第31話 「悲しいから」
「あ~あ、まったくあいつは!」
放課後、帰ろうと支度をしながら犬飼さんが苦言を呈している。お昼休みに蓮ちゃんが僕のとこへ来たことに不満気みたい。
「あいつめ~! 上級生の教室に平然と来るなんて!」
確かに僕も予想できなかった。まさかあんな堂々とやってくるなんて。
あの時犬飼さんから感じた怒りは物凄いものだった。
だけど、それ以上に気になることがある。
「あの、犬飼さん?」
「ん? なに?」
「その、今日なんですけど、やけに積極的に話しかけてきたのは……」
休み時間に僕に話しかけてきた。一つ後ろの席とはいえお友達のいる前で話しかけてくるなんて。
「あ~」
「い、嫌じゃないんです。でも僕なんかに話し――」
話しかけたらと言おうとした瞬間、犬飼さんは僕のおでこにデコピンをしてきた。本当に軽い力で全く痛くないけど、突然のことで体が固まってしまう。
「え? え?」
「もう……」
僕を見る犬飼さんの目はどこか悲しそうな目で、見られている僕の方が複雑な気持ちになった。
何か気に障るようなことを言ってしまったのかな……?
「僕なんかとかさ、そんなこと言わないでよ……そういうの聞く度あたし悲しいんですけど」
「……」
僕は何も言えなかった。言われたことがどうこうよりも犬飼さんにこんなに悲しい顔をさせてしまったことが僕の中でモヤモヤしたものを生み出していく。
「だからさ、自分のことそんな卑下しないでよ。あたし、これからもどんどん話しかけたいんだもん」
「すいません……」
まともに視線を合わせることもできなかった。申し訳なさと、情けなさでいっぱいだったから。
そんな僕に犬飼さんはそっと頭を撫でてくれる。
「なんであたしが話しかけてたかったいうとね? 単純な話。せっかく同じクラスになれたんだもん、今まで以上にいっぱい話したいじゃん?」
そこにはいつもの優しい笑顔があった。
今の今まであった悲しみは微塵も感じさせない。
「え、でも……」
「あの子達なら大丈夫。あたしの親友だから。ね、あたしを信じて? やっぱり同じクラスで席も前後なのに一切話しもしないなんて、そんなの寂しくない?」
犬飼さんにここまで言われてしまったら僕は……。
「い、犬飼さんがそう言うのなら……」
「さ~っすがあたしのペット!! お~しいいこいいこ!!」
思い切り僕を抱き寄せると、頭をなでてくる。
こんな姿誰かに見られたら――。
「い~っくん! 一緒に……帰ろ……」
「あ……」
一瞬で空気が凍る。さすがの蓮ちゃんも固まってしまっていた。
そんな蓮ちゃんを挑発するように犬飼さんは言い放つ。悪戯な顔で。
「なーに櫻井。あたし達のイチャイチャの邪魔しないでよ」
「い……な、何をしてるの!?」
「な、何もしてな――」
弁明しようとした僕だったけど、犬飼さんが強く抱きしめてきたせいで僕の顔が、その……犬飼さんの大きなお胸に埋もれてしまったんだ……。
「んん!! んんん!!」
「見て分かんない? あたし達ハグしてるんだけど」
「いいいい、いっくん!! いつからそんなプレイボーイになっちゃったの!!」
どうやら蓮ちゃんに弁明する余地も与えてはもらえないみたい。
けどこの状況……僕としては……。
「へへ~ん、昼間のお返しよ!」
「く……この怪人巨乳ギャルめえ……!!」
「君達、いったい何を騒いで――ってコラああああ!!」
どうやら先輩もやって来たみたい。僕の今の体勢ではよく見えないけど。
そして先輩もこの状況を見てお怒りなようで……。
「い、犬飼君! そんなにベタついて――いや、私も前に……って、そうじゃない!」
「へへへ~! いいでしょ!」
自慢気に下をぺろりと出す。やっぱりこの人には敵いそうもない。
……なら、僕がすべきことの一つはこの人を――犬飼さんにあんな悲しい顔をさせないことなんだ。
この日が最初だった、僕は自分を卑下するような発言はやめようと思ったのは。
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