第72話【継承】
響く雷鳴──
青い光が弾け、ヒーローの姿が雷そのものへと変貌してゆく。
──瞬間、稲光が走り、轟音が空間を裂いた。遅れて押し寄せた衝撃波が、場内すべてを揺るがせる。
「──うああっ!!」
ヴェローチェの身体が宙を舞い、弾かれるように壁へ激突した。
直後──
『ビーッ!』
乾いたロストの音が、静寂を切り裂くようにアリーナ全体に響き渡る。
《バ、バスカル学園の……優勝です──!》
実況の声が静寂を裂いた。
観客たちはまるで夢から醒めるように顔を見合わせ、ようやく理解する。
先にロストしたのは──ヒーローだった。
雷帝として放たれたその力は、スーツの耐久限界を一瞬で超えていた。わずかな差でヴェローチェよりも早く機能が停止したのだ。
勝敗のアナウンスが響く。しかし誰一人として反応しない。
勝ち負けなど、もはやどうでもよかった。
喜びも落胆もない。衣擦れの音すら消えたアリーナ。
全員が闘技場に浮かぶ雷帝──青白く輝くヒーローの姿に、目も心も奪われていた。
「ライ……ゼだ…………」
セドは最前列からヒーローを見上げ、一粒の涙を静かに流した。
憧れ続けたN.A.S.H.──あの雷帝の姿が、いま目の前にいる。
そしてヒーロー自身も、静かに涙を流していた。
(いたんだ……。こんな近くに──)
【パパは……ヒーローと、ずっと一緒に──】
(……ずっと、一緒にいてくれた)
ヒーローは、探して、探して、探し続け──
ようやく見つけた。
父は、ずっと──自分の中に。
右手で胸元を掴み、ぎゅっと握る。眉をひそめ、ひと粒、またひと粒。
頬を伝うものに唇をかむ。
忘れたかったこの力が、皮肉にも──父を近くに感じさせた。
その姿を球体ドローンが捉え、大型モニターに投影した瞬間。
観客たちは、目の前に立つその存在が、紛れもなくあの雷帝であることを理解した。
直前までの静寂が嘘のように、スタジアムを揺るがすような歓声が爆発する。
ガンを通じ、世界中が見守る中──最強の【雷帝】が、この瞬間に誕生したのだ。
やがてヒーローが雷帝の姿を解き、静かにアリーナの中心へと降り立つ。
その歩みに、ガービィ、サリー、エイリアスが真っ先に駆け寄った。
そして誰よりも早く、サリーが飛び込むように抱きついた。
その瞬間、再び沸き起こるのは唸るような地鳴りの歓声だった。
ガービィが狙撃され、イリオスの名が世界に刻まれた日。
ライゼが拘束され、民衆が引き裂かれた日。
ナイトが現れ、そして、ライゼを失った──あの日。
それらすべてを越えて、あの事件のその先を誰もがこの目で見届けた。
ヒーローの成長は、もはや他人事ではなかった。世界が見守り、そして祝福する。
アリーナは割れるような歓喜の渦に包まれていた。
「母さん、能力のこと……」
申し訳なさそうに口を開いたヒーローに、サリーは言葉を待たずに、そっと二度、頷いた。
「これ……父さんの左手に握られてた。ずっと、渡せなかったんだ」
(──母さんが、泣いてたから)
ヒーローは、くしゃくしゃに折られた小さな紙片を差し出す。
それは、ライゼが最後まで手放さなかった手紙だった。
受け取った瞬間、サリーはすべてを悟った。
出会ったあの日、なぜかライゼが差し出してきた一枚の紙。
あれ以来、彼はメモのような手紙を何度もサリーに手渡していた。
なぜそんなやり取りを好んでいたのか、ずっとわからなかった。
けれど渡されるたび、サリーの胸には奇妙な感覚が走った。
大切なものを忘れているような、絶対に忘れてはいけない【何か】。
──これは、あの手紙だ。
サリーは震える指先でそっと両手に包み、丁寧に開いた。
中にはたった一行。
【ずっと一緒だ】
その文字が瞳に映った瞬間、サリーの脳裏に誰かの記憶が奔流のように流れ込んできた。
自分のものではない。でも、決して他人とも思えなかった。
(……誰の?)
【忘れ……られたくない……】
【サリーを……忘れるわけがないだろう……!】
(──兄ちゃん? 何て、悲しそうな顔……)
【マザーが言ってたこと……本当かなぁ?】
【──ああ!……ああ。俺は何度だってお前と出会う! 必ず見つける……。だから──!】
【嬉……しい…………】
(これは──私?)
記憶の深層から何かが浮かび、ほどけていく。
胸の奥にあった焦燥の正体。
それが涙となって頬を伝う直前──
「──さん! 母さん!」
「……あ」
「泣くなら……離れてからにしてよ?」
ヒーローに肩を揺すられ、サリーはゆっくりと周囲を見回した。さっきまで完全に記憶と一体化していた。
気づけば涙を流していて、その頬をヒーローが心配そうにのぞき込んでいる。
サリーは誤魔化すように人差し指で涙をぬぐった。
「……これ、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
「えっ?」
サリーはかつてライゼにそうしたように、しがみついたまま離れようとしなかった。まるで、小さなコアラが大樹に身を預けるように。
もちろん離れるつもりなど──全くない。
「ガッハ!」
その光景に、ガービィは思わず吹き出した。
懐かしさに胸がふわりと揺れ──抱きつかれているのがライゼでないことに、一抹の淋しさを覚えた。
同時に、飛びつかれるほど大きくなったヒーローを見て何より誇らしかった。
ガービィは眉を思いきりハの字にして、サリーとヒーローを抱きしめた。
やがてエイリアスもその輪に加わり、アリーナ中に万雷の拍手が響き渡った。
──
「みんな、ごめん。……負けてしまって」
控え室に戻ったヒーローがうつむきながら言うと、次の瞬間──
「すげぇじゃねぇかヒーロー!!」
マサムネとパンチが勢いよく飛び掛かり、ヒーローの体に覆いかぶさった。
「う、うわっ!?」
戸惑うヒーローに、パンチは満面の笑みで叫ぶ。
「ライゼさんと同じ、雷帝になったんだろ!? すっげぇよ!」
「パンチ……」
褒められているのに、ヒーローはどこか居心地悪そうに目を逸らす。
「結局、能なしは僕一人になっちゃったな」
マサムネが冗談めかして肩をすくめると、ヒーローはすぐに反応した。
「違う! 嘘をついてたわけじゃ──。父さんが最後に言った言葉……俺には能力がないって」
「うん、わかってる。……能なしのレッテルを貼って、軍事利用やナイトからヒーローを守ろうとしたんだ。ライゼさんの、最後の盾だと思う……」
「父さんとの繋がりを……いや、甘えてたのかな。……ごめん」
「……さっきのは冗談。ただ、言ってくれなかったのが……ちょっと寂しかったんだよ」
その言葉に、ヒーローが顔を曇らせたとき──
「フン、やっぱり隠してやがったか」
セドは背を向けたまま言い捨てた。強がる声とは裏腹に、頬にはひとすじの痕。
ヒーローはそれを見てしまった。
「セド……」
マリンはいつも通りの直球だった。涙を浮かべたまま、迷いなくヒーローに飛びついた。
「──おかえり」
あの日から止まっていた時間が、ようやく流れ出す。マリンの温もりが、ヒーローの奥に染みていく。
(もう隠さなくていいんだ……)
ようやく自分を受け入れられた。
「──ただいま」




