第48話 「お家訪問」
「久しぶりだなあ」
ディスニイランドへ行ってから二日、ゴールデンウィークのお休みの最中。ようやく疲れの取れてきた僕が向かっていたのは先輩のお家。
というのも、この間スプラッシングマウンテンに乗った後に借りていたタオルを気付かずそのまま持って帰ってしまっていた。なので洗濯して返しに行くことにしたというわけなんだ。
先輩には既に連絡は入れている。学校が始まってからでいいと言ってくれたけれど、さすがにすぐ返さないといけないと思ったから今日返しに行くことにした。
「ちょっと早かったかな?」
この分だと予定の時間より少し早く着きそう。まあなるべく早めに着いていた方がいいよね。
そうして先輩のお家の前に立っている。予定の時間より十五分ほど早いけど。
「ふう……」
なんだか緊張してきたなあ。久しぶりだし、インターホンを押すのだってドキドキしてくる。
落ち着こう、クリスマスにだって来たじゃないか。息を整えインターホンへ指を近づける。
「うちになんか用?」
「ひいっ!!」
思いがけずかけられた声に振り替えると男の子が立っていた。僕とほぼ同じくらいの背丈でサッカーのユニフォームを着ている。
うちにってことは、もしかして先輩の弟さん?
「あの、えっと、先輩に用があって……」
「先輩? 姉ちゃんのこと?」
こくりと首を縦に振る。それを聞くと納得したような表情を見せた。
「ああー、姉ちゃんが言ってた人か。入りなよ」
「お、お邪魔します……」
弟さんの後に続きお家の中へ足を踏み入れる。前に来た時と変わらない景色が視界に入る。
けど中からは特に気配はなかった。
「姉ちゃーん!」
予定の時間より少し早いけど、今日は一日お休みって言っていたかし鍵も開けたままだったからこの時間にお家にいるはず。だけど中から返事はない。どうしたんだろう?
「っかしーな。姉ちゃーん!!」
するとドアが開く音がし足音が聞こえてくる。なんだ、やっぱりいた……んだ……。
「おかえり、ずいぶんはや……かった……」
奥から先輩が姿を現した。ただし解いた髪は濡れてバスタオル一枚の恰好で……。そっか、シャワー浴びてたんですね……。
「い、いいいい……一ノ瀬君……!!」
先輩は力なくぺたりと座り込む。僕はすぐに後ろを向いた。
だって、バスタオル一枚姿なんて見られたくないだろうし……何より僕が直視できないよ……。
「ご、ごめんなさい!!」
「い、いや……!」
「へえ、あの姉ちゃんが珍しい反応してら」
「う、うるさい! っと、というか瑞人! お前サッカー部は!?」
「今日は試合前日だから早上がりって言ったろ?」
そんなこんながありひと段落ついた頃。改めてリビングへ通してもらっていた。
思えばリビングは初めてきた。あまりジロジロ見渡すのはよくないけど、どうしても棚にあるトロフィーが目を引いてしまう。
そういえば前に試合を見に行った時に先輩がトロフィーをもらってたっけ。
「えっと、改めて。貸していただきありがとうございました」
「い、いや、そんな」
借りていたタオルを差し出す。あんなことがあったからか、どこかよそよそしい感じになってしまう。
未だにドキドキしてるんだ。あんなに肌を晒した姿見てしまったら……。
「で、姉ちゃん。俺腹減ったよ」
「分かったから少し待ってなさい!」
「はは……じゃあ僕はこれで……」
あまり長居してはいけない。僕は帰ろうと席を立った。
「え~もう帰んの?」
「い、いや、あんまり長居するのも……」
「せっかくだし一緒に飯食ってこうぜ!」
「え、ええ!?」
いきなりのお誘いに驚いてしまう。タオルを返したらすぐに帰るつもりだったし。それに急に言われたって先輩だって困るよね。
そう思ってたんだけれど……。
「い、一ノ瀬君!」
「は、はい?」
「も、もしよければ食べていってくれないか!?」
「え、でも急だと困るんじゃ……」
「だ、大丈夫! せっかく来てくれたのにただ返して終わりは寂しいだろう?」
う~ん……そう言われれば確かに……。それにせっかくのお誘いを断るのも悪いし……。
となればここは……。
「な、なら……いいですか?」
僕が了承するとコクコクと首を縦に振る。考えてみればこんな機会はそうそうないんだ、せっかくなら……。
「じゃ、じゃあすぐに作るから少しだけ待っててくれないか?」
「え、ええ」
「うし、じゃあ俺とゲームでもしようぜ!」
弟さん――瑞人君が僕の腕を引く。すると先輩が頭に拳骨を見舞った。い、痛そう……。
「いって~!なにすんだよ!」
「瑞人! さっきからなんだその口の利き方は!」
「いや、だってあんま年上って感じしないし」
「せ、先輩! 僕は気にしてないですから!」
「ほれ見ろよ姉ちゃん! ってわけで行こうぜ、えっと……」
あ、そういえばまだ自己紹介してなかったっけ。
「僕は一ノ瀬一和、よろしくね。えっと、瑞人君?」
「おう! じゃあ姉ちゃん、できたら読んでよ!」
「ったく……!」
そのまま導かれるように二階の瑞人君の部屋へ。二階には来たことがあったけど、先輩の部屋以外に入るのは初めて。
中に入ると目に入るのはサッカーのボールや漫画、テレビゲーム等。一般的な男の子が好きなものはこういうものなんだろうな。あいにく僕はスポーツは全然できないし、漫画もテレビゲームもあまりよく分からないけれど。
「お、お邪魔します」
「その辺座っていいよ」
そう言われた僕はその場に座る。一方の瑞人君はテレビゲームの機械を操作していた。
思えば年下の男の子の部屋なんて初めてだな……。まして蓮ちゃんよりも年下なくらい離れてるし。
「あっ!」
「へへ、俺の勝ち~」
スマッシュファミリーズをしているけど、これで四連敗……。僕自身このゲームは小さい頃に蓮ちゃんのお家で昔のシリーズをやったことがある。
しかしいくら久しぶりとはいえこれは酷いやられよう……。
そんな風にゲームをしていた時のこと。
「そういやさ」
「なに?」
「一和って姉ちゃんとはどういう関係なん?」
そっか、やっぱり気になるよね。
僕はこれまでのいきさつを話した。電車で痴漢に遭った僕を助けてくれたこと、それ以来仲が良くなったこと。
さすがに今までもお家にお邪魔していることや先輩のペットになったこと、告白されていることまでは言えなかったけど。
「へ~。あ、そういや何か最近姉ちゃんが変なんだ。一昨日もディスニイから帰ってきたらやけにニヤニヤしててさ」
う~ん。それはもしかしたら、いや多分あれが原因だと思う……。でも僕のせいとかまでは思えない。そこまで自分に自信はないし……。
「なあ。もしかしてさ、姉ちゃんって一和のこと好きなの?」
「ええ!?」
す、鋭い……! だけど当然僕からそれは言えない。
「そ、そうなのかな……?」
「俺のカンじゃそうだと思うぜ? さっきの反応にせよ、今日一日の様子にせよな。なあ、一和は姉ちゃんのことどう思ってんの?」
「う、う~ん。凄く素敵な人だし、努力家だし――」
「いや、そうじゃなくてさ」
僕の言うことを否定するように手を振る。
「彼女とかにはしたいって思う?」
「か、彼女って……」
さ、最近の中学生ってここまで進んでるの!? いや、思えばお姉ちゃんも中学生の頃には既に彼氏さんがいたっけ。
と、ともかく、その質問は僕にとってはあまりにも厳しいよ……。
「え、えっと……僕としては……先輩が僕の彼女さんなら……」
「なら?」
こんなこと、先輩の前だったら絶対に言えない。今だからこそ言えるんだ。
「きっと……きっと毎日が温かくて、素敵だろうなって……」
「ふ~ん、じゃあ姉ちゃんのこと可愛いって思ってんだ?」
「い、いや……可愛いというより――」
そう、先輩は可愛いというよりも――。
「凄く綺麗な人だと思う。何ていうか、和風美人というか……大人の美しさというか……」
「へえ~、姉ちゃんのこと結構気に入ってんじゃん」
「き、気に入ってるなんて、そんな上からな風には……」
本当に聞かれてなくてよかった。とてもじゃないけど、恥ずかしさでまともに顔が見れなかったと思う。面と向かって相手を褒められるほど僕は心臓が強くないし……。
◇
『ご飯できたよ』
そう伝えようとドアをノックしようとしたその瞬間、中から二人の会話が聞こえてきてしまった。それを聞いた私は急激に顔が熱くなりその場に座り込む。
『凄く綺麗な人だと思う。何ていうか、和風美人というか……大人の美しさというか……』
そうか……私のこと、そういう風に思ってくれてたんだ……! 駄目だ、耳まで熱くて顔が上げられない……。
本当にこの子は……!
「ちょっとトイレ」
ドアが開き部屋から瑞人が出てくる。真っ赤な顔で蹲る私をじっと見て……。
「どったの姉ちゃん?」
「うう……」
「姉ちゃんさ、やっぱ一和のこと好きなん?」
「……誰にも言うなよ……」
◇
「すいません、お昼ご飯までご馳走になっちゃって」
「いや。元はうちの馬鹿な弟のわがままだから」
帰り道、駅まで送ることにし駅までの道のりを並んで歩いている。彼は気づいていないようだが、私はさっきの会話を聞いてしまったせいか、こうして並んでいるだけでも変に緊張してしまう。
「すまないね、やかましく生意気な弟で」
「いえ、元気でいい子じゃないですか。それに……」
「それに?」
「弟がいたら、きっとあんな感じなんだろうなって」
そういえば下の弟妹はいなかったんだっけ。
「確かお姉さんが一人だっけ?」
「はい」
「そうか。きっと良いお姉さんだろうね」
「そ、そうですかね」
照れくさそうに頬をかく。その反応から察するに私の言っていることは当たっているか、遠からずといったところだろうか。
そんな彼に私は笑みがこぼれる。
「君を見ていれば分かるさ。それは素敵な方なのだろう」
「……ですかね……」
もう駅が目の前に見えてきた。彼との時間も終わりを告げようとしている。
そんな状況になり、私はある考えが頭に思い浮かんだ。
「もし」
「はい?」
「もし、私達が姉弟だったとしたなら。どんな毎日になるのかな」
「僕達が……姉弟ですか?」
コクリと頷く。
傍から見れば他愛もないただの与太話だろう。だけど、もしここで彼の回答が先ほどと同じだったのならどうなるのだろう。
そう思うのはやはり彼があれだけ可愛らしい子達に好かれてるからなのか。私だけに思ってくれているのか、はたまた誰にでも同じようなことを言っているのか。
自分でも何の意味があるのかとも思う。疑うようなことをして。だが私は確信している。彼はそんな子じゃないと!
「そしたら……きっと僕は甘えっぱなしな毎日だったかもしれないですね」
「……そうか!」
良かった、彼の本心だったと理解できて。試すようなことをしてしまった自分を恥じている。誰にも同じことを言ってるわけではなかったんだ。いや、本当に疑ってかかっていたわけではない。
けどこれでスッキリした。
「じゃあ、僕はここで」
「ああ。また機会があれば来てくれ。瑞人も喜ぶしね」
「はい!」
改札の中へ入っていく彼を見送る。
姉弟か……。それもまたいいけれど、やはり私は……!
だがひとまずは今日の思い出に浸りながら帰路に就く。そう、焦ることはないさ。チャンスはまだあるはずだ。時間はまだ残っている。
そう、高校卒業までの時間は。
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