先代獣王
テレサ帝国の高い高い塀の外側。塀というか、城壁か?
そこから少し離れた所で、女王からもらったパナセアを使ってみる。
いや、しかし使うにしてもどうすればいいのか。ぶっかけるのかな?
かなり豪勢な作りの瓶の中にパナセアは入っていた。液体なのは何となく想像していたが、とにかく量が少ない。栄養ドリンク程しか入っていないように見える。
まさか効果も栄養ドリンク程じゃないだろうな!?
「『人』族の薬か……中々興味深いのぉ。」
素材に世界樹が入っているからか、じいさんが興味津々だ。レラ曰く、骨折程度のケガなら飲むか患部にかければたちどころに治るという。
ちなみにレラはカーミルさんとテレサ帝国に残っている。カーミルさんが今まで世話になっていた教会に挨拶に行くそうだ。
結局カーミルさんの首には『誓約の首飾り』をつけたままにする事で落ち着いた。
口約束なんかで国の運命を左右されるぐらいなら、潔く戦って散る事を選ぶ者も多く、『示し』として受け入れる事にしたのだ。いざとなれば杓子包丁で切れるだろうし、まぁ裏切る気は更々ないので大丈夫だろう。
「よし。かけるぞ……。」
パナセアの蓋を取り封印石にゆっくりとかけると、しゅるしゅるっと赤黒い液体が吸い込まれていった。
………………。
………………………………。
……………………………………………………しかしなにもおこらなかった。
確かにそんなに期待はしていなかったけども!!
もっと光るとかそういうリアクションしてくれよ!!
心の中で盛大にツッコミつつ、封印石の中を覗いてみると。
「うまー」という声が聞こえたと同時に、中で寝ているはずのしゃもじが毛繕いをしていた。
猫は食事の後、ヒゲや口の周りについた食べかすを落とす為に手で器用に毛繕いをする。俗に『顔を洗う』や『美味しい口してる』と言われる行為だ。
「しゃもじ!!」
どうやらこちらの声は聞こえていないようだ。しばらくするとまた眠りについた。
________ん?まさか。
「じいさん!この封印石を触ってみてくれないか!?」
「何を言うんじゃ!獣神様を封印するようなものに触ったら、直ぐ様取り込まれてしまうわい!」
「まぁいいからいいから。」
「どわっ!?おい、やめっやめるんじゃっっ!!おい________ん?なん…ともない…のぉ…?」
やっぱりだ。封印石に触れても俺以外の霊力は吸われない。
これってつまり。
「お主の霊力を選んで吸うとるという事じゃな…?」
封印石に吸い取られ続けている霊力を、俺の霊力で補っているのか。
涙が溢れた。しゃもじは俺を必要としてくれているんだね。
絶対外に出してやるからな。
………ん?じゃあまさかこの封印石、飯を食うんじゃ…。
試しに霊力袋から取り出した竜肉を軽く焙り、封印石に触れさせてみると、しゅるしゅるっと吸い込んでいった。
封印石の中では、しゃもじがるんるんとしながら「これこれー」と走り回っている様子が見える。
なるほど。こんな物に封印されていたとしても、しゃもじには食事が必要なのか。かわいい奴だ。
「人獣対戦の時の戦死者が甦るのか!?」
「だから戦死者じゃなくて、石にされてただけなんだってば。」
野牛族の里。テレサ帝国にある1000体もの石像をどう運ぶか。それの相談をする為に、俺とじいさんだけ戻ってきた。
中々理解を得ない角は放って置くにしても、野牛族の里に運ぶのすら難しいのに、黒漠をどう越えるかが焦点だ。
戦争時に石化された事を考えると、解除した瞬間に攻撃される事すらあり得る。転移霊法が使える四葉はまだまだ目を覚ましそうにないそうだ。
「私達が行って、担いでくるのが1番早いのでしょうけど……」
香の言うとおり。だが大勢の獣人がテレサ帝国に入る事は混乱防止を理由に、予め断られている。
「小分けにして霊力圧縮袋に入れたらどうだ?『像』は生物だという認識があっても、小分けにすれば「石」だろう?」
…………そういう責任が取れないような事を勧めてくる胡桃さんもスルーしておこう。というよりロクな意見出ないなやっぱり。
俺の霊力手でちまちま運ぶしかないのか…。封印石の力で抑えられた俺の霊力だと、1度に50体運べたらいいほうか。
50体だと往復200。うん。死ぬなそれ。
「1度封印石をここに置いて____「却下!」……そうじゃろうなぁ。そこまで心配する事ないと思うがのぉ。」
俺がしゃもじを手放す事は金輪際ない。
「そういえば戦死者の中に先代の獣王がいたはずではないか?胡桃殿。」
「む…そうだな角。あの御仁ならば千体の石像を運ぶ事は容易いかもしれん……がしかしな…。」
「え?何か問題があるの!?」
「大隈殿の父君でな、何というか、こう…荒っぽいのだ。」
「胡桃様……あれは荒っぽい等という易しいものでは……」
苦虫を潰したような表情の香が話に加わる。
でも他に方法がないならそうするしかないよね?
「気が進まん!」
見た目が完全に身長の低い女の子な胡桃さんに、ローブのような服でしっぽと耳を隠してもらい、テレサ城へと同行して先代獣王の石像を見つけた時、胡桃さんは叫んだ。
「でもそれしかないなら、そうしようよ。」
「くっ。ナオトが言うから無下にはしなかったが…。」
「儂も話には聞いた事があるが、中々難しい奴らしいのぉ。」
この期に及んでそういう事を言う。
念の為だ、と胡桃さんとじいさんに言われ、先代獣王の石像をテレサ帝国の外へと運ぶ。
獣人を連れて入国したい旨を女王に伝えると、王室直通の『通信板』という手の平サイズの金属板を渡された。
霊力を込める事で簡単に離れた相手と会話が出来るが、一対としか繋がらず、板に使われている素材がかなり高価な為、量産は出来ないのだという。
これを使って許可を取れば、深夜帯に2人まで騎士団の監視付きで獣人を入国させていいそうだ。
「そもそもどうやって石化を解くのだ?」
「そりゃじいさん+小豆洗いの豆で。」
「また儂の妖力頼りなんじゃな…。」
だって女王も自分の代でやった訳じゃないから解けないとか言うし。女王と契約しているメデューサとかいう髪の毛の代わりに蛇がはえてる悪魔は、石化は出来るけど戻せないらしいし。
――妖法【溌】――
じいさんは石像の頭に小豆を1つ乗せ、妖力を込める。
すると小豆から根が伸びるかのようにどんどんと石像にヒビが入り、表面の石が剥がれ落ちると生気のある肌が露出した。
まもなく先代獣王の目に光が戻る。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
顔の石が全て剥がれ落ちた瞬間、天が震えるかのような怒声を発し、体の石も粉々に砕け散らせた。
先代獣王は少しだけ周囲を見渡し、全てに納得した様子で。
俺に向かって殴りかかってきた!!?
「うわっ!あぶねっっ!!」
慌てて拳を避ける俺を見て、舌打ちした先代獣王。
「ちっ。ん……?おーう!栃乃!お前も生きてたか!こいつ、任せていいか?」
俺を指差し胡桃さんに話かける先代。栃乃……?
「栃乃は私の祖母です。剛熊殿。」
刀を鞘ごと地面に起き、頭を下げる胡桃さん。
「お!そうかそうか!悪かった!では共に戦おう栃乃の孫よ!!」
振り上げられた先代獣王の拳を霊力が覆っているように見える。あれは霊力手か……!?
巨大で凶悪な霊力手が俺に向かって振り下ろされる!
ゴゴゴゴゴ…という音と共に地面が削れ、陥没する。
俺は……当たり前だが避けた。霊力で地面を弾く事で自身の体を飛ばし素早く動く、という事を覚えたのだ。
俺だってしゃもじを守る為に強くなりたいと願っている!
「剛熊殿!話を聞いてください!」
「んん?おう!孫よ。戦闘中に敬礼はいらんぞ!」
聞いちゃいねー。一瞬先代の動きが止まるも、的外れな事を言っている。
容赦なく振り下ろされる先代獣王の霊力手は、ドンっ!ドンっ!ドドンっ!!!という轟音と共に、地面に次々とクレーターを作り上げていく。
皆が言ってた不安が的中したなぁ。問答無用で攻撃してくるなんて。
仕方ない。戦うか。
見た限り先代の霊力の濃さはレラの1.5倍程。それに経験値が豊富な事を加味して……勝てるのか?これ。
そもそも俺の霊力は攻撃には向いてないから、やった事はないけどあの時の感情を引き出すしかない。
自分の周りに球体状の霊力を展開。防御体制に入り、しゃもじが封印された時を思い出す。
………あの竜人が。あいつが。アイツが。
鼓動が高鳴る。心の片隅にゆらりと出てきた黒い感情に体を委ねるイメージで。
にくい。憎い。ニクイ。ころす。コロス。殺す。
________アイツをコロス。
そのまま渦巻く黒い感情に飲み込まれ、意識を失ってしまった。




