第48話【戦場に咲く】
「兄さん──!?」
『ヴィゴと先生が……兄弟!?』
ヒーローの叫びに、生徒たちの驚きが連鎖した。トムは私生活について一切語らない教師だ。そんな彼に兄弟が──しかもヴィゴだったとは。
教室では見せない一面に、皆のテンションが一気に跳ね上がる。
「あれ? この前ヒーローの家で話さなかったか?」
『ヴィゴがヒーローの家に来たの!?』
あっという間に話題は兄弟の件からヒーローへと移り、生徒たちは羨望の眼差しで詰め寄る。
「ヴィゴ様、だろ。子どもたち」
ヴィゴは偉そうに人差し指で生徒の額を軽く押し、満足げに鼻を鳴らす。
「そんな事より兄さんっ!」
トムが慌ててヴィゴの肩を引いた。
──そう、そんな事よりも緊急事態だ。
すでにゴブリンとフェンリルの群れが、再び地鳴りとともに迫ってきている。
だが、ヴィゴの顔には緊張の色は薄い。まるで完全に忘れていたような……いや、慣れすぎて一瞬気を抜いたのかもしれない。
だが、群れ相手にヴィゴの広範囲攻撃は逆に危険だ。ここには守るべき子どもたちがいる。
「ダンナは!?」
「まだ謹慎中、居場所も不明。他のアリーナ選手は!?」
トムの問いに、ヴィゴが歯噛みする。
「西にいる! でも……フェンリル相手には……!」
アリーナ選手をかき集めて一体倒せるかどうか──そんなレベルの怪物が、群れをなしてこちらに来ている。
トムとヴィゴが覚悟を決め、生徒の前に出た──そのとき。
──ズガァン!!
空間が裂けるような衝撃音とともに、一人の人影が天から舞い降りた。
着地と同時に、二人の肩をぐいと掴み、強引に後ろへどかす。
「どいてろ」
その声に、ヴィゴとトムが一斉に目を見開いた。
人影は足を大きく広げ、右の拳を左手で支える。
光が拳に宿る──
「パワー……ショット!!」
雷鳴のごとき轟音。前方の地面がえぐれ、モンスターの群れが次々と吹き飛ぶ。蛇の姿に戻り、ドミノのように崩れ落ちていった。
だが──まだ終わらない。左右のサイドから別の群れが迫る。
「砂竜!」
東校舎の壁が砂となって舞い上がり、巨大な竜の姿をとる。咆哮一閃、残りのモンスターも砂に呑まれて消えた。
ガービィと──その隣には、エイリアスがいた。
「かっこいい登場だな、ダンナ! ウケそうだ、今度真似してみるかな」
「ガービィさん!」
ヴィゴとトムは、張り詰めていた表情を緩ませて声を上げた。だが、すぐさまガービィが命じる。
「ヴィゴ、トム! 北だ、走れ!」
「いや、俺様はエイリアスさんと……」
「いいから行けっ!」
「兄さん、行こう!」
「ちぇっ……任されたぜ」
渋々ながらも、ヴィゴは命令に従って駆け出した。
その背を見送った直後──
「ガービィ! エイリアス!」
ヒーローの声が、嬉しさを隠しきれず響く。
「か、かわいいわねヒーローは……」
「ヒーロー!」
次の瞬間、ガービィは笑顔を弾けさせ、そのままヒーローに駆け寄って抱きしめた。エイリアスも、そっとその頭を撫でる。
「他の子も無事か!?」
『はい!』
ガービィが空へ目を向けると、遥か西の空に──炸裂する光。
広範囲を一瞬で薙ぎ払う、巨大な衝撃波。ワイバーンの群れが、まるで紙切れのように吹き飛ばされていく。
あの威力。あの範囲。
もう一人の【パワーアップ】──心当たりは一人しかいなかった。
《ズルいですよ、先生だけヒーローのところに行くなんて》
ガンから届いたギースの拗ねたような声に、ガービィはふっと笑みをこぼす。
「ガッハ! 西はもう大丈夫だな!……で、南はどうなってる?」
《サリーさんと他のナンバーが! くっ、今からちょっとだけ忙しくなります! また後で!》
「ママが!?」
心配するヒーローの横で、ガービィはまったく慌てた様子を見せなかった。
「サリーはそんなにやわじゃねぇ。それに、俺をコピーしてるんだ、大丈夫」
そう言って笑ったガービィの目に、揺らぎはなかった。
「しかしギースもついてないな、ナンバー発表の日にこれとは」
《聞こえてますよ! むしろ近くにいてラッキーだったでしょう! ……ぐっ!?》
「忙しいんだろ!?」
《ちょっとだけ!》
「盗み聞きしてないで集中しろ! ……まったく」
口では呆れつつも、ガービィの声はどこか楽しげだった。束の間、教師と生徒に戻ったようなやり取り──
ヒーローはその様子を微笑みながら見つめていた。
「ヒーロー、こっちにいらっしゃい」
エイリアスが優しく声をかけ、乱れた襟元を整えてやる。その手つきには、変わらぬ面倒見のよさが滲んでいた。
「ありがとう」
「……能力もないのに、よく飛び出したわね」
感心するように呟いたエイリアスへ、ヒーローはそっと顔を横に向ける。
「マリンが危なかったから……」
その言葉に、マリンはエイリアスへ小さくペコリと頭を下げた。
「あら、かわいい……。子どもの頃のサリーにそっくりじゃない? ねえ、ヒーローの彼女?」
「友達だよ!」
「彼女です!」
二人の声が重なった。
《ど、どんな娘なんですか!? 先生ッ──ぐはっ!》
「ギース……集中しろ。やられるぞ」
ガービィは片手で額を押さえながら、もはや諦めたようにため息をついた。
「私も、あんな可愛い子が欲しいなぁ……」
呟いたエイリアスは、ちらりと意味ありげにガービィへ目を向ける。
だが──
「エイリアスはモテるだろ? 今やアリーナのオーナーで──」
──バチン!
鋭い音とともに、彼の肩に平手が飛ぶ。
「久しぶりに会ったと思ったら、H.E.R.O.管理局に邪魔されるし! いつまでも妹扱いだし!」
「お、おい、子どもの前で……!」
けれどマリンはというと、むしろ嬉しそうに頬を緩ませ、いたずらっぽくその様子を見守っていた。
気まずさすら、彼女にとってはごちそうだったらしい。
南側では、サリーが空を駆けていた。その腕はガービィと同じ構えを取り、飛翔するワイバーンを真上から見据えている。
「──パワーショット!」
拳から炸裂した一撃が、風を裂いてワイバーン数体を撃ち落とす。だが、安堵の隙を突くように、別の個体が背後からブレスを吐いた。
咄嗟に振り向き、再び構えを取ろうとするサリー。
その瞬間──
「フレア!」
地上から飛来した無数の光が空を切り裂き、立て続けに爆発を起こす。
次々とワイバーンが光の槍に貫かれ、空から火の玉となって落ちていった。
「この技……!」
サリーの視線の先、爆煙の中に立つひとりの女性がいた。
茶色の巻き髪に濃いアイライン、ドレス姿のまま佇むその人物──
No.4、爆弾の使い手【サンディス】。かつて共に戦場を駆け抜けた、戦友だった。
「サンディス!?」
彼女もギースと同様、ナンバー発表の式典会場から学園へと緊急招集された。
サリーは滑るように地に降り立ち、その名を嬉しそうに叫びながら駆け寄った。爆発と咆哮が飛び交う戦場で、二人はまるで同窓会のように談笑を始める。
「久しぶりね、サリー。……まだまだ現役でやれる顔してるわね」
「フフッ、そっちこそ相変わらずのパワーね!」
「見てよ、このドレス! ナンバー発表だから気合い入れて選んだのに……もう、台無し。はぁ……バトルモードに切り替えようかな」
サンディスは肩をすくめると、再び空へと意識を向けた。彼女の爆弾が空を裂き、ワイバーンの群れを粉砕する。爆風が続けざまに周囲を揺らす。
地上のサリーと、空のサンディス。かつての戦友が、戦場で見事に呼吸を合わせていた。
「そんなことない! すっごく似合ってる、キラキラしてるよ!」
サリーの声には、心からの敬意がにじんでいた。夢を叶え、ナンバーとしてこの場に立つサンディスの姿は、彼女の目にまばゆく映っている。
ふたりは、まるで戦いそのものを楽しむかのように笑い合い、息を合わせて敵を蹴散らしていく。
他のN.A.S.H.たちも奮闘してはいたが、彼女たちの連携は別格だった。
桁違いの強さと華やかさを併せ持つ、圧倒的な光景──。
「ちょっと、能力借りるね!」
サリーは軽く声をかけ、サンディスの力をコピーした。すぐさま地を蹴り、真上へと跳躍。
「ええっと……!」
高度を上げながら、サリーはワイバーンの群れの中央へと突っ込んでいく。足先で一体を蹴り上げ、群れの隙間を抜けるようにしてさらに上空へ。
そして──眼下の群れを見下ろすと、手をかざして叫ぶ。
「砂竜!」
地上がざわめき立つ。
『うわっ!』
N.A.S.H.たちや生徒たちの間から、砂がうねりを上げて空へと昇る。
やがてそれは、巨大な龍の姿となり、ワイバーンの群れに襲いかかった。
群れを呑み込むように巻きつく砂の龍。咆哮とともに空が震え、ワイバーンたちは羽をばたつかせて抗うが──砂はどこまでも絡みつき、締めつけ、逃がさない。
『ギャアアアアアッ!』
空に響く絶叫。その声に、サリーの表情がわずかに険しくなる。
「──っ、フレアッ!」
咄嗟に放った光弾が、砂の束縛の中へ連続して突き刺さる。爆発、爆発、さらに爆発。
空中に火の花が咲き乱れ、燃え盛る群れがひとつの塊となる。
「パワーショットォオ!!」
サリーの拳が閃き、最後の一撃が炎ごと群れを地へと叩きつけた。着弾の衝撃が地面を震わせ、燃えた羽根が空に舞い上がる。
戦場が静まり返った。
サンディスはその光景を見上げ、少しだけ目を細めた。
「能力を交互に!? ……また、サリーを見上げる日が来るなんて──」
嫉妬と誇らしさがないまぜになった声音だった。彼女の胸にあるのは、戦友としての誇りと──ほんの少しの寂しさ。
サリーが地に着地すると、サンディスがそっと声をかけた。
「ねえ、戻ってきたら?」
だが、サリーは微笑みながら首を振る。
「フフッ、ママをやるのに忙しいから」
その一言に、サンディスは目を伏せて微笑んだ。
悔しさも、羨ましさも、全部ひとつに溶けていくような笑顔だった。
「──いいことね」
──
一方、H.E.R.O.管理局では、混乱の波がさらに激しさを増していた。
フィッチは背広を脱ぎ捨て、シャツの袖を肘までまくり、滲む汗も構わず指示を飛ばしていた。
『N.A.S.H.たちの奮闘により、モンスターは各地で減少!しかし──』
「口頭でなく、即座に画面に表示して!」
怒声混じりの言葉に、周囲の職員が肩をすくめる。このフィッチが声を荒らげるなど、前代未聞だった。
そして──
モニターに浮かび上がった数値に、オペレーターたちの顔が引きつる。
『現場のN.A.S.H.達に、数値を共有しますか?』
その問いに、フィッチは無言で画面を見つめ、深く息を吸った。
「……ライゼさんの釈放を申請します」
『な、なんですって!?』
「E.L.F.に連絡を。釈放許可を申請してください」
職員が即座に端末を操作するが──その顔が曇った。
『申請は却下されました! 政策実行機械の判断です……』
その言葉に、フィッチは苛立ちを隠せず立ち上がった。
「この期に及んで機械の判断を待てというのか……。高速ドローンでE.L.F.までの所要時間は?」
『約二十七分です。ただし、機械の承認が──』
フィッチは背広に袖を通しながら、次々と指示を飛ばしていく。
「構わない。私が直接行く。指揮は君に任せた。今すぐ全職員を臨戦態勢に」
「現場との通信は、ガンのホログラム機能でN.A.S.H.の眼前10〜30cmに立体投影」
「敵の動向はレーダー、ドローンカメラ、監視塔、あらゆる情報源を照合し、即時で更新を」
「指揮系統に乱れが出た場合は、責任を持って上から順に判断を引き継げ。絶対に止めるな──頼んだぞ」
『はいっ!』
慌ただしく羽織った背広の裾が翻る。
その背中を、誰もが息を呑んで見送った。
──
学園では、集められたN.A.S.H.たちの間に、ざわめきが広がっていた。
──異常なパワー値が表示されたのだ。
『……おい、見間違いじゃないのか?』
『冗談だろ……この数値……』
壁のモニターには、敵性個体の接近情報がリアルタイムで表示されている。その中の一つの数値が、明らかに常識を超えていた。
そこに、オペレーターの静かな声が届く。
《数値は正確です。敵群は、あと二分で接触します》
『接触!? ちょっと待て、それって……』
『パワー3万の群れだぞ!?』
『……まさか、これ……』
震える声が一人、画面を指差す。
一瞬、全員の息が止まった。
それは到底太刀打ちできない、災厄そのものだった。
『パワー……8万だと……ッ!?』




