第99話 「独りぼっちじゃないクリスマス」
「ふぁああ……」
寒い冬の朝、大きな欠伸とともに目を覚ます。窓を開けると冷たい空気が一気に窓から部屋へ押し寄せてきて瞬時に肌に突き刺さってきた。息を吐けば途端に白くなる。
今日は十二月二十四日、いわゆるクリスマスイブ。
例によって家には僕一人。お父さんとお母さんは毎年のように旅行へ出ていて、お姉ちゃんも去年と同じように泊まりがけで出かけている。だから今年も僕はたった一人残されているんだ。
去年はたまたま外出したら犬飼さんと出会って一緒にカラオケに行ったっけ。
でも今年はなんと僕にも予定ができたんだ。
◇
「うう、寒いなあ」
凍えてしまうほど寒い空の下で佇んでいる。十二月ももう後半、毎日気温は低くて耳が痛くなっちゃう。
マフラーとニットキャップを被ってその上で手袋までつけて来たけどそれでもこの寒さは耐え難いや。
「ごめーん、遅れちゃった!」
待ち合わせ先に同じように防寒対策ばっちりに着込んだ蓮ちゃんが白い息を吐きながらやってくる。
「いや、大丈夫だよ」
今日は蓮ちゃんに誘われて一緒に出掛けることになった。去年と違いクリスマスに予定があるだなんていつ以来だろう。
昔は冬休みに一緒に出掛けていたけど、引っ越してからは当然それもできなかった。
「どこへ行くの?」
「実はこの前福引でこれを当てたんだ」
さっとチケットを見せてくる。
「これって……スケート?」
「四等の割引券なんだけど、どうせなら誘おうと思って!」
スケートかあ、実はというべきなのか分からないけどやったことがない。運動神経が全くない僕がスケートなんてできるわけがないと思って。
今日誘われることがなかったら多分一生行くことはなかったと思う。
大きなクリスマスツリーが目を引く特設スケートリンク、多くの人で賑わっていた。それでもスペースが余っているほど大きなリンクで目を奪われてしまう。
チケットを見せスケート用のシューズを借り履き替える。バランスが取りにくくて壁に捕まらないと歩くことすら難しい。
「おっとと……」
「大丈夫?」
「う、うん、なんとか」
壁に捕まりながらなんとか歩いてみる。足腰がプルプルしながらでないと歩けない。力を入れないとすぐに転んじゃいそうなんだ。
「ふう」
恐る恐る壁から手を放す。するとゆっくりだけど僕の体が前に進み始めた。
「そう、その調子――」
「わ、わ……」
バランスを取ろうと体を動かす。けど――。
「うわ!!」
「ちょ、大丈夫!?」
「いたたた……」
すぐに足を滑らせ転んでしまった。壁に強く頭を打ってしまう。
これが漫画なら頭の上を星が回っているような状態になっちゃったんだ。
「大丈夫いっくん?」
「だ、大丈夫……だと思う」
手を借りながらなんとか立ち上がる。その後も結局壁に捕まりながらなんとか立っていられるような状態で……。
つくづく自分の運動神経のなさが嫌になる。せっかく誘ってくれたのに。
その反面蓮ちゃんは初めてと言っていた割にはすぐに上手に滑れるようになっていた。
思えば昔からそうだったっけ。運動に関しては初めてでも大抵のことは彼女はすぐにできた。先輩に聞くところ格闘技の技術もめきめきと上達していて本気でプロになって欲しいとスカウトされたとか。
きっと小さいころから僕はそんなところに憧れてたんだ。僕は何もできないのに、どんなことでも卒なくこなしてしまう。それが羨ましくて仕方なかった。
彼女もまた、僕の憧れなんだ。
一通り終えてベンチで並んで温かいココアを口にする。体に包まれていた冬の冷気がちょっとずつ薄れていった。
「それにしても凄いなあ。あんなに滑れるなんて」
「ちょっと滑れば簡単だよ」
そんな台詞は僕には一生言えないと思う。
「いや、やっぱり凄いよ。昔から何でもできたもんね」
「まあ、将来のために色々やっておきたいから」
確かに女優業をするなら色んなことができた方がいい。仕事の幅も増えるだろうし。
まだ一年生なのにちゃんと先のことを見据えているのは凄いと思う。それが凄くかっこよく見えるんだ。
「もう将来のことを考えてるんだよね」
「まあね~」
「いいなあ……」
「じゃあさ、いっくんは将来何がしたいの?」
何がしたいのか、なんて考えてみるたびに分からなくなる。
「う~ん、なんだろうね……? 思い浮かばないな……」
僕はそう答えた。
けど本当はそうじゃない。頭の中に浮かんだものはある。
でも言えなかった。言っちゃいけないことぐらい僕にだって分かる。
だって、僕の中に浮かんだのは――。
『あたしのそばにいてよ』
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はい、いきなりの謝罪スタートです。
次回はいよいよ100回!そしてずっと描いてみたかった話を描きます。
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