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第34話【ライゼVSガイザビィズ】

 ガイザビィズは、無骨な鉄扉を押し開けてリーガジムへ足を踏み入れた。


 このジムはただのトレーニング施設ではない。興行のプロモーション、マッチメイク、スポンサー交渉までも取り仕切る、リーガ興行の心臓部だった。


「コーエン会長、いるか!」


 事務室の扉が勢いよく開き、中から丸眼鏡の男が顔を出す。


「おお、チャンピオン!よく来たな」


「悪い、今日のバトル──キャンセルだ。処理を頼む」


「……なっ!? せ、先方にはどう説明を……!?」


「好きにしろ。スマンな」


 その言い方に、会長は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。


 “それだけで済ませるつもりか”──だが、言えない。


 リーガの興行は、この男で持っている。機嫌を損ねれば、すべてが瓦解する。無理もない。そう思わせるだけの力を、この男は持っていた。


「──なんじゃ、今日はキャンセルかい」


 静まり返ったジムに、ぽつりと残念そうな声が響く。声の主は、腰の曲がった小柄な老人だった。ガイザビィズはその顔を見て、思わず笑みをこぼす。


「お、バラックのじいさんじゃねぇか」


「じ……じいさんとは失敬な! わしはまだ百六十じゃ!」


「十分すぎるくらい、ジジイだろうが……。なんだってジムなんかに?」


「相変わらず口が悪いのう……。コーエン会長にちと用があってな。チャンプにも会えたし、そろそろ帰ろうかの」


「なんだ、もっとゆっくりしてけよ」


「今日は片付けがあるんじゃ。おまえさんが用意してくれた街だからな。生きとるうちに、少しでも綺麗にしておきたいんじゃよ」


 そう言って、老人は手をひらひらと振り、ゆっくりとジムの出口へと歩き出す。


 ガイザビィズはその小さな背中に、声を張り上げた。


「二百まで生きなきゃ片付かねぇくらい、もっとデカい街にしてやるからな! ガッハハ!」


 その大きな笑い声がジムに響き渡る。


 それを聞いて振り返った一人の女性──

 その笑顔の主が、まぎれもなくガイザビィズであることに気付いて、ふと目を細めた。


「──ああっ、私のチャンピオン!」


 甲高い声と共に、赤いドレスがソファから立ち上がった。


 アイリス。リーガ・バトルアリーナの興行責任者にして、誰よりガイザビィズに入れ込んでいる女性だ。


「アイリスか」


「今日のマッチメイク、あなたに相談があって来たのよ。でもまさか本人がキャンセルだなんて……」


「悪いな。予定変更だ。こっちに来い」


「また? 本当にもう……今日は何なのよ?」


「──見せたいものがある」




 そして、二人が向かった先。




 ━━ リーガ・バトルアリーナ ━━


 観覧席を見下ろす特別ブースで、アイリスは目を疑った。アリーナ中央。照明の中心に──あの男が立っている。


「なっ……!?」


 アイリスは信じられないものを見たようにガイザビィズを睨みつけた。


 無観客の闘技場に立っているのは──No.1N.A.S.H.(ナッシュ)、ライゼ。


「あれ……あれってライゼじゃない!?」


 思わず指を差す彼女に、ガイザビィズは足を止めもせず「そうだ」と一言だけ返し、無言で階段を下っていく。


「観客も、報道も入れずに!? 何考えてるのよ、超ビッグマッチになるのに……! No.1とチャンピオンの対戦なんて──」


「イリオスが、今日見つけてきた」


 淡々と告げて、ガイザビィズはそのままアリーナ中央へと向かった。


 アイリスは憤然と振り返り、弟に詰め寄る。


「イリオス!!」


「な、なんだよ」


 ばつが悪そうに笑うイリオス。姉の怒りに対して、目線すら合わせようとしない。


「今がどれだけ大事な時期か、わかってるの!? ガイザビィズの一戦にどれだけの利権がかかってるか……!」


「いや、でもさ、アニキの頼みなんだよ。仕方ないだろ? 姉さんもたまには休んで、肩の力抜いて……ね?」


 胡散臭い笑顔で、イリオスは肩をすくめつつアイリスの肩をポン、と軽く叩いた。


「こんな休み、誰が欲しいのよ……ったく。何よこれ」


 アイリスの視線が、観客席の隅に脱ぎ捨てられたミツバチの着ぐるみに止まる。どう見ても場違いだった。


「……あんた、まさか」


「こ、これはライゼさんが着てたんだよ」


「……笑えない冗談やめて」


 本気にするはずがないというように、アイリスは呆れてため息をついた。


 視線を逸らした先に、サリーが控えていた。幼さの残る顔に、不安と緊張を浮かべている。


「この子は?」


「ああ、サリーだよ。ライゼさんと仲良しなんだ。ほら、バラックの──」


「……ああ」


 イリオスの言葉を途中で遮り、アイリスは手をひらひらと振って理解を示す。そしてサリーに目を向け、小さく微笑んだ。


 サリーは深々とお辞儀を返す。その姿に、アイリスの表情も少しだけ和らいだ。


「ゆっくりしていってね、サリー」


「はい!」


 優しい声でそう言ったアイリスに、サリーは素直な笑顔で頭を下げた。


 本来なら微笑ましい光景のはずだった──が。


 その横でイリオスは小声でつぶやく。


「……外面そとづらだけはいいんだから」


 思わず本音が漏れたのを、アイリスの耳が逃すはずもなかった。


「今、何か言った?」


「いえいえ!何も!……ほら、始まっちゃうよ!」


「えっ!? こんなすぐに!?」




 ガイザビィズが首をゴキリと鳴らす。視線は、笑みを浮かべたままのライゼを真っ直ぐに捉えていた。


「俺様は手加減なんかできん。……準備はいいか?」


「ああ、いつでも」


 ライゼは肩の力の抜けた柔らかな立ち姿で、それでいてどこか楽しげだった。その様子に、ガイザビィズの怒りがさらに募る。


「やっぱ、なめてやがんな……!」


 言いざま、彼の身体を覆う三重の能力が一気に発動される。


「【パワーアップ】、【パワーアーマー】……──【ラビッツ・フット】!!」


「っ……!!」


 観客席のアイリスがはっと息を呑み、隣のイリオスに詰め寄った。


「ちょっと、ラビッツ・フットまで!? 本気じゃないの!?」


「まあ、そりゃそうだろ……」


「止めなさい!いくらなんでも、N.A.S.H.(ナッシュ)のNo.1が倒されたなんてことになったら、政府が黙って──」


「無理だって。あのアニキを止めるなんてさ……」


 イリオスの口ぶりは軽かったが、目は真剣だった。闘技場に立つガービィの背中を、ほんの少し不安そうに見つめていた。


「くっ……どうして、こんなことに……」


【ラビッツ・フット】──脚部の全強化。それ自体は単純な能力だが、【パワーアップ】との相性が抜群で、ガイザビィズの真骨頂はここからだった。


 脚の加速力は圧倒的で、蹴り上げによって拳の一撃ですら威力が跳ね上がる。最大加速時のパワーショットともなれば、従来の四倍もの破壊力を誇った。


 さらに──


「速っ! さすがアニキ!!」 「どこいったの!?」


 地を蹴ったその瞬間、視界から姿が消える。


 観客席のイリオスたちは、ほんの一瞬の移動で彼の姿を見失った。音すら残さぬ速さ。空気だけが、爆ぜるように揺れていた。


「パワー……」


 動きながら力を溜めていく。超加速の中で狙いを定めるのは、まさに神業。


 それでも──ライゼは一歩たりとも動かない。


 そして、ライゼの真後ろに出現した瞬間──


「ショットォオ!!!」


 叫びと共に、広範囲を巻き込む超打撃が炸裂した。アリーナ全体が軋み、観客席までもが揺れるほどの衝撃。


 だが──


「──なっ……!?」


 ガイザビィズの拳は──掴まれていた。


 それも、正面から、易々と。


「すごいパワーだ、ガービィ」


 ライゼの声音は静かだった。だがその直後──


 ズドンッ!!


 凄まじい音と共に、拳がガイザビィズの顔面に炸裂した。アリーナの床が陥没し、砂塵が吹き上がる。


 気を失う前、彼はただひとつの感情を抱いていた。


(──手加減、しやがった……!)


 意識が途切れる。崩れ落ちるその身体を、ライゼはそっと支えていた。


「兄ちゃん!すっ、すごい!すごいよ!ガイザビィズって無敗のチャンピオンなんだよ!? 本当に勝っちゃった!」


 サリーが興奮気味に声を弾ませる。


「ハハハッ、そうだろ、そうだろ。兄ちゃんは、強いんだ」


 誇らしげに笑うライゼ。対照的に、イリオスとアイリスはただ呆然としていた。


「何だよ、今の……。冗談だろ……」


「あの男の能力って、雷だったはずよ? いま、何をしたの……?」


「ただ、殴ったようにしか見えなかったけど……」


「そんなわけない……。うちのチャンピオンが……無敗の……」




 ──そして数分後。


 ガイザビィズの体が突然、ビクリと震えた。


「──ガハッ!」


 上体を勢いよく起こし、荒く息をつく。頬に残る痛み。掴まれた拳の感触。それは──まるで巨岩に殴りつけたような感覚だった。


「……クソッ」


 唸りながら、歯を食いしばる。敗北の実感。それ以上に、自分の最強の攻撃をあっさり掴まれたという現実が、彼の精神を激しく揺さぶっていた。


「気がついたか。……随分、回復が早いな。パワーアップの影響か?」


 ライゼの声は穏やかだった。


「…………」


「大丈夫か?」


「……あんた、何をした?」


「強く殴った」


「ふざけるな……! わかってるんだよ、手加減されてたのは! あんたに能力すら使わせられなかったってことかよ!?」


 苛立ちが爆発する。ライゼの気遣いが、逆にプライドを抉る。


「ちょっと違うな」


「違う? どう違うってんだ!」


 ライゼは静かに応じた。


「俺の能力は“雷”。そして、ナノマシンとの相性が──桁違いにいい」


「……は?」


「本来人間の微弱な電気をナノマシンに供給、融合して動く。だから筋力があがれば、当然パワーも上がる」


「……それが?」


「だが、俺は──雷そのものだ」


 ライゼは指先から放電して見せる。


「人間の微弱な電気とはわけが違う。俺は、ナノマシンに直接電気を供給、融合できるんだ。この相性を超える能力は、たぶんこの世に存在しない」


「でも雷なら、うちのバラック村にもいたぜ?」


「──“放つ”のと、“なる”のは別物だ」


 言葉の続きは要らない。ガイザビィズがまだ疑わしげに眉をひそめているのを見て、ライゼはゆっくりと立ち上がった。


「見せたほうが早いな。


 ──雷帝」


 瞬間、空気が弾けた。


 破裂音がアリーナにこだまし、ライゼの全身から青白い稲妻が奔る。雷の奔流がその肉体を形作り、まるで彼自身が雷そのものに変わっていくかのようだった。


 アリーナの床が震え、上空には雷雲が集まり、空気がざらついた。


「なっ……こ、こりゃあ……」


「俺は──ナノマシンを超えた」


 その姿に、さすがのガイザビィズも言葉を失った。次の瞬間、歯噛みして叫ぶ。


「ふざけんな!もう一度だ!今度こそ──!」




 だが、どれだけ挑んでも、どれだけ力を尽くしても──かすり傷すら与えられなかった。




 ──数日後。


 幾度、挑んだだろう。アリーナのど真ん中に、大の字になって倒れるガイザビィズの姿があった。


 その隣で、あぐらをかいて頬杖をつくライゼ。涼しい顔で空を仰ぐその姿に、怒りと、そしてほんの少しの感心が混ざる。


「なあ、あんたさ」


「ん?」


「何でリーガにいる? こんな能なしばっかの貧困街に、わざわざ居座る意味なんかあるのか?」


「故郷だからだよ」


「ウソつけ。俺様はこの街でずっとやってきたが、あんたの顔なんか見たこともねぇ」


「……それでも、俺には故郷なんだ」


 ガイザビィズは眉をひそめ、ライゼを見上げる。


「見た目の老化がないな。いくつだよ。八十歳くらいか?」


「ハハ、今は見た目じゃわからないよな」


「会長の世代でも百七十は生きるって噂だ。……俺らの世代がどれだけ生きるのか想像もつかねぇ」


 ナノマシンによる再生技術。老化も軽い病も防ぎ、命の火は長く灯る。


 世代が進むほど、融合率は高まり、寿命は延びる。どこまで人間は老いずに生きるのか──ガイザビィズは思わず身震いした。


「寿命間近まで見た目は若いからな。幸せな事なんじゃないか?」


「ハ! ガッハハハハッ! 幸せ?」


 彼は勢いよく上体を起こし、そのままアリーナの屋上まで跳躍した。


「来いよ」


 ライゼも静かに飛んで後を追い、隣に腰を下ろす。


 ガイザビィズは足をぶら下げ、街を見下ろしながら、ぽつりと口を開いた。


「ここを見ろよ」


 視線の先にあるのは、路地にひしめくスラムと、バラックが並ぶ街並み。


「能なしが集まり、孤児が捨てられ、這い上がる術もなく、気力すら潰された……!これで“幸せ”だなんて言えるか?」


 彼の声には怒りよりも、深い無力感が滲んでいた。


「どうしても、希望が要るんだ! 俺様は変える! 俺様が守る! だからアイリスとバトルアリーナをつくったんだ!」


「なるほど、それでバラックに家を……」


「ああ、最近じゃ興行が成功して地価が上がって来てる。もうちょっとだ!ここは立派な街になるぞ!」


 少し誇らしげに語るガービィに、ライゼは静かにうなずいた。


「いい街に、なるといいな」


「なるさ、必ずな。バラックには子どもが多いからな……」


「最近生まれた第三世代型……か。さらにナノマシンと融合した肉体の寿命は……」


「考えただけでも恐ろしいぜ」


「第二世代のガービィが、ちゃんと守らないとな」



「えっ?」

「えっ?」



「あんた俺様をいくつだと?まだ二十歳だぜ」


 二人は顔を見合わせた。




「「えっ?」」





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