第44話【幸せな日常】
アリーナの出来事から一夜明け、学園内は昨夜の話題で持ちきりだった。
『あれちょっとだけ感動しちゃった』
『最後のバトルなんかやらせみたいだったじゃない』
『凄かったよなぁ』
『そうか?』
学園内の反応も様々だ。
『おいあれ』
『へっ』
『ヒーローたん、昨日はパパが凄かったな!』
中等部の年上がヒーローの姿を見つけ、昨日のライゼの言葉を使い、嫌味たっぷりにからかう。
「うん!世界一のパパなんだ!」
ヒーローは怒らない、飾らない。
素直に自分の思う事を口に出した。
この上まだ嫌味を言おうものなら、さらに自分の幼稚さを周囲に晒してしまう。
『お、おう、よかったな……』
中等部の生徒は自らの嫌味で始まったやりとりに、下策ではあるがそう言って返答するのが一番惨めにならない答えだと考えた。
ヒーローはまた少しだけ成長し、強くなった。
教室でも昨夜の熱気が冷めやらぬ同級生たちがヒーローを取り囲む。
『ヒーローのパパすげぇじゃん!ヴィゴを一発だったな!』『見たぞ!なんだよあの席!!今度連れてってよ!』『あの後どうなったんだよ!?』
教室室内での反応を見て、ヒーローは微笑みながらパパを誇らしく思っていた。
熱気が収まり皆が各々で話すようになった頃、マリンがようやくヒーローに話しかける。
「大丈夫?」
「うん!!」
(ま、眩しい……!!)
マリンがヒーローの事を尊く感じてる間に、マサムネ、パンチもようやくといった様子で会話に加わった。
「ヒーローの母ちゃんはすっごい美人だな!うちの母ちゃんはちょっとゴツいから羨ましいぜ!」
「そうかなぁ」
「そうだ!うちの母ちゃんもHEROなんだ!」
「パンチのママかぁ。パワーが凄そうだ、ハハッ」
パンチは本当に羨ましそうに話す。マサムネは昨日の出来事が気になるようで、詳細を知りたがっていた。
「昨日のヒーローのパパってビンタしただけ?能力は本当に使ってないの!?」
「うん、昨日皆んなとそうやって話してたよ。パパが能力使って攻撃するとアリーナがなくなるからって」
「え……アリーナが!?見てみたいなぁ、そんなパワー」
セドはそんな楽しげなヒーローたちの様子を遠くから眺めていた。
一方、アリーナでは朝からヴィゴへの挑戦者が殺到。
あまりの圧倒的な試合に、自分でも勝てるんじゃないかと錯覚した挑戦者たちが押し寄せていたが、ヴィゴはこれを一蹴。
さすがのチャンピオンであった。
ヒーローが帰宅すると、家では久しぶりに皆が集まり、昨日の打ち上げが行われていた。
大きなテーブルに並べられたライゼによる手の込んだ料理。
様々な種類のお酒、デキャンタにアイスペールと、今夜は長くなりそうな予感がした。
ライゼの料理や、リビングから見える夜景を肴に、大人たちはお酒を飲みながら雑談をしている。
ヒーローはこの雑談が嫌いではなかった。
大人の話はわからない事も、時に退屈な時間もあるが、なぜか耳心地がよかったからだ。
「まず!ガービィ、反省しろ!!」
「ッス……」
ライゼに叱られ、落ち込む素振りを見せるガービィ。
「いいか、俺はもうこの中の誰も失いたくない。皆んなも約束してくれ、勝手な真似はしないと」
エイリアスも続く。
「私も同じ気持ちよ。昨日は運がよかっただけ……。ヴィゴに負けるとは思ってなかったけど、裏であんな事が起きてたわけだから。私も反省する、だからもっと皆んなで連携をとりましょう」
エイリアスの話しにすぐさまヴィゴが反応した。
「エイリアスさんは悪くない!このヴィゴ様が会長役の裏にいる奴らに気づいていれば!!……ん?」
ガタガタガタガタガタガタ……
とテーブルが小刻みに震え、ヴィゴの視線の先には怒りを抑えるガービィが──。
「なぜお前がこの家にいる……!?」
「もういいじゃねーかダンナ。このヴィゴ様の名声に傷がついて大変だったんだ。痛み分けってことで」
「お前との勝敗はついてないぞ!!」
「ダンナとライゼさんのバケモノみたいな強さはもうわかったって。どうにか拳を下ろしてくれよ?」
チャンピオンとしてのプライドは一旦置き、素直に負けを認めるヴィゴだった。
ヴィゴなりに謝ろうとしているのだろう。
さすがにもう揉め事はたくさんだと、二人の会話にライゼも加わる。
「俺が呼んだんだ。事情を知らないままじゃ可哀想だろ」
「でもっスよ!……んん?事情を知らない?あの映像は──」
「ダンナにやられすぎて途中から意識がなかったんだよ!後で見て……このヴィゴ様にも多少の落ち度があったと気づいたよ」
ヒーローが見かねて割って入ったのだが──。
「もういいじゃんガービィ!!」
手にはヴィゴがあげたバトルアリーナのレアカードを持っている。明らかな買収だ。
「っ!!くっ……ヒーローまで買収しやがって、この……!」
「フフン。アリーナのファンだって言うからあげたんだ」
ギースはヴィゴを叱責しようと考えていた。
メカリが治療をしたのに礼もないのは義理を欠く。
ましてライゼさんや先生にこんな口の利き方をするなど到底我慢できない、と。
そんな思いで喋るものだから口調も必然的に荒くなってしまう。
「治療したメカリにも礼を言ったらどうだ」
「おっと、これはこれはNo.3。礼なら治療の時にもちゃんと言ったさ、なぁメカリちゃん」
ヴィゴは手振りを交えてメカリに話しを振るが、当のメカリはサリーとの話しに夢中で全く聞いていない。
見向きもされないヴィゴは鋼のメンタルで話を続けた。
「な?」
「な?じゃない。先生に対して何だその態度は」
「先生?……あ!そういえばダンナは学園にいたな。うちの弟が──」
「先生をダンナと呼ぶんじゃない!」
エイリアスはこの喧騒を無視し、サリーと昔を懐かしんでいた。
そこへメカリも加わると、話はやがてガービィとギースの愚痴へ。
「ありえないですよね!?何の説明もなくアイランドシティに連れてこられて!」
「わかるわ、ガイザ…ガービィも同じよ。こっちの事なんて……」
酔っぱらっているのか本人たちが目の前にいるのに愚痴が止まらない。
サリーはそれとなく注意を促した。
「ふっ、二人とも飲み過ぎじゃない??」
メカリとエイリアスがサリーを睨んで同時に言う。
「サリーさんにはわからないですよ!」「あなたにはわからない問題よ!!」
女性陣も大変ではあるが、ライゼもようやくギースとガービィをなだめる事に成功。
場が落ち着いたと見るや、ヴィゴはライゼに質問する。
「ライゼさんよ。このヴィゴ様が受けた技はなんて技なんだ?速すぎて近づいた事すらわからなかったぜ」
ライゼではなく、なぜかガービィが自慢気に答えた。
「ガッハ!技なんかじゃねぇ。能力も発動してねぇ。ライゼさんはただ近づいてビンタしただけだ!」
「そんなわけ……。ダンナに聞いてねぇよ……」
(さてはダンナ酔ってやがるな?じゃなきゃこんな笑えねぇ冗談なんか……)
ヴィゴは相手にするのをやめ、ライゼの料理に舌鼓を打つ。
「聞けよ!俺もお前も頬が腫れてるだろ?あれがライゼさんの……ライゼさん………の…ライゼさん!!」
ガービィは思い出した。あの理不尽なビンタを。ライゼはデキャンタに水がない事を理由に、逃げるように席を立とうとしたが──。
「まだ終わってねぇっスよ!昔っから俺の頬を腫らして!なんの意味があるんスか!?」
「腫らす事に意味があるんだ!」
「っ!!」
逆切れだ、こんなにたちの悪い事はない。ライゼの時々やる意地悪にガービィはいつも困らされている。
「ハハハハハッ!」
ヒーローが笑った。
こんな瞬間が大好きだった。
皆がいて、皆が笑顔で、皆がお互いを思いやっている。
まさに家族だった。
ガービィが少し寂しそうに、期待を込めてギースに聞いた。
「ギースは戻って来ないのか?向こうの再出現したホールも落ち着いたんだろ?」
やはりギースには戻って来てほしい。
「ええ、ギルドからの情報だと、このまま行けばヘビは街に出現しない、と。尚且つHEROからのヘビの供給で、エネルギーを賄えるとデータで示していました」
「政府もヘビをたんまり貯めてるだろうしな。夢を叶えたみたいなもんだな」
「まだですよ、バスカルもあと何年かはかかるそうですし──」
話の途中でチラッとヒーローを見る。
「その後は教師でもと思ってますよ」
(この子を守る。その目標に変わりはない。先生やライゼさんが示してくれたように、ヒーローを間違った道へ行かせない為には……教師が一番だ)
「ガッハ!!その時は俺が学園に話をつけてやるよ」
「ありがとうございます」
(あなたに憧れたからでもあるんだ。
照れくさすぎてとても言えないな……)
研修の時と同じく、ガービィには伝えられなかった。