真実
目が覚めると俺は植物に縛られていた。
それはもうカンジガラメのぐっちゃぐちゃに縛られている。何なら太い樹の中に両足が埋まっている。
周りを見渡せば強力な爆弾でも投下された後のような焼け野原。ここが帝国内じゃなくて本当に良かったと思う。
どうにか首を動かして足下を見ると、先代、胡桃さん、レラ、クロルがボロボロになって寝ているのが見えた。
「どうやら正気に戻ったようじゃな?________これはお主がやったんじゃ。」
いつの間にか俺の目の前に来ていたじいさんが呆れた口調で語る。
「あ……やっぱり?」
「あ、やっぱりぃ?じゃないわ阿呆が!奇跡に奇跡が重なって偶然なんとかお主を止める事が出来たんじゃーーーー!!」
勿論反省していない訳ではない。大切な仲間達が安心しきった顔で寝ていなければ、こんな冷静ではいられなかった。
皆を殺していたかもしれない、と思うとゾッとする。
でも正直な所、じいさんとレラと胡桃さんがいれば何とかしてくれるだろうと思っている。
「しばらくはそうやって反省しとれ!」
「うーん。そうは言っても皆にご飯作らなきゃだし。」
自分の力を高めたい場合、霊力でその部分を纏うと信じられないくらいの力が出る。
今のような場合は少し濃い目の霊力を全身に纏う事で、容易に体を縛る植物達から抜け出す事が出来る。
「お主いつの間にそんな事が出来るようになったんじゃ……」
「俺だって強くなりたいと思っているからね!」
「お主がこれ以上強くなったら終わりじゃな!」
………すみません。
しかし霊力は使い方次第では本当に怖い。ただ少しイメージしただけなのに意識をまるごと持っていかれるとは。…気をつけよう。
杓子料理は霊力を増やし回復させる効果があり、ついでに多少の傷なら治るらしい。
さて。今回は鶏肉の手羽を使ってみようかな。
手羽先の先端部を落として中央に切り込みを入れ2分割させ、通称『手羽中』の状態にし、軽く振ったガーリックソルトと胡椒を刷り込み、少し寝かせる。
片栗粉をまぶしそれを中温でじっくりめに揚げ、ボールに取る。
熱々のうちにバジルソルトを振ってシェイク!!
揚げる前に振ったガーリックソルトと、揚がった後に振るバジルソルト。この2つのバランスがこの料理の味を決める。
手羽中は旨味がとても強く漬け込む必要がない。甘辛のあんに絡ませた物も好きだが、塩だけでも充分に美味い。
カリッとした食感の瞬間に、スパイスの効いた肉汁が口の中に広がり、
そして余った手羽の先の部分。これは包丁の背で軽く叩いてから、鍋に水を張り火にかける。
手羽だけでも濃厚なダシは出るが、より日本人好みにする場合は煮干と一緒にダシを取るのがオススメだ。
アクを取りなから10分程煮出して、手羽とにぼしを取り出す。
薄切りにした大根と人参を加え、酒と醤油、魚醤、出来れば牡蠣醤油で風味をつけ、塩胡椒で味を整える。
大根と人参に火が通った所で、にんにくのみじん切りを一摘まみ加えて、味を締める。にんにくが苦手ならば生姜。あまり風味をつけたくないなら一摘まみの砂糖で味をまとめるのも良い。
ここで荒く溶いた卵を少しずつ投入するのだが、混ぜない方が俺好みだ。
器の中へ入る溶き卵の塊は通称『当たり』。少しだけ幸せになれる不思議な効果があるからだ。
最後にネギを散らして完成。もしコクが足りないなら胡麻油を足せば良い。わかめを加えて深みを持たせるのも美味い。
「おおおお!?不飛鳥ってこんなうめぇのか!?」
そんな声に振り返ると、クロルがつまみ食いをしていた。行儀が悪い……けどこの世界ではどうなのだろうか。
「このスープも美味しい!!え、何この美味しさ……」
レラはスープを霊力手でつまみ食いか…。でもそうだね。俺の霊力手の"模造品"は本来その使い方が正しいんだよ。
そりゃテレサ帝国の魚や肉の煮汁よりは断然美味いだろうね!鶏の骨から皮から脂から出るダシは最高だしな!
「さささ、剛熊殿もどうぞ。」
「う、む。まだいまいち状況を掴めんがな。」
料理をしている間に皆起きたみたいだ。先代も大分落ち着いているようで何よりだ。
「みんな!ごめん!!!」
俺は出来るだけ声を張り頭を下げる。
「もう良い。あの時はああするしかなかったのはわかるしのぉ。」
「あぁ。剛熊殿を止めるのではなく共闘になってしまったが、それはそれでな。」
「お兄ちゃんの暴走した霊力を感じて飛んできて良かったよ……」
「霊術や霊具を使われてたら止められなかったよな…。こう言っちゃ何だが、封印石あって良かったぜ…」
じいさん、胡桃さん、レラ、クロルは愚痴をこぼしながらもあまり気にしていないように見えた。本当にありがたい。
「それは何をしてるの?」
「これは『うどん』といって小麦粉を練って延ばして切った料理なんだ。」
手羽と煮干しをベースに取った出汁となるとやはりベストはうどんだろう。ラーメンでも良いが、そうすると旨味が物足りないし、『かんすい』や『かえし』が必要になるのでちょっと面倒だ。
小麦粉に塩水を加えてこねて、踏む。最低一晩は熟成させたい所なのだが、そこは霊力の世界で杓子様がある。
均一につやつやとした玉が出来たら延ばして切る……って霊力でやれば一瞬だ。
勘違いしている人も多いがうどんのコシは、塩水と『絞め』で決まると言っていい。
小麦粉に塩水を加える。茹でる湯に塩を加える。キチンと芯まで茹でた麺は氷水で絞める。これで充分過ぎる程のコシが出る。
『こね』や『踏み』でコシや深味を出そうなんて考えは、小麦粉をこだわるようなプロだけで良い。
「ほほほ!こいつはまた跳ねるような歯触りじゃな!」
植物の根であるじいさんに歯があるのか……
「噛めば噛むほどうめぇな。これだけでもうめぇのに、このスープにつけたら2倍うめぇ!」
そうだな。近年の紛い物のうどんはツユがなければ食えないが、キチンと作られたうどんには小麦粉の香りと旨味が強く出ているから、そのままでも美味いんだ。
「なるほど。話はわかった。しかし先程まで凶悪に暴れていたコイツを信じる気にならんのだがな。」
胡桃さんが今までの経緯を丁寧に説明し、大まかな理解は得たようだったが、先代としてはやはり俺が気にかかるらしい。
「申し訳ないです……でもほら、何とかなった________!?」
何とか笑って誤魔化そうと回りを見渡すと、レラとクロルとじいさんのジト目が突き刺さる。あぁ……本当にすみませんでした。
「…………まぁ妖精王、獣人、魔族がこの場で談笑している時点で信じられんのだがな。」
「流石に先代の獣王様となると、魔族と悪魔の違いはわかってんだなぁ?」
クロルが意外そうに言葉を発すると
「ふん。戦争を画策したお前らなんぞ、悪魔と何ら変わらんがな。」
先代が気になる事を言った。
「剛熊殿?どういう事ですか?」
「孫よ。お前は黒漠が何であるか知っているか?」
「はい…。『人獣対戦』の激しい戦いの爪痕だと。」
「我は『人獣対戦』の最中に石にされたが?」
「………!?」
「気付いたか?爪痕なら我が黒漠の名を知る訳がないのだ。」
確かにそうだ。もしも戦いの爪痕ならその戦争真っ只中にいた先代達がその名前を知るはずがない。
それに普通の霊力同士のぶつかり合いであんな漆黒の草原が作られる事もない。
「あれが魔族の悲願なんだよ…。」
何かを諦めたような口調のクロルがこぼす。
「あれは魔術だ。大量の贄と引き換えに発動する親父が作った魔術。黒漠ってのは俺ら魔族の故郷『黒界』がこっちの世界に染み出たもんなんだ。」
魔術!?あんな広大な黒漠が!?
千里眼で空から見た時は見渡す限り、帯状に広がった黒い大地だったぞ!?
「戦争の終盤と言っていいだろう。沢山の血が流れ、獣人も『人』も疲弊しきった頃に黒漠は突然表れたのだ。そしてそこに魔族の姿を見た。」
「では剛熊殿!『人獣対戦』とは……」
「あぁそうだ。魔族によって仕組まれた戦争だったのだ。」
なんだよ。極悪じゃないか魔族。クロルもバツが悪そうな顔をしているし。
…ん?となると
「じゃあその黒漠の秘密を見た獣人達が口封じに石化された、って事か?」
「事はそう単純ではなくてな。この真実を分かち合い『人』と共に魔族を討とうという話し合いの場で、『人』からの攻撃を受けた。我らは武器は持たなかったのが致命的だったのだ。」
「……つまり『人』と魔族が結託していた、って事だな。」
それで獣世界では魔族と悪魔が同じような扱いになっているわけか。
『人』と魔族が契約を交わし、獣人達を貶めた。
『人』は欲望に忠実。獣人は使命に誠実。なるほど。『人』の方が唆しやすそうだ。
「で、そうまでして作り上げた黒漠って何なんだクロル?」
「黒界に光を与える物。黒漠を通じて、光を黒界に届かせるんだ。」
………。極悪じゃないかもしれない。
「魔族は黒界に産まれ、黒界で死ぬ。黒界には霊力含有物がなく、魔族は生まれ持った霊力が尽きる事が死ぬ事だったんだ。________ひでぇじゃねぇか。『人』も獣人も、天の精霊の加護を受け、霊力を補給出来るなんてよ。」
…なるほど。『悲願』か。天の精霊の加護、つまり太陽が全くが当たらない裏の世界。冷気と氷の死の世界、か。
「黒界からこの世界に来るには、黒と白が曖昧な『狭間』を通らなきゃなんねぇ。だがそこはドラゴン達の巣なんだよ。生まれ持った魔力を生きる為に使わなきゃいけねぇのに、ドラゴンの巣を抜けられるはずがねぇんだよ。」
この場にいる全員が、クロルの話を真剣に聞いていた。
獣人は獣人なりに。『人』は『人』なりに。魔族は魔族なりに。
1つの種族がただただ懸命に生きているだけなんだ。
「でもクロルは来れたんだなこの世界に。」
「俺はこっちで産まれたからな。親父とお袋がドラゴンを食って霊力を補給しながら来たんだよ。」
こっちで産まれたんかい!じゃあ今のは親父さんとお袋さんの話か!
とはいえ、クロルのDNA的な物にも悲願は刻まれてるのか?
「ってドラゴンを食った!?じゃあ報復を受けたんだろ?」
「いや。お袋の能力"絶対防御"は完璧だからな。親父の"絶対貫通"と合わせりゃ敵はいない。」
イージスとグンニグルね。伝説の盾と槍。効果は説明なくても何となくわかる。
こういう横文字って前の世界から通じるものがあるけど、そういう風に翻訳されているのかな?
「能力というのはそんな簡単に話していいものなのか……?」
怪訝な顔で鋭いツッコミをいれたのは胡桃さんだ。
確かに!クロルの能力なんて知られてたら効果ないし!
「知られた所でどうにもならねぇよ。"絶対防御"は破られねぇし、"絶対貫通"は防げねぇ。」
すごい自信だ。まぁでもそうだよね。『魔王』なんて呼ばれているのだから、とんでもなく強くて怖いよね。
………………あ。魔王城に行くって言っちゃったじゃん俺。
「そういえば『人』の教会って………」
「うん。魔族を崇拝してる。皆魔族って思ってないはずだけどね。」
俺の疑問をいち早く察知して応えてくれたのはレラだ。
「じゃあさ、クロルが頼んだら信者が動く?」
「あぁー、う~ん。どうかなぁ。それでも獣人達を運ぶって言うのは反対が出ると思うなぁ。」
「我が運んでもいいが、1度に五十が限界だろうな。」
そうかー。俺と先代で50体ずつ運んで、往復10回。………テレサ帝国と野牛族の里を。いやいやツラいよそれは。
「剛熊殿の『アレ』があれば一度で済んだのだがな。」
「そうだな孫よ。今『アレ』はどうなったのだ?」
「大隈殿が継承致しましたよ。」
「おお!そうか!息子も立派になりおったか!」
また『アレ』の話か。霊都でも同じような話をしていたが…山熊族の必殺技なんだろうけど。ちょっと気になる。
霊都の時にこっそり聞いてみたが、やはり教えられないとの事だし。
ん?待てよ?
「大隈を連れてくればいいのか!!」
「阿呆。護衛隊長だぞ大隈殿は。来れるわけないだろう?」
あーーー!胡桃さんにバカにされた!あの胡桃さんに!!うわぁかなりショックだ………
「お兄ちゃん……そんなにショックを受けなくてもいいんじゃ……________えっ!?」
胡桃さんにバカにされた俺を慰めかけていたレラが何かに気付いたように周囲を警戒した。
そして次にレラから出た言葉はとても意外なものだった。
「『人』が……大勢来る………」
レラのその呟きを肯定するかのように、先代とクロルが続く。
「あぁ。そのようだな。」
「しかもこりゃ半端な数じゃなさそうだな……」




