第一話 ある町の少年
「へいいらっしゃい。新鮮な野菜はいかがですか?」
不愛想な顔に似合わぬ声を張り上げる。
やせ細った体によれよれの着物を羽織り、数種の野菜を入れた篭を天秤棒に吊るして担ぐ。
それが骨ばった肩に食い込むが、「痛い」の一言もない。
家から歩いて一時間ばかりにある町の商店街に俺、音在暗之助がいた。
両目を前髪で隠し、俯きがちに商店の間を歩いていく。
すれ違う人々の目線を何度も感じる。
どうせ俺のことを気味悪い人間だとでも思ってるんだろう、と内心で嘆く。
だってこの着物で、髪だってろくに洗えてない汚い見た目だからな……。
唾を飲み込む。
「バキバキ」
耳の中から細い枝が割れたような鋭い音が聞こえた。
もうこれに慣れてきたが、それでも意識を向けてしまう。
去年より大きくなった不快音を聞くたび不安に包まれ、将来を案じる。
(これからどうなっちまうんだろう……)
俺の耳はもう何年も変だ。
小さい頃から負荷の大きい環境で育ってきて、いよいよ両耳が可笑しくなっちまった。
周囲の音は聞こえる。
だが、右耳から変な音が鳴るようになって、左耳も音が響くようになった。
この現象は全く分からない。
調べる手立てもなければ、医者を呼ぶ金もない。
親に相談してみたところで聞く耳を持つわけがないんだ。
俺のことなんかどうだって……。
「大根、蓮根、それに葱に人参。どれも取れたての野菜ですよ。ぜひいかがですか?」
腹から声を出す。
耳から意識を飛ばすために顔を上げ、遠くを見た。
ぬかるんだ泥道の先には、人だかりができている。
(相変わらず賑わってんな)
ここから百五十尺ほど先の店の前に、老若男女が集まっていた。
看板には『薬舗』の文字が書かれ、幾つかの薬が売られている。
二週間ほど前だろうか、元々いた主人が突然いなくなり、別の人が代わりに店を回すようになった。
ススキの穂のような髪に目の離れた男で、あの店主が立ってからなぜか客人が増え始めた。
特に売れている薬が茶褐色の小瓶に入った得体の知らない液体だ。
その商人が言うに
「滋養強壮に効く栄養薬ですよ」
よく分からないが、とにかく体にいい薬らしい。
俺には買う金なんてないから、一生手にすることはなさそうだけど。
その薬舗を通り過ぎ、背を向けた。
野菜が半分くらい売れたところでまた元来た道を戻っていく。
何が何でも全部売らなければならない。
そうしないと父さんに……。
日没時間が迫る中、どんどん焦りが募ってゆく。
肩が赤く染まるほど、藁草履が泥だらけになるほど休む暇なく歩き回っているため、喉もカラカラだ。
ろくに飯も食べてないから腹が鳴ってしょうがない。
(どうしよう、どうしよう)
心が急ぐ一方で、気持ちを落ち着かせる手段はない、と思えた。
目線の先には数時間前に通り過ぎた薬舗があった。
だからどうしたという話なのだが、なぜか俺は吸い寄せられるように店に向かい、天秤棒を邪魔にならない位置――つい先日閉店してしまった商店の軒下――に置き、薬舗の前に立つ男女を押しのけた。
目の前には茶褐色の瓶に入った液体が並び、それを手に取って眺めようとした、その時だった。
「パキパキ」
またこの音だ。
この枝が割れたような――あれ、でも俺、唾飲み込んでないよな……?
何で同じような音が聞こえ――。
ふと前にいる薬舗の店主を見た。
嫌に目の細いその男が縦に張り付いていた口角を下げ、俺を睨んでいる。
「おいなんだお前。ここは子供に売るもんはねーよ。さっさと帰れ」
いきなり血相を変えたその人に怯えながら、音に耳を澄ます。
「パキパキ」
――まただ。この午房が割れるような音が。
自分の前にいるその男を見つめながら、震える口で声を出す。
「何かあんたから変な音がする」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
音在暗之助という悲運な少年を主人公にした物語です。これから彼とともに成長していけるよう精一杯頑張ります。
何卒よろしくお願いいたします!




