第2話【プロローグ】
世界はかつて──
マザーと呼ばれる人工知能が生み出した未知の生命体、【ヘビ】によって滅びかけた。
その進行はあまりにも異質で、人間の兵器も科学も通用せず、都市はひとつ、またひとつと飲み込まれていった。
人類の存続さえ危ぶまれたあの時代──それでも、人間は諦めなかった。
ナノマシンを肉体に適合させ、超常の力を宿した者たちが現れたのだ。
彼らは圧倒的な力をもって、ついにはヘビと互角に渡り合える存在となった。
──希望は、まだ残されていた。
政府はこの新たな力を秩序のもとで制御すべく、「H.E.R.O.管理局」を設立。
そこに認可された者だけが持つ称号、それが──
N.A.S.H.。
今では誰もが憧れる存在だ。
中でも頂点に立つのが、“ナンバー1”の称号を持つ男──ライゼ。
その背を追うように、ひとりの少年が歩き始める。
名は──ヒーロー。
これは、英雄に憧れた少年が、「ほんとうのH.E.R.O.」になるまでの物語。
──
2513年。
ライゼとサリー──世界最強と謳われるN.A.S.H.同士の間に、ひとりの命が誕生した。
その知らせは、世界中のメディアに取り上げられ、人々の期待と祝福を一身に集めた。
が──その注目は、ほどなくして沈黙に変わる。
診察室に響く、生まれたばかりの赤子の泣き声。
だがその向こうで、ひとつの“静かな絶望”が告げられた。
「……能力、なしです」
医師の声は、震えていた。
あのライゼに、“ナシ”と伝える日が来るなど、思いもしなかったのだ。
尊敬の念すら抱いていた男に対して──それはあまりにも残酷な告知だった。
「……なし、ですか」
母サリーが、小さく息を呑む。
残念というよりも、不安に怯えた声だった。
“能力がない”──その烙印は、この時代を生きるうえで致命的だった。
親の名がどれほど輝いていても、その影が子に届くことはない。
「二人で、守ろう。能力は……あとから発現することもある。
……それより、無事に生まれてきてくれた。それが、一番だ」
ライゼはそう言い、サリーを抱き寄せた。
その言葉に、彼女はやわらかく頷き、赤子をそっと抱きしめる。
「そうよね。私たちの、赤ちゃん……」
測定器の数値が、一瞬ぴくりと振れた。
表示された測定値は “0.0000”。
「……通常、適合していない子でも、0.1や0.2程度の数値は出るんですが、珍しい……。完全な“ゼロ”ですね」
医者の呟きは独り言のように小さかった。
誰にも届かないまま、診察室の空気に吸い込まれていく。
ゼロ。
それは、数字以上の意味を持っていた。
ナノマシンを内包していれば、微弱な数値でもパワー反応が現れる。
だがこの子には──それすらない。
まるで、何かが欠けたように。
一方で、父ライゼは全ての基準を超えた、人類初の“測定不能者”として知られていた。
その遺伝子を受け継いだ子が、なぜ“ゼロ”なのか──。
世界はこの不条理に、ざわめいた。
やがてその事実は各国のメディアを通じて拡散され、祝福は一転、失望と冷笑に染まっていく。
「期待はずれ」「能なしの息子」「遺伝の突然変異」──
どんな言葉が飛び交ったか、書き切れない。
だが、最も過酷な現実は──この子自身が、やがてそれを知る日が来るということだった。
能力を持たない人間など、今の社会において存在自体が誤算だとすら言われている。
生存の“前提”に等しく、それがなければ進学も就職も著しく制限される。
法律こそ差別を禁じてはいるが、それが人々の“本音”を止められるはずもない。
能力を持たない者は──
【能なし】
そう、平然と吐き捨てられる時代なのだ。
そんな時代に。
この子は、生まれてきた。




