第70話【最強のヒーロー】
響く雷鳴──
青く光を放ち、雷へと変化するヒーロー。
雷帝へと変わった瞬間、稲光、轟音、そしてとてつもない衝撃波。
「──うぁあっ!!」
あまりの衝撃に、ヴェローチェは一瞬で壁に激突。同時に──
《ビーッ、ビーッ》
とアリーナ中に響くロストの音。
《バ、バスカル学園の優勝です──》
あまりにもあっけない幕切れだった。
スーツの耐久装置は雷帝に耐えられず、ヴェローチェよりも一瞬速くヒーローはロスト。
アナウンスがHEROバトルの終幕を告げたが、誰も声を出さない。
勝敗に興味を示す状況ではなかった。
声どころか、衣擦れの音さえない。
全員、アリーナ中央に浮かぶ雷帝姿のヒーローに釘付けだった。
「ライ…ゼだ……」
セドは最前列のプラチナシートからヒーローを見上げて、一粒の涙を流してそう呟いた。
憧れのHERO、ライゼの姿が目の前に──。
そしてヒーロー自身も、涙を流していた。
(いたんだ。
こんな近くに──)
【パパはヒーローとずっと一緒に──】
(──ずっと一緒にいたんだ)
ヒーローは探して、探して、探して──
自分の中に父を見つけた。
右手で胸を掴み、眉をひそめ、一粒、また一粒と涙を流す。
使わないと決めていた能力が、皮肉にも父を感じさせた。
その姿を球体ドローンが捉え、大型モニターに映し出されると、観客たちは目の前の存在が紛れもなく"あの"雷帝だと実感する。
先ほどまでの静寂が嘘のように、爆発のような歓声が沸き起こった。
中継を通して世界中が最強の【ヒーロー】誕生を目の当たりにした瞬間だった。
ヒーローが雷帝を解いて静かにアリーナ中央へと降り立つと、ガービィ、サリー、エイリアスが駆け寄って来る。
真っ先にサリーが飛んで抱きつくと、また巻き起こる唸りのような歓声。
観客たちは数年前に見たアリーナの光景を思い出した。
ガービィが狙撃された時にいた最強のHEROはいなくなり、成長した新たなHEROが目の前にいる。
当時からメディアでも繰り返し映像が流れた事もあり、あの事件の熱はしっかりと観客に共有されていた。
もはやヒーローの成長は他人事ではない。
世界中がヒーローの成長を喜び、ここアリーナも歓喜の声に包まれる。
「母さん…能力の事……」
ヒーローが申し訳なさそうにして能力の事を切り出すと、全てを言う前にサリーは無言で二回頷く。
「母さん、これ。父さんの左手に握られてたんだ。気付いたら服に入ってて……ずっと渡せなかった」
(母さんが泣いてたから──)
ヒーローは二つに折りにされたくしゃくしゃな小さな紙をサリーに手渡した。ライゼが最後に握った手紙。
端には少しだけ燃えたような跡がある。
サリーは一瞬で理解した。
出会った時、なぜかライゼが渡してきた紙。
それ以来、ライゼはこのメモのような手紙のやり取りをサリーと何度も行った。
なぜライゼがこのやり取りを好んでしているのかがわからなかったが、メモを渡される度、サリーは奇妙な感覚に襲われた。
大切な何かを忘れているような。
それは絶対に忘れてはいけない【何か】。
渡される度に訪れる焦燥感。
懐かしい感覚と、安心感。
(これは、あの紙だ──)
サリーは既にくしゃくしゃになっている紙を両手で大切そうに開いた。
【ずっと一緒だ】
と書かれていた。
瞳に文字が映った瞬間、サリーの脳裏に浮かぶ記憶。
自分の記憶じゃない。
(誰の──?)
【忘れ…られたくない……】
【サリーは俺の全てだ。……忘れるわけがない!】
(──兄ちゃん?何て悲しそうな顔。兄ちゃんが本気で叱ってる時の顔……)
【本当?】
【──ああ!……ああ。俺は何度だってお前と出会う!必ず見つける……。──だから!】
【嬉……しい…………】
(これは……私?)
「──さん!母さん!」
「……あ」
「泣くなら離れてからにしてよ?」
ヒーローに肩を揺すられ、サリーは辺りを見回した。
完全に記憶と同化してしまっていた。
気付けば涙を流し、ヒーローに心配されている。
サリーは誤魔化すように人差し指で涙を拭った。
「あと、これ恥ずかしいんだけど……」
「えっ?」
サリーはいつもライゼにしていたように、コアラみたいに抱きついて離れない。
「ガッハ!」
この光景にガービィは懐かしさを感じて吹き出し、抱きつかれているのがライゼでない事に淋しさを覚える。
同時に、サリーに抱きつかれるほど大きくなったヒーローの成長を感じた。
色々な感情が駆け巡った。
ガービィはこれ以上ないくらいに眉をハの字にして、二人を抱きしめ、エイリアスも続き、アリーナには万雷の拍手がいつまでも鳴り響いていた。
「皆んな、ごめん。……負けてしまって」
控え室に戻ったヒーローが謝罪すると同時に、マサムネとパンチが覆い被さるように飛び掛かってきた。
「うわっ!何を──」
「すげぇじゃねぇかヒーロー!」
「パンチ……」
パンチが褒めているにも関わらず、ヒーローはばつが悪そうにしている。
「能なしはボク一人になっちゃったよ」
マサムネはわざと意地悪な言い方をした。
「マサムネ……嘘をついてたわけじゃ……!!」
「わかってるよ。ただ、言ってくれなかったのが寂しかったんだ」
「フン、やはり隠してやがったな」
セドは涙を悟られまいと背を向けて言ったが、頬に伝う一筋の涙の跡──。
ヒーローはそれに気付いてしまった。
「セド……」
セドと違っていつでもマリンは直球だ。
目にいっぱいの涙を溜めてヒーローへ抱きついた。
「──おかえり」
マリンは三年前のあの日から、やっとヒーローが帰って来たんだと感じていた。
ヒーローに不思議とマリンの想いが伝わってくる。
ずっと隠していた能力、そして自分の想い。
ようやく素直に、隠さず、本当の自分になれた。
「──ただいま」