: 幸人
第四章 

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第三十三話 境界線の捉え方

物部が何かを描き出した。


(―――あれは狐だよな?)


彼は多分、狐の絵を描いているが……正直あまり似てない。

どうやらあいつは絵心というものがないようだ。


その時、誰かが「フッ」と鼻で笑った音が聞こえた。

あれは……ハーフ顔の男の声だろう。

俺は瞬時に物部を見た。

どうやら彼は笑われたことには気づいていないようだ。

それどころか当の本人は満足した様子でこちらを振り返った。


「半眼生の皆さん、この絵を見てください。ご覧の通り、狐を描きました。結構上手く描けたと思いません? 特にこの目元の部分とか。じっと見つめられているような怖さを表現できていますよねえ」


(いや、この程度で自信持たれても……)


自画自賛している男を白い目で見つめる。

日々研究する動物なんだからもっと上手く描けるだろ、とすら思う。


「さて、本題に移りましょうか」


自分の絵を見ながら「うんうん」と相槌を数回打った後、ようやく話を進める気持ちになってくれた。


「たった今、伏さんが言ってくれたように、狐は聴覚、視覚、さらに嗅覚にも優れています。その上、走力、飛躍力も秀でており、能力の高い動物です」


物部は俺たちに説明する間、黒板に描かれた絵の横に、優れている能力を単語で書き足していった。


「加えて、狐はとても賢いのです。例えば、やつらは狙う物によって狩りの方法を変えます。待ち伏せをして捕らえるか、跡を追いかけて捕らえるか、獲物によって変えると言われています」


(へえ、そうなんだ)


俺は生まれてから今日まで狐に会ったことがないし、どんな生き物なのかも知らなかった。

でも意外と才能に恵まれた動物なんだ。


いや待て、あいつ―――東も人演狐だったよな。

てことは東も全部の力を備えてるわけか。

ああ、だからあいつは何でもできるんだ。

俺は東の能力がなぜ高いのかを思い知った気がした。


「ちなみに狐は肉食に近い雑食性です。雑食性とは肉も植物も両方を食べることができるという意味です。人間と同じように何でも食べます。やつらは夜行性で、辺りが暗くなってから行動が活発化します。また単独行動を好みます。主な性格は警戒心が強く、慎重かつ臆病ですが、人懐っこかったり、従順な性格の狐も存在します」


黒板に次々に言葉を書き足していく物部。


(狐って夜行性なんだな)


じゃあ俺たちが炯眼士になった時の仕事は夜が多いのかな。

でも東とか薬舗の店主にしても、普通に昼間に活動してるし、やっぱり人間の生活に適応していくのかも。

ていうか狐の性格で「従順なやつもいる」って言ったけど、まさしく東のことじゃねえかよ。

そういう狐もいるんだな……。


「生息する場所は森や草地、農地、都市など様々です。このことは順応性の高さを裏付けていますよね。―――といったようなことが狐についての一般的な知識になります」


物部は黒板に言葉を加えるのを止め、今度は別の絵を描いた。

俺は東のことを考えながら、彼が描くものに注目した。

あれはきっと……人間だな。

相変わらず下手だが。


「そんな生き物が何らかの力を使って、人間に化けてしまいました。実はこれ、とっても恐ろしいことなんです。元々持っている非凡な力の他に、人間として生きるための能力を与えられたわけですからねえ。それ以外にも不思議な力まで手に入れて、もうやりたい放題ですよ、全く」


物部は大きな溜息をつきながら、人間らしき絵を白墨でトントントンと強く叩いた。


「元々持ち合わせている狐としての特性と、人間に成ってから得た特性を複合する者を人演狐と言います。ですので、皆さんにお伝えした狐の特性は人間か人演狐かを見分ける手がかりに繋がりますので、覚えておいてください」


なんか難しいこと言ってるけど、言い換えれば、狐と人間の能力を両方持ってるのが人演狐だってことだよな。

今思ったけど、これって東を観察し続ければ、俺は自然と見分けられるようになるんじゃないか?

待って、なんでそこに気付かなかったんだろう。

そうすればいいんだ。

そう思いながら、俺は一人で頷いていた。


「ということで本日はこの辺にしておきましょうか。なんだか皆さん、目が虚ろですし、そろそろ休まれた方がいいと思いますねえ」


物部が腰を曲げて、俺たちを覗き込むように観察した。

それに勘付いてくれただけでもありがたい。

俺は今にも倒れそうな体を必死に制御しているんだから。

もう今日はこれで終いといこうよ。


「それでは最後に、()()の時間といたしましょう」


(め、めいそう? なんだよ、それは)


「瞑想とは、今この瞬間に意識を向けることです。じっと座りながら、心を一点に集中させ、落ち着いて呼吸を繰り返しましょう。ここで皆さんに求めているのは、頭の中で人演狐の持つ核を見続けてほしいということです。もし雑念に囚われそうになったら、その都度、呼吸へと意識を戻してください。炯眼士になった後の皆さんは人演狐の核を捉え、そこを常に狙わなければなりません。そのためには強靭な集中力と想像力が必要になってきます。その力を瞑想という時間で少しずつ培っていただきたいのです。ですので今から私が「終了」というまでは、自身の中に核を置き続けてください。そしてそれを捉え続けてください。お願いいたしますね」


(核を見続ける……はあ)


もう体が限界だってのにじっと座って、頭の中で核を思い浮かべなきゃならないなんて……。


「それでは皆さん、いってらっしゃい」


俺はその刹那、ぎゅっと目を閉じた。

暗い、何も見えない。

はあ……核を想像しようか。

小内が以前、「核は海馬の中にあって丸い形をしてる」みたいなことを言ってたから、それを思い描こう。

丸くて、多分黒い核……。

丸い……黒い……団子、黒ごま団子。

ああダメだ、集中しないと。


核、核……。

……東にもあるんだよな。あいつの核ってどんな感じなんだろう。

はあ……ていうか眠い。布団の中で寝てえ。

ってだから意識を核に持ってかないとダメなのに!


そんなこんなで俺は結局、一つのことに意識を集中させることができなかった。

挙句の果てには、いつの間にか眠ってしまっていた。

そんな俺の頭を物部がポンと叩き、また目を覚ますという始末だった。

本当に自分が情けなかった。


観察眼指南、初日の瞑想は散々な結果に終わってしまった。

次はもっと集中しないとな……と反省しながら、物部の「それでは以上で観察眼の指南を終了指南(しなん)!」というつまらない駄洒落を聞いていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


観察眼指南初日を終えました。

次は寮内でのお話を描く予定です。


それでは三十四話をお楽しみに!


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