第十六話 音の在り処
俺は人演狐と戦う道を選んだ。
今一度考えてみると、なんとも恐ろしい決断をしたと思うが……もう前を向くしかない。
◇◇◇
人の数だけ色がある。
誰だって同じ人間は一人もいない。
皆それぞれ違うことを、俺たちは当たり前のように知っている。
――それは人演狐も同じじゃないんだろうかと、ふと思った。
人演狐はもともと狐として生まれ、非科学的な力で人間へと姿を変えた。
狐だって気の強いやつもいれば、臆病なやつもいる。
一匹一匹性格は異なり、狐の数だけ色がある。これは人間と同じなんだ。
先日出会った赤茶髪の男を思い出す。
彼は薬舗の店主と同じように、人演狐なんだろう。
もし彼が本当に人演狐なのだとしたら、彼らの性格を考えると、一方は強い正義感と繊細な心を持つ者、もう一方は傲慢で短気な者。
たった二人を比較してもここまで違うじゃないか。
何匹いるか未知数の人演狐においても、同じやつは一匹もいないはずなんだ。
悪いことをするやつもいれば、そうじゃない者もいると考えるのは浅はかなのか?
悪退の眼は人演狐を殺すことが仕事だ。
ゆくゆくは俺も奴らの命を奪うことになるだろう。
人に危害を与える化け物は処罰する。
人間にとって安心できる社会を脅かす行為だからこそ、制裁を加えなければならないと割り切るしかない。
もう可哀そうだなんだと言ってられない。
言ったところで組織は俺の肩を持たないし、だったらそもそも、入門しなければいいだけの話。
でも……何でもかんでも組織の言いなりになりたくないというのも本音だ。
社会や人間に対して善い行いをする者を殺す必要はないんだ。
だから俺自身が、殺す基準を作らなければいけないと思う。
鬼勢の言う正しい種が何たらは確かに正しいが、殺す以外にも何かしらの選択肢は絶対にあるはずだ。
考えの甘さはもちろん承知の上で、俺は模索していきたい。
人間と人演狐、双方にとって良い解決策を、少しずつでも見つけていきたいんだ。
道端で死ぬのはその後でもいいだろう。
だって死ぬのは簡単なんだから。
悪退の眼に入ってからでも遅くはない。
豆粒のように微々たるものだったとしても、俺は生きた証を残してから死にたいんだ。
存在しない者として扱われるのはもうこりごりなんだよ。
だから俺は……自分の信念のもとに、人演狐と戦うことを決めた。
どんな未来になろうとも、自分で責任を負わなきゃならない。
だって――俺が初めて選択した道だから。
◇◇◇
「悪退の眼に入門します」
俺は力強く、そう言い切った。
目先に座る大男――鬼勢を覗く。
彼はわずかに口角を上げたかと思うと、すぐに真剣な面持ちを見せた。
「そうか。お前ならそう言ってくれると思っていた。俺たちはお前を歓迎する。改めてよろしく頼むな、音在暗之助」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
鬼勢と再び握手を交わし、頷き合った。
握り合っていた手を離してまた姿勢を正す。
「さてと……お前からの答えを聞けたことだし、これからはこの先の話をしようか」
鬼勢が落ち着き払った様子で話を切り出した。
俺は緊張の眼差しを送る。
「俺たちは悪退の眼という組織であり、人演狐を殺すことが仕事だとはすでに言ったな。だが奴らと戦うためにはまず、人演狐を見破る能力と殺すための体力、技術を磨かなければならない」
「でも俺は見破る才能があるから、その必要ないんじゃ?」
「いいや。お前は奴らの音を聞き取れる才能があるが、それだけじゃ足りない」
「足りない……?」
「ああ。奴らは見かけは完全に人間なんだ。見分けるには他の感覚も鍛えなきゃダメだ」
(他の感覚ってことは違いを目で見つけたり、匂いを嗅ぎ分けたりってことか?)
そんな高度なことが俺にできるのか?
戦うための体力と技術を身に付ける上に、五感を使って人演狐かどうかを見破らなきゃならないなんて……。
どうしよう、できる気がしねえ!
「五感を駆使するんだ。聴覚の他に、視覚、嗅覚、触覚。時には味覚を研ぎ澄ませることもあるだろう。お前たちは自分の感覚を磨き上げる必要がある。ときに音在、お前が人演狐の音を聞くことができる距離の限界を知っているか?」
「きょ、距離ですか? そんなの分かりませんよ。そいつの側まで近寄らないと聞こえなかったということくらいしか」
「なるほど……それも試してみなければならないな」
「は、はあ」
音が聞こえる最大の距離なんて考えたこともなかった。
あんな不気味な音を聞くだけで不快だし怖いのに、距離を測るなんていう冷静な判断なんてできっこないんだから。
(だけど確かに気になるな)
改めて考えてみると、興味のある質問だった。
薬舗の店主、それに赤茶髪の男――どちらも至近距離からしか聞こえてこなかったはずだ。
多分、三尺三寸もないんじゃないか?
もしかしたら、それより離れていても響くかもしれないが……。
「とにかくお前の耳は特別なんだ。今まで俺が見てきた中で、鍛錬をせずに音を聞き取れる人間など一人もいなかった。だからそこは自信を持ってほしい。お前の聴覚を極限まで鍛えれば、見破るだけでなく人演狐と戦う上でも大きな支えとなるだろう」
(戦う上での支え……?)
理解できない俺を差し置いて、鬼勢が一呼吸おいてから、再度口を開いた。
「詳しい話は入門初日にするからここでは言わない。今伝えられることは、お前が半眼生として悪退の眼に入門し、様々な能力、技術を磨いていかなければならないということ」
「は、はんがんせい?」
「言うなれば門下生だな。まだ完全に眼を開く前の状態にある人間ということだ」
「なるほど……」
「入門は来月の頭から。それまでは今住んでる部屋で暮らしてもらって構わないが、入門する日から住む場所を移動してもらう」
「え、どこに移動するんですか?」
「地下だ」
「ち、地下!?」
何でもない風にそう答えた鬼勢に対し、俺は間抜け面でその単語を叫んだ。
突拍子のない話すぎる。
地下なんて行ったこともなければ見たこともない。
「そうだ。地下にお前たちの稽古場や寮がある。来月からはそこが生活拠点だ」
(どんだけでかい組織なんだよ!)
「とりあえず俺から伝えたいことは以上だが、何か質問あるか?」
「質問……」
ありすぎて出てこない場合もあるんだな……とため息が出た。
稽古の内容、他の半眼生や炯眼士のこと、組織の規模……。
他にも聞きたいことはわんさかあるが、それらも来月には分かるんだろ……?
――あ、でも一つだけはっきりさせておきたいことがある。
「あの……人演狐から鳴る音の正体って一体何なんですか?」
俺はずっと気になっていたことを尋ねた。
耳に直接響いてくる音の真相を――。
「それは……今はまだ教えない。だが、手がかりを与えてやる」
鬼勢が右腕を持ち上げ、人差し指で自身の頭を指した。
「――脳だ」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
第三章突入しました!
ようやく音在暗之助が悪退の眼に入る決意をした後の、これからの流れを鬼勢豪明から話してもらうシーンが主でしたね。謎の組織の正体が少しずつ明かされていき、音在暗之助の心情を察するに余りありますが、どうかめげずに頑張ってほしいなと思います。
第十七話もぜひ楽しんでいただけると嬉しいです!




