完結編 『天罰てきめん!』
ヒロインちゃんは酔ったような表情で言い募る。
「王子は真実の愛に目覚めただけです。身分で婚約者を決めてしまうなんて間違っています。愛に自由に生きることのどこがいけないと言うのです!」
「全部です」
……一言で終わらせた。
アナも関わり合いになりたくないんだろうなー。
もの凄くめんどくさそうにアナは言う。
「『宣言具象化』を暴走させたように、元々この子は聖王家の後継者としての資質を欠いていました」
あ、バカ王子に更に追い討ちが入ってる。
「だから聖王家の血が特に濃く出た者、ブリュンヒルデを配偶者とすることで補おうとした」
「えっ、何でその女が……」
ヒロインちゃんが俺を見るが、分かってなかったのか?
「アッヘンバッハ公爵家は王家の親族ですよ」
この国の人間なら子供だって知ってることだ。
だからこその婚約だった。
そうでなきゃ、俺だって男との婚約なんて断固拒否しているところだ。
「この婚約が無ければこの子は早々に不適格者として廃嫡していたところなのです。それをこの子は驕り高ぶり、最悪の形で自らブリュンヒルデを手放した」
アナは冷たく笑う。
「真実の愛? 愛に自由に生きる? 結構なことです」
「えっ、それじゃあ……」
許された、と思ったのかヒロインちゃんが表情を輝かせるが、どこまで能天気ならそう考えることができるんだか。
「王位継承権という制約を外してあげたのですから、好きにすればいいでしょう?」
「えっ?」
「ただし廃嫡はしません」
それは、どういう意味かと言うと……
「だからフィランダー殿下を支えるべく王族の一人として、そして臣下として、この勇者学園で結果を出しなさい」
魔王討伐の鉄砲玉として使ってやるってことだった。
王位継承権という権利を取り上げ、王族の義務だけをその身に課す。
天罰てきめん、ってやつだった。
そして、ようやく理解したのかヒロインちゃんがくずおれる。
「こんな…… こんなはずじゃなかった!」
俯き、壊れたかのようにぶつぶつとつぶやく。
アナはもうそんなヒロインちゃんに目もくれず、バカ王子に言う。
「私自身も魔王に抗うべく、ブリュンヒルデに付いて行きますが……」
「そっ、それは!」
さすがにバカ王子が引き止めようとするが、
「『宣言具象化』が使えない聖王に、何の価値があると言うのです」
そう言われ、自分が元凶だけに押し黙る。
「そして、貴族特権も失くし、ただの一人の人間、ブリュンヒルデとなった彼女に劣る働きをあなたがするようなら……」
後は言わなくても分かっていますね、とでも言うようにアナは目だけで語った。
「さようなら、聖王国」
アナは天使として聖王国に別れを告げる。
「それでも私はあなたたちを愛していましたよ」
『愛していた』
過去形での言葉だった。
「自分で食べれる」
「いいからいいから」
下町の酒場でエレインをかまいながら食事を取るが、
「聖王国を普通の国に戻すいい機会だったのですよ」
俺の内心を慮るようにアナが告げる。
ばればれかー。
しかし、
「魔王が襲来したこの時期が?」
そう聞くが、アナはうなずいて見せる。
「ええ、『宣言具象化』で魔王は倒せない。もしやったらこの世界はその反動、揺り返しで壊滅です」
アナは嘆息するように言う。
「なのに貴族も国民も、聖王国だけは、自分たちだけは助かると盲目的に思いこんでいる。とんでもない驕りです」
国民が自国に愛着と誇りを持つのは良いことではあるが、行き過ぎた誇りは自分たちが特別であるという驕りと、他国への侮りとなって現れる。
それが軋轢を生み、最終的には不和、そして戦さえ引き起こすのだ。
「だから、今だからこそこの国を『宣言具象化』も無い、聖王も居ない、どこにでも在る普通の国に戻すべきなのです」
そして、秋の収穫祭に行われる武闘大会。
「魔力矢!」
立て続けに放たれたエレインの魔術がバカ王子のファミリア、火蜥蜴に先制のダメージを与える。
相手は火の精霊、血は流れないから邪妖精であり、血に執着する赤帽子であるエレインはローテンションではあったが。
「ばっ、バカな、魔力矢なんかにこれほどの威力があるはずが……」
バカ王子は驚愕するが、やり方次第で可能だぞ。
一般に魔力で造ったダーツを直射するだけの魔力矢はダメージが軽く誘導も無い役立たずと言われており、学ぶ者も実戦で使用する者もまず居ない。
だが、そんな魔力矢でも高負荷詠唱で放てばスタンダードに使われている魔力弾と同じくらいのダメージを叩き出せるのだ。
一般に高負荷詠唱は反動がきつ過ぎて術者自身を傷つけかねないため、めったに使われないものだ。
だが、魔力矢は元々の負荷が軽いため高負荷詠唱による反動も許容できる程度で済む。
その上、軽い魔術であるがゆえに詠唱時間も短くて済み、先制攻撃が可能。
そして魔力弾を一発撃つ間に魔力矢なら二発は撃ち込める。
これにより、邪妖精、赤帽子は『魔力矢しか使えないザコ』から『超有能な戦闘魔術の使い手』にランクアップするのだった。
一方、
「いい加減にしなさい!」
スパァン、といい音がしてバカ王子の顔面に、俺が振るったハリセンが叩き込まれる。
『ツッコミのハリセン』。
『無課金ユーザー』の俺でも無料でもらえるイベントアイテムだ。
この国は兵農分離が進んでいて、一般人向けには武器防具の類が売られていないからな。
まともな武具はまず手に入らないのだ。
これも物理ではなく、精神ダメージを与えるというネタ武器だったが、武闘会で使うには都合がいい。
「なんでやねん! アホか! もうえぇわ!」
俺は立て続けにツッコミを入れながらハリセンを王子に叩き込む。
おや、反撃が無いなぁ。
「どうしました王子」
「どうしましたじゃないっ! 服を着ろ服を!」
ははぁ……
「私の魅惑のボディにやられちゃったわけね」
俺は『武器から強化する無課金ユーザー』なので服は今だに初期状態のまま、チューブトップにショート丈のスパッツというヘソ出しルックのままだった。
南方出身の女戦士なんかもこれと変わらない姿で戦っているが、この格好には男性や男性型のモンスターに対し必ず先制攻撃ができるなどのボーナスが付く。
女性相手に遠慮せず攻撃できるのは『男女同権パンチ』の使い手だけだろうし、肌も露わな肢体にに見惚れてしまい後れを取るということもあるだろう。
それに王子、溜まってるだろうしなぁ、と俺は王子のパートナーであるヒロインちゃん、そのファミリアを見る。
「まさか『処女厨』を引き当てるとはね」
馬に似た真っ白な身体。
額から螺旋状に伸びた一本角。
性獣、もとい聖獣ユニコーンは、処女にだけなつくというとんでもないセクハラ幻獣である。
五つ星の超レアファミリアで、それを引き当てるのだからさすが腐ってもヒロインちゃん、という所だが……
処女にしかなつかないということは、裏を返せば王子はヒロインちゃんに手が出せないということで、やりたい盛りの健全な青少年には酷なことだろう。
そして、
「えーっ、どうして戦ってくれないのぉ」
ヒロインちゃんは動かないユニコーンにそう言って困惑しているが、分かってないのか。
「こちらは全員、乙女だものね」
ユニコーンが処女を相手に攻撃をする訳が無いのだった。
それじゃあ、そろそろ決着をつけるか。
「アナ!」
「はい!」
私の呼びかけに応え、光の翼を翻しながら天使が舞い降りた。
「天罰降臨!」
その手にあったムチが唸りを上げ、
「乱れ打ち!」
乱打が王子やヒロインたちを容赦なく打ちすえる。
「ぐぉっ!」
「きゃあああっ!」
アナが装備しているのはブル・ウィップ、牛追いムチだ。
牛をコントロールするのに使われる農具なので、『無課金ユーザー』である俺でも手に入れることができたものだ。
天使アナフィエルは強力なムチスキルを持っているので、ムチを持たせると強い。
『無課金ユーザー』はこんな風に武器や防具に転用できる日用品かイベントでもらえるネタ装備ぐらいしか入手できないので大変だが、それでも工夫次第で『課金プレーヤー』に相当する貴族、勇者学園の生徒に勝つこともできるのだった。
「勝負あり! そこまで!」
審判の判定で俺たちの勝ちが確定する。
「こっ、こんなはずでは……」
がっくりと膝をつく王子。
「まったく、武具もろくに揃えていない相手にこんなに簡単に負けますか」
アナが呆れたように言う。
「ザコ?」
エレインは血が見れなかったためか、つまらなそうに言う。
「二人とも、平然と止めを刺しに行ってるわね」
まぁ、乙女ゲー『ゴチック・エクストラ』じゃあ、ヒロインとその恋人、主役だった二人が完全にかませ犬な状態だからね。
俺も半分呆れてる。
「何で、何であんな女にユニコーンが負けちゃうの!」
ヒロインちゃんが、憎々しげに俺をにらむが……
「あらあら、いい子ちゃんぶってる化けの皮が剥がれてましてよ」
俺は軽く受け流す。
「何よ、あんたなんて悪役! アタシの引き立て役に過ぎないくせに! 王子だってアタシのものになったし! この世界はアタシのためにあるんだから!」
うわぶっちゃけたよ。
キレて俺に襲い掛かりそうになった所を衛兵に止められ引き据えられる。
まだキーキーわめいているヒロインちゃんに、俺は言ってやる。
「現実はゲームじゃありませんよ」
ヒロインちゃんはヒュッと息をのむと目を剥き絶句する。
「まさか、あんた……」
「それではごきげんよう」
そう言ってくるりと背を向ける。
ともあれ、
「これでイベントアイテム…… 武闘大会の景品はいただきね」
『コールデン・ハンマー』、やっぱりネタ武器だけど。
「そんなものより、服を着てください、服を」
「……割とどうでもいい」
追いかけてくるアナとエレインの声に、口元がゆるむのが分かる。
さぁ!
俺たちの戦いはこれからだ!
無課金ユーザーが来た! 悪役令嬢は裸アバターで暴れまくる!!(完)
お読みいただき、ありがとうございました。
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なお、反響次第で長編化、連載版の掲載も考えます。
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