第72話【夏の怪談……恐怖!ミツバチ王子!】
王とは?
皆は言葉の意味がわからない。
統一国家の今は王制などはないし、出自が高貴な出という事なのか?
ヴェローチェは続ける。
「リモキネシスは……全てのリモコンを扱える」
「…………ん?」
セドはますます意味がわからなくなった。
いつもに増して眉間のしわが凄い。
ここにいる全員が同じ反応だった。
この反応に対して、やれやれといった感じでヴェローチェは説明を始めた。
「わかっていないな、この恐ろしさを……。普段見ている動画や、テレビのチャンネルをダダ様は好きに変えられるんだ」
「……うん?それだけなのか?」
何が恐ろしいのか、聞いてもいまいちわからない。
というよりわりとどうでもいい能力のような──。
「それだけとは何だ!?」
突然ヴェローチェが大声を出すと、不穏な雰囲気も相まってか皆はビクッと驚いてしまう。
「想像力がないのか君たちは!?」
マサムネは皆の為にもヴェローチェへ丁寧に説明を求めた。
「ちゃ、ちゃんと説明して下さい……!それだけではわからないんです」
「──この中に寮で生活している者はいるか?」
セドとトムが手を挙げる。
トムは先生として、寮監として入寮しているが、学生の時から寮生活なのでアイランド学園の誰よりも内情に詳しい。
「二名か……。ではもし、明日からエアコンの設定温度がいきなり寒過ぎる温度で固定されたなら?好きな番組が途中で見れなくなったら?」
「なっ!?」
「まさか!?」
寮生活のセドとトムの額から汗が滴る。
「そのまさかだ。ダダ様からすれば設定温度を変えるなど朝飯前。さらにはSNSもだ……。ダダ様の機嫌を損ねれば、くだらないものにさえ勝手にいいねされ……」
「なん…だと……」
「そんな恐ろしい事がバスカルで……?」
マサムネとマリンはこの馬鹿馬鹿しい話し合いを早々に見切り、パンチのお菓子を貰いに行った。
「あっ、これおいしそー!」
「これもおいしいよマリンちゃん。シーカーのお土産だって。二個あげるよ」
「あっ、じゃあこれと交換ね!ジローナの選手に貰ったんだー」
「パンチ、ボクもちょうだい!」
セドはそんなマリンたちに苛立ちを見せる。
「くっ、やつらこの恐ろしさがわからないのか!?」
「セド君、しょうがないさ。寮で暮らす者以外にこの恐ろしさは伝わらない。これでわかっただろう。故にダダ様は寮の王なのだ。彼が大会に出たいと言えば──」
トムがヴェローチェの言葉を繋ぐ。
「教師でさえ断れない……」
ヴェローチェがうっすら涙を溜めて、積年の悔しさをセドに訴える。
「もう……二年。ドラマの最終回を見ていないんだ!!」
「──なっ!? でも動画配信でいくらでも……」
ヴェローチェは首を横に振る。
「まさか……。動画やサブスクも……か……」
「フッ……【ミツバチ王子の大冒険】を延々と見せられるのさ」
ミツバチ王子の大冒険というワードが出ると、セド以外の全員が一瞬ピクッと反応した。
「孤児院では好きなアニメだったが……ずっとはきつそうだ。そういえば寮の食堂でいつもこれが流れてるな。好きな奴が多いのか?」
セドはこのアニメを知ってはいたが、ちゃんと最後までは見たことはなかった。
寮でも街でも見かけるし人気なんだろう、くらいの認識しかない。
「昔から熱狂的ファンがいる名作だ。でも何百年も前のアニメをサブスクでまで見せられるのは……」
「ヴェローチェ、この後うちの寮でドラマの続きを見るか?すぐ近くだ」
「っ!?いいのか?」
「いいよな?先生」
「当たり前じゃないか!まさかバスカルの寮でそんな事が起こっていたとは……。辛かったろうね。今だってガンで見てもいいんだよ?」
「そ、そうか!今見れるのか!」
ヴェローチェはガンから携帯部分を取り外し、念願だったドラマの最終回を見始めた。
すると──
『──それはできないバチよ』
ドラマから切り替わり、突然ミツバチ王子の大冒険が流れ出す。
ヴェローチェはうなだれ、セドは驚いてダダ様が近くにいるのではと緊張する。
「あっ、俺このセリフ好きなんだよ!一緒に逃げようって言われてからの、この名シーン!この後クローバー第三皇女が──」
パンチは呑気にガンを覗いている。
急に饒舌になって大声で語り、周囲に興味を促す典型的なミツバチファンだ。
通称【バチファン】。
ミツバチ王子の大冒険はその可愛らしいタイトルとは異なり、ドロドロとした愛憎劇、サスペンスといった内容も含んでいる。
シーズン8まで制作されており、最終シーズンはSF要素を取り入れるなど非常に幅広いジャンル、内容の濃さから熱狂的なファンを生んだ作品だ。
特にこの【バチファン】に関わると非常に厄介である。
シーズン毎にジャンルが違う為、ファン同士の争いも激化しやすく、ライト層からは敬遠される存在だ。
「こ、これだ……。ダダ様はこのアニメが大好きで寮の皆んなに強要して……」
怖がっているヴェローチェを助けるように、セドがパンチを注意する。
「おい、今は語るのをやめてやれ」
「で、この後に隣国から来たダリア王女の嫌がらせでクローバー第三皇女は──」
「お、おい!?パンチ!話をやめろ!」
狂ったように止まらないパンチ。
困惑するセドにヴェローチェはバチファンの本質を教えた。
「無駄だ……。ダダ様もそうだ。【バチファン】はこうなると自分の好きなシーズンを語り尽くすまで止まらない」
「そんなバカな事が……」
「バカとは心外ですねぇ!!」
急に声を荒げるトム。
セドとヴェローチェは恐怖を感じながらもトムの方を向く──。
「ミツバチ王子は普段口が非常に悪いんですがそれを補って余りある行動の優しさと実直さで味方を増やしていきやがて訪れる──」
セドは酷く困惑している。
「せ、先生……?」
(先生まで【バチファン】なのか……。句読点がない……。それに声が聞こえていないのか?)
あれからパンチもずっと語り続けている。
(寮の食堂でいつもこのアニメが流れてるのは先生の仕業か?【バチファン】とはこんなに恐ろしいものなのか!?)
「無駄だセド君!バチファンがこうなっては語り終わるまで帰って来ない」
「まさか、先生がさっき寮に来る事を許可したのも……!」
「察しの通り、我々を取り込む気だったのだろう。見たまえ、正気の目ではない!」
トムの目はどこを見るともなく、いかにミツバチ王子が素晴らしいかを説いている。
一向に止まる気配がない。
「ヴェローチェ、これもダダ様が能力で動画を変えたのか……?」
「さっきから考えてたんだが、ダダ様ではないんだ。ダダ様は雷帝を見るなり、何故か怯えてホテルへと帰って行った」
「雷が怖いのか?まぁそれはいい。ダダ様じゃないならいったい誰が!?早く止め──」
「ごめん、試したらできちゃって……」
セドとヴェローチェはゆっくりと声のする方へ振り向いた。
声の主は……ヒーローだった。
ヴェローチェは少し怖がりながらもヒーローへ聞いた。
「私が知っている限り、君の能力は雷では……?」
「ああ、話を聞いて興味が出ちゃって。電波みたいなものは能力で見えるから、ちょっといじったら出来ちゃった」
アイランドシティに、第二のダダ様が生まれた瞬間だった。
ヴェローチェは恐怖で動けない。
「ヒーロー、ヴェローチェが怖がっている!このアニメを変えてくれ」
セドがヴェローチェの為に珍しく煽る事をせず、ヒーローへちゃんと頼んでいる。
「えっ?何で?じゃあ違うシーズンは?俺の好きなシーズンは第四シーズンでミツバチ王子が誘拐されてから──」
「くっ、こいつもか!?マサムネ!?」
セドがマサムネに助けを求めると……。
「ボク?ボクはなんと言ってもこの時代ならではの国の概念とポピュリズムを感じる対立構造に感動したしさらにはその内部にすらエリート層がいる事により興味が──」
「ダメだ!マサムネが一番ヤバそうな目をしてやがる!」
全員ゾンビの唸り声のように、各々が思うアニメの良さを語りかけてくる。
(味方はいないのか?全員バチファンなのか!?)
セドは絶望的な状況にも関わらず、まだ活路を探している。
だがヴェローチェはそうではなかった。
「も、もう嫌だぁ……!」
ヴェローチェはたまらずドアに向かって逃げ出してしまう。
「お、おいヴェローチェ!!」
セドが追いかけるが、すぐにヴェローチェが立ち止まる。
ドアの前にはお菓子を食べながらハムスターのように頬を膨らませたマリンが立っていた──。
(そっ、そうか!話に加わらず、ずっと菓子を食っていたマリンなら、こいつらとは違うはず!)
「マリン!一緒に逃げるぞ!」
「──それはできないバチよ」
「「うわぁあああああああああああっ!!」」