第47話【学園の危機】
「ママ。……ママ?」
何か考え事をしていたのか、サリーはヒーローに何度も呼ばれるまで反応しなかった。
朝の支度を終え、あとは扉を開けるだけ。
ヒーローはそのまま行ってもよかったが、この日はなぜだかちゃんと見送って欲しかった。
「あ、ごめんね。ぼーっとしちゃって。はい、これで全部?」
「うん、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
サリーはいつも通りヒーローを学園に送り出し、テレビをつけた。
《やはり一HEROなんかに権力を与えるからあんな事が──》
《マザーですよ!?マザーは破壊されたんじゃなかったんですか!?》
《HEROがマザーと繋がっている。えー、これについて管理してる情報局の責任は──》
あれから年が明け、季節が変わっていた。が、どこのメディアも未だライゼの事を騒ぎ立てていた。
ネットでもトップニュース扱いで、動画配信で収益を得ている人々も、メディアと同じく好き勝手に囃し立てている。
ヒーローは中等部に進学。13才になった──。
マサムネやパンチ、マリンらは相変わらずヒーローと仲が良い。
ヒーロー達は引き続きトムが受け持ち、授業を行っていた。
「学科は相変わらずマサムネが一位ですか。皆さんもマサムネに負けないよう──」
『──何だ!?』
いきなり学園内に爆発音が響き、教室内はすぐに混乱状態となった。
「何っ!?何なの!?」
マリンも例外ではなく、すぐにマサムネとパンチが落ち着かせる。
「マリン、落ち着いて!先生!指示を!」
「ほら!マリンちゃん!俺の、むっ、胸を貸してあげ──」
「ヒーローッ!!」
マリンはヒーローに抱きつき、パンチは嫉妬でヒーローを睨んでいる。
「マリン、落ち着いて。俺たちはHEROになるんだ。こんな時こそ出番じゃないか?」
ヒーローが声をかけるとマリンは内心ほくそ笑む。
"ふり"だ……。
ただ抱きつきたいが為に混乱したふりをしていたのだ。三人は見事に騙されていた。
「……そうね!ヒーローがそう言うと頑張れそう!」
教室中が騒然となり、さらにパニックになるような放送が流れてくる。
《多数のモンスターが学園に向かって来ています。学園の皆さん、演習場に避難してください。日々の訓練を思い出し、落ち着いて行動して下さい。繰り返します──》
トムはすぐにスーツ姿からバトルモードへとHEROスーツを切り替えた。
「皆さん聞きましたか!?私について来なさい!」
同時刻、情報局も同じく混乱していた。
前方に沢山のモニターが並び、職員たちはそれらに映る様々な情報を精査するのだが、今回ばかりは右往左往している。
『何で学園だけに向かってるんだ!?』
『このままだと二十分後にはモンスターで囲まれます!』
『周囲のHEROは!?』
『ガンの通信が遮断されてます!!明らかに妨害を受けてます!』
フィッチが厳しい表情で一瞬の思考を終え、口を開く。
「何故学園かはこの際関係ありません」
「非常回線で各HEROに連絡、HERO以外にも協力者を募って下さい」
「オペレーターは無償で援護を」
「HEROとモンスターの位置を随時確認」
「必要な戦力を残し、こちらからも部隊を派遣」
「ドローンから逐一モンスターのパワーを計測、口頭ではなく画面での目視ができるようガンに送信」
「便乗した犯罪への対処としてドローンを追加」
「救急の手配、周辺住民の避難は各所と連携して下さい」
各職員へ淡々と、そして矢継ぎ早に指示を出すフィッチ。
これに戸惑う事なく、職員たちは慣れた様子で返事をした。
『はい!』
「ガンの妨害、これは世界への反逆です。この罪は重い。今やれる事を全力でやりましょう。それが我々の反撃です。」
『はい!』
学園では初等部から避難を開始していた。既にモンスターが学園内に侵入を始め、教師たちが中庭で応戦していた。
『きゃああ!』
「エアカッター!!」
間一髪、トムがスライムから初等部の女の子を助ける。
トムの能力は【風】。
同じような能力のヴィゴほど出力はないが、技の開発にかけてトムの右に出る者はいない。
「さぁ、こちらへ」
(おかしい……。なぜここへきてスライムなど?まさか増殖個体まで外に?)
「──っ!!」
トムは子どもの前であっても驚きを隠せなかった。
自身の研修で見たワイバーンだ。
空にはワイバーンが群れをなして飛んでいた。
それだけではない。地上には白く巨大な狼のような、幻獣フェンリル。
4~5mはあるだろうか。
それが群れをなしているのだから、とんでもない威圧感だ。
教師たちだけでは勝てる相手ではない。
ガービィがここにいてくれたら──。
トムの額からは冷や汗が出ていた。
群れの中からフェンリルがものすごいスピードで駆けて来た。
トムが両手を広げ、交差する。
「カマイタチ!!」
風を切る音が三回。
風の刃がフェンリルの足に向かい、前のめりに転んだ。が、すぐに体制を立て直すフェンリル。
時間稼ぎにもならない。
「くっ!」
「ファイアウォール!!」
トムが焦っていると、セドがファイアウォールで応戦。
「セド!!助かりましたよ!さすが中等部のお兄さんですねぇ──」
「まだだ先生!足止めにも──」
なってない。そう言う間もなくフェンリルは一瞬で後方へ移動し、中等部の列へ突っ込む。
マリンは狙われ、技を打とうとしたがあまりの威圧感に震えて打てない。
「あ…あ……」
マリンを守ろうとヒーローが列から出ていくも、フェンリルの動きは速く、爪が襲いかかる。
「きゃあああ!!」
マリンがもう駄目かと目を閉じ、悲鳴をあげたその時──
「トルネードアッパーッ!!」
強烈な風切り音がしてフェンリルが巻き上げられて上空へ飛ばされる。
たったの一発でフェンリルはヘビに戻った。
「これ、金になるんだよな?」
ヴィゴが颯爽と現れ、無力化したヘビを拾い、親指と人差し指で汚い物を触るように持っていた。
「ヴィゴ!!」
ヒーローが嬉しそうにヴィゴの名前を叫ぶ。
『ヴィゴだ!』『チャンピオンだ!助かった!』『つ、強い……』
周囲の生徒もヴィゴの登場に色めき立っていた。
ヴィゴは学園にヒーローがいる事を気に掛け、情報局の応援要請に応えてやってきたのだ。
ヴィゴもヒーローに気付き、すぐに駆け寄る。
「ヒーローか!!会えるとは思ってたが、一発目とはな。さすがのヴィゴ様だぜ」
「ヴィゴはやっぱり強かったんだね!!」
「俺様は弱くねえ!あの二人が異常なだけだ!!」
「あ、あの!ありがとうございます!」
ヴィゴは礼を言うマリンの後方に目をやり、もう一つ技を放つ。
「「エアカッター!!」」
迫ってくるもう一体のフェンリルに同じ技を放つトムとヴィゴ。
すぐにフェンリルは切り刻まれ、二人は驚いたように目を合わす。
「──兄さん!?」
「トムか!?」
「今のモンスターでパワーは!?」
「12000くらい!!」
「それがあの数か……」
トム先生とアリーナチャンピオンのヴィゴが兄弟!?
思わぬ情報にヒーローを含む生徒全員が騒がしくなる。
セドは一人だけ冷静に周囲を警戒し、列の最後尾を守りに走って行った。