表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/59

第32話【伝説のチャンピオンVS現役チャンピオン】

 ━━ バトルアリーナ・プラチナシート ━━


「ぅう……ガービィ、ガービィ……」


 絶対王者ヴィゴへの圧倒的な声援が、ヒーローの小さな体を押し潰さんばかりに響き渡る。手を組み、ただ祈ることしかできなかった。


「大丈夫? ヒーロー」


「うん。一生懸命、ガービィの応援するよ……!」


 開戦前、観客への注意を促すアナウンスが流れ、防護壁がゆっくりと展開していく。

 素材は、ホールにも使われているミスリル合金製。


 高強度かつ視界を遮らない透明仕様で、戦闘の激しさから観客を守るために設計された特殊構造だ。


 もちろん、最前列のプラチナシートも例外ではない。


 それぞれが個室型に仕切られ、視界も音響も最上級。まさに“特別”の名にふさわしい空間だった。


 場内では、規定と注意事項が流れているが──


 《──の理由からお辞め下さい。また、視認性の問題から、防護壁への飲食物の投げ込みは──》


 規定など今や誰の耳にも入らない。場内は、試合前から異様な熱気と狂騒に包まれていた。観客たちの意識は、目前の試合と賭けに夢中で、アナウンスなど背景音にすぎない。


 ──そして、煽りが始まる。


 《──いよいよ始まります!この瞬間を見逃すな!》


 普段ならヒーローも、この高揚感を誰よりも楽しんでいるはずだった。


 だが今は違う。ヒーローは静かに目を閉じていた。


 まるで祈るように、何かにすがるように──ただ、その時を待っていた。


 《皆さん長らくお待たせしました!! 絶対王者、無敗のチャンピオン──ヴィゴに挑むはこの男!!》


 《貧困の街・リーガの希望!常勝無敗!盾の英雄ガイザと、人々の希望の象徴ビィズ──二つの名を合わせ持つ男!伝説の初代チャンピオン!ガイザァアアアビィイイイズッ!!》


 煽りに合わせ、大型モニターにはかつてのKOシーンが連続で映し出される。歓声は地鳴りのようにアリーナを包み込んだ。


 南側のステージがカタカタと昇降し、ガービィ──いや、ガイザビィズが地下からせり上がる。


(すげぇ歓声だ。デカい興行になったな。エイリアス、やっぱり大した奴だ。少しだけ──この一戦だけは、昔の俺に戻らせてくれ。イリオス……)


 ガタン──!


 ステージ中央へと姿を現したガービィは、拳を高く突き上げる。


「俺様は──帰ってきたぞ!!」


 その声が観客席脇のスピーカーや、観客のガンから轟く。アリーナ中央での声は、即時集音され、場内全域へと拡声される仕組みだ。


『ガイザビィズ!ガイザビィズ!ガイザビィズ──!!』


 一時代を築いた伝説の男。その名は、今も強く記憶に刻まれていた。


 《今!伝説のチャンピオンが、アリーナに帰ってきました! そして──!》


 続けて壮大な音楽が流れ出し、モニターにはヴィゴのKOシーンが連続で映し出される。


 《今宵、伝説を超えるのか!?アリーナの歴史を彩る現王者!我らが無敵の!【ハリケーン】──ヴィイイイゴォオオオオオオ!!》


 登場と同時に両腕を高く突き上げるヴィゴ。その姿に合わせて、観客のボルテージは限界を超えた。


「今日、みんなが見たいのは──このヴィゴ様だろう!?」


『ワァアアアアアアアッ!! ヴィゴ!ヴィゴ!──ヴィゴ!!』


 嫌味で、傲慢。不遜で、挑発的な笑顔、そして溢れる自信。


 どこか憎めないそのカリスマ性を、エイリアスは裏方として巧みに演出し、いまやヴィゴは絶対的な人気を誇る存在となっていた。


 場内の盛り上がりは、すでに頂点を超えている。


 熱狂の坩堝と化したアリーナに、ついに──


 《今! ゴングです!!》


 一瞬、空気が凍りつく。全員の呼吸が止まった。


 そして──


 カァアンッ!!


 鋭い金属音が空間を裂き、次の瞬間、アリーナ全体が爆発したかのような歓声に包まれた。


 伝説と現王者──その戦いが、今、幕を開けた。


「オッサン、早く終わらせてやるよ」


 ヴィゴの挑発に、ガービィは一切応じなかった。


 語るのは拳──互いのパワーだけだ。言葉ではない。


 《珍しい! ヴィゴからの先制挑発! しかし挑戦者はまったく動じていません!》


 ヴィゴは観客の視線を浴びながら、大きく跳躍した。その身体がアリーナの透明なドーム天井近く、はるか上空へと舞い上がる。


【ハリケーン】


 その名の通り、災害級の風を操る能力者──ヴィゴ。


 この規模の空間制圧能力を持つ個体は極めて稀であり、もしN.A.S.H.(ナッシュ)の認定を受けていれば、即座にナンバー入りは確実と言われるほどの実力者だ。


 《珍しくヴィゴから仕掛けた!しかし挑戦者は静かに構える!》


「パワーアップ──パワーアーマー!」


 ガービィの全身をまばゆい光が包み込む。

 次の瞬間、装甲が瞬時に形成され、重厚なパワーアーマーが姿を現す。


 ヴィゴは気にもせず、技を放った。


「無駄無駄ッ! ──エアカッター!!」


 振るわれた腕から、数十もの風の刃が飛翔する。だが──


 直撃しているはずのガービィが、一歩も動かず歩みを止めない。


 《っ──無傷!? なんと、無傷です!》


 どれだけ攻撃を重ねても、ガービィの装甲には傷一つつかない。その事実に、ヴィゴは徐々に苛立ちを募らせていた。


「クソッ……! オッサン、なかなかやるじゃねぇか……!」


 だがガービィは、その苛立ちさえ意に介さず、静かに上を見上げる。そして、まるで準備運動でもするかのような軽さで、上空のヴィゴめがけて跳躍した。


「──速っ!?」


 ヴィゴが目を見開いた瞬間、ガービィの右拳が顎を正確に捉える。吹き飛ばされたヴィゴの体は、ピンボールのように防護壁を何度も跳ね返りながら落下した。


 《おおっと! ヴィゴの“悪い癖”が出たか!? これは恒例の、やられたフリなのか!?》


 ドッ!! と場内が笑いに包まれる。観客たちは、まだ余裕だと信じている。


『おいヴィゴ〜! 二分に賭けてたんだぞ!!』


 ヤジまで飛び交い、アリーナはまたひと盛り上がりを見せる。


 だが落下したヴィゴは笑っていられなかった。


「ぐぅっ……! ふ、ふっふっ……中々やるじゃねぇか……!」


 顔を歪めながら立ち上がるヴィゴの声は、震えていた。


「この俺様に、ここまで……。見せてやるよ! ハリケーン!!」


 《なんと序盤にしてヴィゴ、必殺技クラスの大技だ!!》


 突風が巻き起こる。アリーナの空気が唸りを上げ、巨大なハリケーンがガービィを包む。


 だが──ガービィは微動だにしなかった。


 暴風の中心に立ったまま、一歩たりとも動かず、無傷のまま立っている。


 風が止む。

 息をのむ観客たち。

 後ずさりするヴィゴ。


「な、なぜだ……? どうして効かねぇ……」


 ガービィが、初めて怒気をにじませて口を開いた。


「……なぜだと?」


 その声は低く、静かに響いた。


「山が──そよ風ごときで動くと思うか?」


「クソッ……ハリケーンラッシュ!!」


 両腕に風を纏わせ、竜巻のような連撃を叩き込むヴィゴ。


 がむしゃらに、苛立ちを隠すように、必死のラッシュを浴びせる──!


 両腕に竜巻を纏わせ、次々と拳を繰り出す。暴風そのものを殴りつけるような、荒れ狂うラッシュ。


 だが──ガービィは、びくともしない。


 観客の空気が変わる。


 最初は歓声だったざわめきが、次第に困惑と不安に染まっていく。


『……あれ、今の当たってたよな?』

『効いてない……のか?』

『いや、でもヴィゴのラッシュだぞ!?』


 《こ、これは……! ヴィゴの連続技が──まさか、通じていない……!?》


 次第に笑い声が消え、ざわめきが静寂へと変わっていく。


 何かがおかしい。誰もがそう感じ始めた頃、ついにヴィゴの拳が止まる。


 荒く息を吐きながら後退するヴィゴ。


 そして、そのまま一歩も動かず立ち尽くすガービィの姿。


 爆発のような歓声があったはずの空間に、いま響いているのは、ガービィのゆっくりとした足音だけだった。


「そろそろ、技を見せてやろう。パワー……」


「待っ──」


「ショット!!」


 次の瞬間、ガービィの拳から放たれた衝撃波が、一直線にヴィゴを襲った。


 轟音。アリーナ全体に、聞いたことのない衝撃音が響き渡る。


 その一撃は観客席すら揺らすほど。


 ヴィゴの身体は激しい風圧と衝撃波に飲み込まれ、防護壁に何度も叩きつけられては跳ね返り、地面に落下する。


「グッ……ガハッ、ガハッ……(き、聞いてねぇ……こんなの聞いてねぇぞ……なんなんだコイツは……バ、バケモンじゃねぇか……)」


 呆然とするヴィゴの胸ぐらを、ガービィが無言で掴む。


 ──ドゴォンッ!


 掴んだまま、拳を叩き込んだ。


「立つんだ」


 ──ドゴォオンッ!


「誰を──」


 ──ドゴォオオンッ!


 言葉と拳が交互に落ちる。打撃のたびに音が重く、威力が増していく。


「馬鹿にしたのかッ!!」


「ま、まて……俺じゃ……俺の意思で言ったんじゃ──!」


「教えてやる!!!」


 完全に静まり返ったアリーナ。誰もが、ただその凄まじいパワーと怒りに言葉を失っていた。


 だがその時。

 ガービィの瞳が、ふと何かを捉えた。


「──っ!!」


(ヒーロー……なんで、そんな顔を……なぜ、泣いている……?)



「ぅう……ガービィ……ガービィ……」


 ヒーローは泣いていた。優しく、飄々として、いつも隣にいてくれたガービィ。


【ガッハハ!今日のカレーは一段と美味いな、ヒーロー!】


【うん!】


 強くて、頼もしくて、誇らしかった。


 ヴィゴを殴り続けるその背中に、人々は恐れの視線を向け始めている。


 それが、何よりもつらかった。


 涙を浮かべるヒーローを見て──ガービィが、ふっと力を抜いた。


 静かに、パワーアーマーが解除される。


 その瞬間。


「い……い……(今しかない──!)」


 ヴィゴが隙を突こうと、一歩踏み込む。その様子を、ガービィは一瞥すらしない。


 効かないからだ。


「エ……エアカッター!!」


 その瞬間、どこかから声が重なる。


『──やれ』


 謎の合図。


 そして次の瞬間、各方向から一斉に閃光が走った。


 【狙撃】の能力者、二十名による同時射撃。その全弾が、ガービィの腹部一点を狙って放たれた。


 ダダダダダダダッ──!


 マシンガンのような連射音が、ヴィゴの技に紛れて響く。一発、また一発と、正確に同じ箇所に着弾し、貫通力を増していく。


 そして──防御を超えた。


 腹部に風とは異なる衝撃。

 その一瞬にすべてが詰まっていた。


 観客は、まだ何も気づいていない。

 だが、ガービィの足元に──ぽたぽたと音が落ちる。


 血だ。


 朝露のように、淡く静かに、地面に赤が滲んでいく。


「──あ……?」


 ガービィが腹に手をやり、血で濡れた掌を見下ろす。


 理解が追いつかないまま、身体がふらつき始めた。その異様な動きは、観客席からもはっきりと確認できるほどだった。


 視界が揺れ、霞む。


 ガービィは、震える手をゆっくりと伸ばし──ヒーローに向ける。


 涙を拭うように、そっと。


「ヒ……ヒーロー…………」


 ──ドサッ。


 糸が切れたように、ガービィの巨体が音を立てて崩れ落ちた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ