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Teylingen, 9 OCT Anno 1446

 ここまで一気に書き上げて、その先は止まってしまった。あれから十年経った今、やはり書いておくことにする。けれどこの先の話は、駆け足でしかおれは書けない。

  

 ジャックが伯位を棄てた翌年、改めて式を挙げた。

 善良公は羨みつつも祝福し、フランク・ファン・ボールセレをオーステルバントの伯とした。この伯領は本来フランス王の封であり、姫の父ウィレム伯のものでもあった。

 フランス封土の伯となったフランクはフランス語で愛を誓い、おれのジャックはディーツの言葉で愛を誓った。シント・マールテンスダイクの城で、ゼーラントのおれの城で、ふたつの言葉で完全なる愛を誓い、改めて式を挙げなおした。だからこそ、いいんだと、ジャックは言った。鱈でもなく釣り針でもなく、ディーツでもフランスでもない。おまえはおまえでわたしはわたしだ。互いが認め合えるなら、それでいい。


 善良公の宮廷ではフランス語が共通語だが、ディーツも重視されている。現在のボールセレ家は公国の名門だ。ブルゴーニュ公国の海軍はボールセレが預かっている。フランク・ファン・ボールセレは今も海軍提督で、金羊毛騎士団にも叙任された。同時に叙任された本家のヘンドリック・ファン・ボールセレは、スコットランド王女メアリーを息子の嫁に貰ってもいる。

 絵師ランベルトはあいかわらず目立たないが、地道に良い仕事をしている。弟のヨハネスは名声を欲しいままにしたが、彼は先年逝ってしまった。だが彼の絵は死なない。ファン・エイクの兄弟の絵は、ゲントの祭壇画『神秘の子羊』の名声は、年々高くなっている。長兄フーベルトとヤンの名だけがその枠に刻まれてるが、ランベルトも描いている。あいつは何も言わないが、見ればわかる。


 結局子どもはできなかった。だから、シント・マールテンスダイクとズイレンは妹ノーラが継ぐことになる。そしておれに遺されたのは記憶だけだ。シント・マールテンスダイクのおれの城で、共に生きた珠玉の記憶。シント・マールテンスダイクで共に生きたあの数年は、確かに至福のときだった。けれどそれも永くは続かず、姫は胸を病んで逝ってしまった。まだ三十の半ばだった。療養のためにここティリンゲンの城に移り、この部屋で亡くなった。だからおれはここに籠った。姫に死なれた喪失感を埋めるために、私的な年代記を書き綴った。寝食もまさに忘れて没頭して書き続けたが、ルッペルモントのあの春の日で止まってしまった。幸せな日々のほうがかえって、書き残すのは辛かった。


 シント・マールテンスダイクに眠りたい。それが姫の遺言だった。死がふたりを分かつとも、永遠におまえのそばに。姫はそう言ってくれた。けれどそれはかなわなかった。姫の母マルグリットが頑強に反対し、高貴な出自に相応しいハーグの墓所に埋葬された。この毒婦は善良公の毒殺をも企んだのだが、いまだ死なずに永らえている。今となっては哀れしか覚えない。


 姫はおれに生きろと言った。後追いしかねなかったおれに、姫は言った。わたしの最期の命令だ。わたしの分までおまえは生きろ。だからおれは生きねばならない。そして砂に花を植えよう。砂地に薔薇は育つまいが、育つ花を見つけよう。ランベルトが描いてくれた白い花は、東方オリエントの花らしい。トルコの詩人が謳う花で、砂地に咲く花らしい。あの花の種を手にいれ、ここに植えよう。そして花を咲かせよう。いつの日かこのキューケンホフが見渡す限りの花園となり、おれのジャックを偲ぶものとなるように。




Mit ganzer Lyebden、



フランク・ファン・ボールセレ 

9 OCT Anno 1446

Teylingen, HOLLAND






『女伯ジャックと海の騎士』

    キューケンホフ・クロニクル   完



辰波ゆう


15 DEC Anno 2015    

Aan de Schelde


最期までおつきあい頂き、ありがとうございました。


Mit ganzer Lyebden は Graven van Holland に紹介の de Kroniek van Kattendijke (カッテンダイクの年代記)にある、ヤコバのモットーが出典です。


参考文献は

http://ncode.syosetu.com/n4876cx/18/

にまとめています。








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