第64話 「無理難題」
「蓮、あんたにお願いがあるの」
「お願い?」
とある公園、あたし達は二人きりで対峙している。今日もまた一段と暑く立っているだけで汗をかくほど。
そんな中であたしは蓮を呼び出した。他には小さな子供が数人いるだけで結構静か。
「何のお願い?」
「あの……そのさ……」
あたしは全てを蓮に話した。もうすぐアメリカへ行くこと、その間あたしにチャンスを欲しいこと。無理難題なワガママなのは理解していること。生半可な気持ちでは言っていないこと……。
それを聞いている蓮は最初は驚きを隠しきれていなかったけど、次第に眉一つ動かさずにあたしの話を聞いていた。それが何を意味するのかはあたしには分からない。
あたしの話が終わってからどれくらい時間が経ったのかな。そっと蓮が話し始めた。
「るか先輩は?」
「その、八月後半に試合があるからそれまでは会わないつもりだって……」
「そっか」
再び沈黙があたし達に訪れる。あたしは何も言えなくなっていた。
そこから数分経って、ようやく蓮が再度話し始める。
「先輩、分かったよ」
「蓮……!?」
「言うこと聞いてあげる」
こう言っては悪いけど正直信じられなかった。殴られるくらいの覚悟だったから……。こうもあっさり決まるなんて予想だにしてなかった。
蓮の表情はさっきと同じで硬い。
「れ、蓮……! あ、ありが――」
「勘違いしないで」
あたしの言葉を遮るように冷たく言い放つ。そこに優しさや思いやりは感じられなかった。
「これは先輩のためにじゃない。試合で会えないるか先輩のため。それにボクも……」
「ん?」
「い、いや。それに……」
蓮はあたしの方をじっと見ている。敵意すら感じるほどの視線だった。それも無理ない、あたしが蓮の立場だったら……。
「ボクはそんな漁夫の利みたいな勝ち方していっくんに好きになってもらいたいんじゃない。先輩達を真正面から完膚なきまでに叩き潰してこそ意味がある。だから感謝はしないでいいよ」
「蓮……」
そう言い残し蓮は背を向けその場を立ち去ろうとする。
そんな蓮に、あたしはどうしても伝えたかった。たとえいらないと言われようとも!
「蓮、ありがとう!」
「へ? いや、だから――」
「それでも! 礼の一つも言えないほどあたしは無神経じゃないつもり」
「そう」
「うん……蓮、やっぱあんたいい子だね」
「なっ……! ふん!」
ちょっと照れたような顔でそっぽを向く。
可愛いとこあるじゃん。
「じゃあ先輩……アメリカ、楽しんで」
「うん……うん!!」
今回ばかりは二人に助けられた。あたしの身勝手を形はどうであれ認めてくれた。
あたしは二人に何ができるのかな? その答えは今すぐには出そうにない。
「……よしっ!」
けど、二人の気持ちを無駄にはできない。あたしが今すべきことはアメリカでの経験を有意義なものにすること。
そうしていよいよ出発当日。空港には夏休みということもあって多くの旅行客がいた。こうしてみるといよいよって感じするなあ。
出発前にLIMEを見る。昨日グループLIMEであや達がそれぞれメッセージを送ってくれた。そのトーク画面を見返すとふと笑みが零れる。
もうあと一時間ほどで出発時刻。スーツケースを引きゲートへ向かう。一歩一歩踏み出す度に心臓がいっそうドキドキしていく。
「……」
ふと足を止め、そのままスマホを手にし再度LIMEを開いた。けど今度はあや達ではなくて……。
『も、もしもし?』
「あ、もしもし……ごめんね急に」
『いえ、大丈夫ですけど』
「あ、いや。そこまで大した用でもないんだけどさ。これからもう飛行機乗るから」
『あ、今日だったんですか? 言ってくれれば――』
「ううん、そこまでしてくれなくても大丈夫よ」
あたしは二人に無理言ってもらった立場だ。それなら都合よく見送りしてもらおうなんて言えない。だから出発日はあえて秘密にしてた。
けど一切何も言わずに行ってしまうのも寂しいから通話くらいは、ね?
『すいません、何もできなくて』
「ううん! いいのいいの! だって……」
今回のことに関してはあたしのワガママだもん、これ以上何かしてもらおうだなんていう気はない。それに……。
ふと耳に光るピアスに触れる。これがあればちょっち寂しくても問題ないし!
「じゃあ、行ってくるね」
『はい、お気をつけて』
「じゃあ!」
通話を切る。もうすぐ時間ということもあって乗客が機内へと向かっていた。
窓の外を眺める。いよいよかあ。どんなことが待っているんだろう。たった数週間だけど、きっと今まで見たことのないようなことがあるはず。
パパとママは今のあたしをどう思うだろう? ピアス空けたことなんか言ってくるかな?
考え始めると止まらなくなる。そのくらいワクワクしてるんだと思う。
「……行こう」
再びピアスに触れ機内へ。しばらく会えないのはアレだけど、その分しっかり学んでこよう。そうしないとみんなに合わせる顔がないし!
決意を秘めあたしは飛行機へ乗り込んだ。こうしてあたしの夏休み最大のイベントが幕を開けた。
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