第68話【決勝戦】
「ヒーローを囮にする」
皆が控え室で用意をする中、マサムネがぼそりと作戦を口にした。
この突然の作戦発表に、皆は手を止め、マサムネの方を見る。
前日ではなく、直前に作戦を伝える事は初めてだ。もっと早いタイミングで言いたかったのだろう。
気を遣ったのか、言い出せなかったのか──。
そう察したヒーローはこの気まずい沈黙を終わらせた。
「そんな顔をするなよ。俺は全然構わない」
マサムネは小さく頷き、マリンとセドに目をやった。本題はここからだろう。
「いいかい? バスカル学園のメンバーは【火】のヴェローチェ、【伸縮】のガルド、【リモキネシス】のダダ様だ」
「ダダ様?何でそいつだけ──」
セドの質問にマサムネは肩を竦める。
「わからない。なぜかダダ様と呼ばれてるらしいんだ」
「サイコキネシスなら聞いた事はあるが──」
「それも謎なんだ。全ての試合をヴェローチェが早々に終わらせてしまってデータがない。どんな能力なのか……。あ、伸縮に関しては去年のデータがあるよ?ほら」
マサムネが皆にガンを向けて映像を見せると、マリンは思わず声を出した。
「うぇっ……」
ガルドの手足が文字通り伸縮している。
生理的に受け付けないのか、マリンはずっと目を伏せている。
セドとマサムネは気にせず打ち合わせを続けた。
「ガルドは去年もメンバーだった。ちゃんと退路を限定して技を放っている。そこにこのヴェローチェの技だ」
映像では広範囲とは言えない、威力もさほど無さそうな火で相手を倒していくヴェローチェの姿。
「火か。オレの方がパワーがありそうだ」
「そう、セドは炎だからね。でもヴェローチェが凄いのはそこじゃない。まず気をつけてほしいのはディレイだ」
「ディレイ?」
「技を放った後の待機時間だよ。セドだって技を連続して打てないだろ?」
「そんなに大した時間じゃない」
「そうなんだけど、対人戦ではそれが重要なんだ。ヴェローチェは戦闘狂で有名だ。このディレイを熟知してる」
「つまり?」
「常に技を放って来ると考えてほしい。技が途切れない」
「なっ!?」
セドは驚いた。
(そんな事が可能なのか?大した時間じゃないとはいえ、長いもので30秒ほどはある。技の効果時間、範囲、ディレイ、全て計算して戦うなど尋常じゃない)
「最初の技から無限ループさ。だからこそヒーローが重要だ。身体能力は誰より高い」
マサムネはヒーローと目を合わす。
「頑張ってみるよ」
ヒーローがそう答えると、マサムネはまた申し訳なさそうにしていた。
「能力がないのにごめんよ、ヒーロー。でも最初にセドとマリンがやられるわけにはいかないんだ……」
「マサムネに任せる。皆んなで決めたろ?学生の大会なんだからもっと気を楽に──」
「これがナイトなら!?ボクは皆の命を預かってる……。そのつもりで一戦一戦やってきたんだ。自分の采配で皆んなを傷つけてしまうと思ったら……」
マサムネは明らかに気負っている。今にもプレッシャーに押し潰されそうだ。
会話を聞いていたパンチが、急にマサムネの方へズカズカと歩いて来て背中を思い切り叩いた。
「いった!!痛いよパンチ!」
「逆だろマサムネ。俺が好き勝手にやったらもっとやられてるぞ?お前の指示があったからここまで勝てたんだよ!」
「パンチ……」
マサムネは深刻な顔をした。
「なっ!少しはこっち側の実力も信用してくれよ」
「脚、曲がってない……?」
マサムネのこの言葉に、パンチはゆっくりと下を向いて恐る恐る脚を確認。
ズカズカ歩いて平気なわけがない。
またゆっくりとマサムネに向き直るも、ハの字になった眉毛、泣きそうな瞳、額には脂汗がびっしょりだ。
笑顔を作ってマサムネに「だ、大丈夫大丈夫……」と無理をしている。
マサムネの負担になりたくないのだろうか、全く大丈夫には見えない脚を引きずりながら、全く大丈夫に見えない笑顔のまま退室。
そのまま医務室へと向かった。
「き、気を取り直して説明するよ」
…………
………
……
マサムネたちは作戦会議を終え、いつもの階段ではなく、地下から移動して、アリーナ中央にあるせり上がり装置に乗っていた。
普段は北と南の装置からチャンピオンと挑戦者が登場してくるのだが、今は北にバスカル学園、南にアイランド学園の生徒が登場しようとしている。
HEROバトルの締め括りに相応しい登場だ。
ガービィもここから登場していたな、と思い出してヒーローはわくわくしていた。
アリーナの開場は朝からで、合間にイベントがあったものの、観客は今か今かと両チームの登場を待ちわびていた。
『ガタン』と装置の音がして段々と観客席が見えてくる。
闘技場は明るいが観客席は暗い為、ヒーローたちからはあまり見えなかったが、熱狂的な声援は伝わってチームに緊張が走った。
またアナウンスの声が聞こえないほどの緊張感。
到底慣れそうにもない。
バスカル学園と向かい合うとより一層、身体が強張る。
ヴェローチェは相変わらず自信満々な不敵な笑みを浮かべ、ガルドはハイライトの入った金髪を長髪にして、細身、顔はお世辞にも強そうには見えない。
一番見た目が不気味なのはダダ様かもしれない。
白髪で短い髪をポンパドールにして、顔は血色が悪いのかなぜか水色に見える。
大きな目なのに黒目がちで、不気味な瞳。
逆らってはいけないような……そんな雰囲気すらある。
セドはふと気になってヒーローの顔を見た。
その表情に緊張の色は見えない。
まるでヒーローは、ずっと──
ずっと欲しかったおもちゃを手にした、そんな子どものような表情をしていた。
「どうした?」
「い、いや……始まるぞ。作戦はわかってるな?」
セドは誤魔化してしまった。
(──何を?オレは何を誤魔化した?)
「ヒーロー!作戦通り頑張ろうね!」
マリンがヒーローの肩に手をかけると、アナウンスがゴングを告げる。
《さぁ!いよいよゴングです!》
観客もこの時ばかりは真剣な表情に戻る。
一瞬の静寂のはずが、今日の三人にはやけに長く感じる。
──カァアンッ!
とゴングがなると同時にマサムネから指示が飛び、セドたちは三人とも別方向へ散る。
マサムネが控え室で伝えた作戦は至ってシンプル。
まずヒーローがヴェローチェへと突っ込んで囮になると、パワーで上回っているであろうセドとマリンは残りの二人を各個撃破。
これだけである。
しかしその『これだけ』をさせてくれないからチャンピオンなのだ。
『──ファイアボール!──ファイア!──ファイアアロー!』
マサムネの言った通り、ヴェローチェの途切れない攻撃が続く。
「二本線!」
伸縮のガルドがセドに両腕を伸ばす。
足に向かって的確に両腕が伸びて来る。
セドは斜めに飛んで逃げながらも、ヴェローチェの技がこちらまで襲ってくる事に驚いた。
「くっ!ファイアボール!」
マサムネの指示が聞こえ、咄嗟に相殺するも攻撃が全く止まない。
まるで二人がかりで攻撃されているように感じていた。
マリンも同じ状況のようで、必死に攻撃を避けている。
『お、おい、あれ……』『ああ……』
観客たちがヒーローを見てどよめいた。
セドやマリンにも攻撃が分散しているとはいえ、ヴェローチェの猛攻を全て避け続けている。
セドでさえ全てかわす事は叶わず、多少の被弾でスーツの耐久値も80%を切っていたのに、だ。
『い、いいぞヒーロー!』『ライゼの遺伝子を見せてやれ!!』
ヴィゴの激励があったからか、元々の知名度からか、観客席全体から応援の声が聞こえ始めている。
「ジェット!」
セドはマサムネの指示した地点に行く為、着地をしない選択をした。
足から炎を出して推進力に変え、ガルドに向かって高速飛行を開始。
ガルドはなんとか身をよじって避けたが、それだけだ。
無防備な背後にセドのファイアボールが直撃。
『ビーッ』というロストの音がアリーナに響き、ガルドは退場。
セドはすぐマリンに向かって飛行を開始。
「リモキネシス!!」
ここでダダ様が両腕を地面につけて、今大会で初じめての技を放つ。
マリンは両腕で防御の構えをとり、少しだけ怯えた表情になった。
「…………?」
(何も起きない……?)
マリンは戸惑いながらも周囲を確認する。
この間もセドはヴェローチェからの攻撃を防いでくれている。
ガンの映像を見ている観客が何やら戸惑っているようだが──
(何も来ないなら……)
「アイスハンマーッ!!」
巨大。
マリンが放つ、とてつもなく巨大な氷のハンマーがダダ様の上空に現れ、まさにぺちゃんこ。当然ながらダダ様はロスト。
歓声が巻き起こり、マリンが安堵の表情を浮かべると、マサムネから指示が飛ぶ。
〈まだだ!面では駄目だ!離れながら縦一列、相手から点になるんだ!〉
ヴェローチェは感動に打ち震えていた。
(去年も、今年も、私に全力を出させた者はいなかった。驚くべきはこの目の前の一年生。玉砕覚悟で突っ込んで来ただけかと思ったら、かすり傷一つ負っていない。しかも相手チームは三人残っている)
ようやく全力で技を試せる時が来たのだ。
「クイック」
ヴェローチェはそう言って両手を斜め下に広げた。
次の瞬間──
「キャアッ!」
マリン、あっけなくロスト。
とてつもない猛攻、そして無詠唱。
今までよりもさらに早く繰り出される技にセドは焦っていた。
相殺しようにも速すぎる、指示を聞こうにも次の瞬間には状況が変わっている。
そして気付いた。
(ヒーロー……?)