第十四話 矛盾した真実
音が鳴った。
それは疑いようもなかった。
足元でうずくまる赤茶髪の男から、確かな響きとして俺の耳へと伝わってきたんだ。
「パキ……パキ」
耳を澄ませる。
周囲の喧騒に飲み込まれそうな、その音を――。
(音の正体が分かんねえ……)
どれだけ頭を働かせても答えは一向にでなかった。
赤茶髪の男から聞こえる直接的で断続的な響きの本体が……さっぱり分からないんだ。
周りにいる人間はしれっとしてまるで気に留めてないのに、なんで俺だけが聞こえるんだよ。
なんで……俺の脳内だけに語りかけてくるんだよ。
本当に煩わしい。
ただ……こいつの音はなんだか――。
赤茶髪の男がようやく立ち上がり、顎を上げて遠くを眺めた。
「……くそ! あいつ逃げやがったな!」
胸の前で片腕を力強く振り下ろしながら、独り言にしては大きな声でぼやいた。
俺も赤茶髪の男と同じように連なる商店の先に目を向けるが、猫背の小男の姿はどこにもなかった。
不快音に耐え切れず俺たちが目を瞑った時に走り去ってしまったようだった。
赤茶髪の男の言葉が本当なら、盗んだ商品はまだ懐にあるんだろう。
金がないなら働けばいいのに……と思うが、盗んでまで髪飾りが欲しかったってことだよな。
もしかして異性にでも贈るつもりだったのか……?
赤茶髪の男が一度肩を大きく下げたかと思うと、体ごと捻ってこちらを振り返った。
――正直、俺は驚いた。
想像以上に若く健康そうな顔つきだったからだ。
……もしかしたら俺と同い年くらいか、下手したら年下の可能性も――。
「あの……僕に何か用ですか?」
赤茶髪の男が表情を翻して、心配げな顔を向けながら話しかけてきた。
(まずい……また見つめすぎちまったか)
「す、すみません。別に用があるわけじゃ……。つ、捕まえてた奴……逃しちまいましたね」
俺はその場でわずかに首を下げて謝り、不器用に笑いかけた。
さっきから耳に意識を向けると聞こえてくる音を感じながら、自分の心中を悟られないよう目線はなるべく合わせないように努めた。
「そうなんですよ! 僕あいつ――あの人が商品を盗むところをこの目で見てたんです。だから必死に捕まえていたんですけど、誤って腕を離してしまったんです。僕としたことが……。周りの方々が協力してくだされば、捕まえられたと思うんですが……」
「そう……ですね」
「しかし盗人をこのまま放置していてはまた犯行を繰り返すだけです! ですので僕はこの出来事を巡査に報告し、いち早く捕まえてもらうようにしていただきます!」
「は……はあ」
「もう犯人の顔は覚えましたので、それに、にお――い、いえ、体の特徴も記憶しましたのでもう逃げられません! そして――」
相手を差し置いて一人で話し続ける赤茶髪の男に俺は戸惑うことしかできなかった。
盗人を捕まえるための熱意を身振り手振り説明されても困る。
そんな話を長々と俺に語るくらいなら、とっとと巡査のもとに行き、犯人をお縄にかけてもらえばいいだろうに……。
そんなことより俺が気になるのは……お前の正体なんだよ。
こいつは一見普通の人間だ。
黒目の大きな顔、いい物を食ってそうな体付き、それを纏う素朴な着物――どこをとっても人間と変わりないはずなのに、耳が感じ取る、確かな違和感。
それに加えて、俺には理解できないことが一つある。
鬼勢から明かされた真実の中のこの場面を頭で思い起こした。
「――奴らは日々、悪事を企てながら平然と生きている。このまま野放しにすると何をしでかすかわかったものじゃないんだ」
大男は間違いなく、こう言っていた。
化け物たちは毎日のように悪さを企んでいる……と。
しかし向かい合っている正義感丸出しの赤茶髪の男が悪事を働いているようには到底見えない。
それ以上に、悪を嫌い、良識を重んじるような人間だとしか思えないんだ。
そうじゃなければ、わざわざ大声を上げてまで、盗人の犯行を問い質す必要はないんじゃないか?
これだと鬼勢の話に矛盾が出てくる。
大男が正しいのか否かが判然としなくなる。
でもこの髪の赤い男も表向きはこう言っているが、裏では悪い行いをしているかもしれないし。
(こいつは本当に――)
「ですから――」
「お前は人演狐なのか?」
俺はその刹那、両手で口元を覆った。
言ってはならない言葉がつい口を出てしまったからだ。
顔半分を覆う手が徐々に震え出す。
目の前でつらつらと熱意を語っていた男の言葉が途切れた。
恐ろしくて対面する男の顔が見れない。
今彼はどんな顔を俺に向けているんだ?
(まずいまずいまずいまずい!)
体がわななきながらもその場を立ち去れない。
あの時――薬舗の店主から詰められた時のように、一歩も踵を返せない。
「……」
「……」
お互いに沈黙が続いた。
どちらも一言も発さない時間が過ぎていく。
(なんで何も言わないんだよ!)
何でもいいから声を出してくれよ。
頼むから、俺は人演狐じゃないと、そう言ってくれよ。
でないと――俺はお前を殺すことになるかもしれないんだ。
嫌だよ、俺と同い年くらいの若者を殺すなんて……正しいことをしてる男を殺すなんて!
「僕は……」
赤茶髪の男がついに言葉を発した。
「人間だ」
彼は力の籠った声で、そう言い切った。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
正義感の強そうな男が前話に続き、登場しました。
赤茶髪の男は人間か、それとも化け物か……。音在暗之助が頭を必死に働かせて考える回でしたね。
第二章も残すところわずかとなりました。
最後まで楽しんで読んでいただけると幸いです!
第十五話もよろしくお願いいたします!




