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女伯ジャックと海の騎士 - Keukenhof's Kroniek -  作者: 辰波ゆう
第十一章 我が望みはひとつだけ
52/55

9 虜   Den Haag,  Anno 1432

R15 残酷描写あり。

「ヤコバの肖像は、どうなっている?」


 いつもの報告のあと唐突にそう言われ、フランクはびくりとした。善良公はいつものごとく洒落た衣に身を包み、壇上の椅子に陣取っている。洒落ているのは相変わらずだが、黒づくめの衣装でもない。黒しか着ない、というのにもそろそろ飽きてきたらしい。胴着丈はさらに短く、脚衣にぴっちり包まれた長い脚が眼についてしょうがない。今流行りのスタイルなのだがフランクには恥ずかしい。見るだけでも恥ずかしいのに、自分で着るなど考えられない。宮殿への伺候だから、フランクなりの気は使った。生地も仕立ても上質のものを選んでいるが、足首まで届く長衣だ。三十も半ばを過ぎて、見せて誇れる脚線美など持ち合わせてない。頭には、ターバンのような被り物。チャプルンだかシャプロンだか、何度聞いても覚えられない妙な名前のついた頭巾。我ながら仰々しいとも思うのだが、これを被ると髪が隠れて都合がいい。薄くなってるわけではないが、誇れる髪も持ってない。善良公とは年はひとつしか違わないが、どうあがいても勝負にならない。見てくれに自信など、最初からない。そして服の趣味ときたら。


「聞いているか?」

「は」

 とりあえず深く頭を下げる。

「ランベルト・ファン・エイクも、筆は速くはありませんので」

「ファン・エイク?」

「ヤンの兄にございます」 

「ああ、あいつだったか」

 善良公は軽く言い、肩口に垂れる布を弄った。公のこれは「帽子」と呼んでよいだろう。ターバンには見えない妙な形で、飾りの布が長く垂れて肩にかかる。これまた最新流行だ。公が被ればなんでも流行る。

「ヤンには劣るかもしれませんが、彼は彼で良い絵師です。友人だからお勧めしたわけではありません。女伯ヤコバさまの肖像も、良いものに仕上がるはずです」

「そうだな。楽しみに待つとしよう。下がって良い」 

 

 善良公にさらりと言われ、ほっと胸を撫で下ろす。なに、心配することはない。急がずとも良いと言いだしたのは、善良公自身なのだ。女伯ヤコバを嫁がせて子を産ますのは、危険だと考えたにちがいない。イザベル妃は男の子をふたりも産んだが、どちらもすでに亡くなっている。

 ランベルトが描いているのは、もはや「おれの妻」じゃない。だからこそ、いつまでたっても完成しない。最初の下絵は、まさにおれの花嫁だった。朝の光で見た花嫁は、初々しく愛らしかった。事前に知らせなかったことも、怒らなかった。伏せなくてはならない以上、しょうがない。けれどわたしも待てなかった。そう言って、面を伏せた。紅くなった耳朶が、可愛くてたまらなかった。ランベルトがいなければ、その場できっと抱きしめていた。そして腕に抱いてしまえば、そこで止りはしなかった。けれど絵師はそこにいた。善良公の財務官フランク・ファン・ボールセレは、肖像絵師を連れてきていた。肖像絵師ランベルトは同じ部屋で、ごそごそ画材の準備をしていた。画架を立てて板を置き、銀筆用の紙をとめていた。わざと大きく音をたて、存在を主張していた。

 両手を握るだけにとどめ、そして誓った。いつか時が来るまでは、貴女の赦しが出るまでは、けしておれは公言しない。貴女の夫となった今も忠誠は変わらない。貴女こそが正しい女伯だ。貴女の伯位は必ず守る。けしておれは口外しない。

 それでもわたしはおまえの妻だ。姫は甘く囁いて、そっと腹に手をあてた。白いドレスの腹のあたりは、ゆったりと膨らんでいる。臨月でも着られそうな、奇妙なかたち。それが妙に可愛いかった。もしもほんとに孕んでいたら。おれの子を産んでくれたら。思うとやっぱり頬が緩んだ。誇り高い女伯ではなく、おれの妻だ。思うともう嬉しくて、しょうがなかった。仕上がった素描の下絵は、まさに「おれの花嫁」だった。


 けれど三日と経たぬうちに、善良公から「肖像用の服」が届いた。「愛する従妹の肖像用に」おれのもとに届けられた。お洒落な公の選択らしく、洗練された豪奢な衣装。贅沢に金糸を織り込んだ、絢爛たる綾錦。胴の部分はきゅっとしまり、スカートもすんなりしている。妊婦が着られるかたちではない。かなり細身の女性でなければ絶対に入らない。袖や腰は驚くほどに細く華奢で、いくらなんでも無理だと思った。けれど見事にぴったりだった。そして腹が立つほどに、よく似合った。姫自身も嬉しげに、これはさすがに拒めないなと言って笑った。楽しそうにくすくす笑った。そして絵師のランベルトまで、こっちのほうがいいと言った。だからひとりでもやもやしている。おれにドレスは選べない。

 二度目の下絵は要求されて、善良公にも見せている。銀筆描きの素描の下絵はなかなかに良い出来で、善良公も気に入った。これが描けるだけの絵師なら、確かにヤンにも劣らない。この絵師に、この下絵で描かせなさい。公にはっきり言われているから、変更は不可能だ。そして絵の中の姫は、結婚指輪をしていない。おれと交わしたはずの指輪は、その手にはめられてはいない。見合い用の肖像ならば、はめていたらまずいだろう? 姫はあっさりそう言った。だから絵の中の姫は、もはや「おれの妻」じゃない。そしておれが愛するひとは、こんな冷たい顔はしてない。

 あれは「女伯の肖像」だ。絵師の前に立つ姫は、確かに「女伯」だ。近寄りがたい威厳と気品。豪華な衣装に凝ったかたちの被り物。円錐型のエナンではなく、左右に尖って張り出すかたち。縁にはずらりと真珠が輝き、まるで王冠みたいに見える。薄紗のベールもたっぷりとして、いかにもやんごとなき貴婦人だ。そして絵の中の姫は、冷酷な顔をしている。もしも無礼なマネでもすれば、その場で首を刎ねそうな顔。近寄りがたいというよりは、近づきたくもない顔だ。これならば、見合い用に送ってもいい。こんな冷たい顔の女は、誰も嫁には望むまい。内心そう思ったほどに、実はおれは気に入ってない。けれど姫は気に入っている。そして確かに見事な出来だ。布や真珠の質感は、息を呑むほど素晴らしい。肌や爪の表現だって、生身の姫そのままだ。ランベルトは腕をあげた。その点は間違いがない。けれど「おれの妻」じゃない。絵師もそれがわかっているから、いつまでも完成しない。絵師の前に立つ姫は、「おれの妻」の顔にならない。高貴なるヤコバ姫は、「おれの妻」ではありえない。裏からこそこそ忍びこむのが、「正式な夫」なのか? これではまるで間男だ。


 神の御前で結婚している。だからおまえこそが夫だ。わたしはおまえの子を孕み、そして必ず伯位を継がせる。姫もまた言いだして、おれはついに怒鳴ってしまった。つまりおれは胤馬か? おれにからだを許すのは、継承者を産むためか? 姫は烈火の如く怒った。怒るのは、図星だからだ。おれも激しく言い返し、そしてついに言ってしまった。これ以上我慢できない。もう顔も見たくない。それからずっと会ってない。もうずいぶん会ってない。 



「フランク卿、ファン・ボールセレ」

 唐突に名を呼ばれ、そして行手を阻まれる。槍兵ふたりを従えた役人が、書状を手に立ちふさがる。

「何用だ?」

「一緒にお越し頂きたい」 

「何用だと聞いている」

「お伺いしたいことがあります。ブルゴーニュ公フィリップさまの御命令で、内密に」

「内密?」

 ついさっき、ふたりきりで会ったばかり。

「今抵抗なさるなら、それは叛意とみなします」

 手にした書状を見せつける。確かに公の封印がある。槍兵の腰ベルトには鉄の枷が掛けてある。

「叛意などない」

「では」

 役人が頭を下げ、先に立って歩き出す。両脇に槍兵がびったりとつく。これは「逮捕」だ。バレたのだ。結婚の事実。そして対抗心。ブルゴーニュ公フィリップ善良公に対する、身の程知らずの対抗心。叛意は確かにあるかもしれない。


 どこに自分が引き立てらるか、おれは良く知っている。イェハン・ヴァンフリートと同じ道だ。おれ自身があいつを引き立て、刑吏に渡したあの道だ。ここはあの時と同じ、ハーグの宮殿。主だけはころころと変わっても、他はたいして変わらない。今度はおれが責められる。「言わせたいセリフ」を言わせるために。「ヤコバ姫と結婚した」と言わせるために。おれがそう口にしたら、姫は伯位を剥奪される。デルフトの和約に従い、善良公は姫の伯位を手にいれる。全ネーデルラントは名実ともに善良公のものとなり、姫はすべてを失くしてしまう。だからおれは喋れない。

 この世の地獄の扉が開く。武器をすべて取り上げられて、ひじ掛けつきの木の椅子を慇懃に勧められる。どういう椅子かわかっていても、断ることなどもちろんできない。血の沁みだらけのその椅子に、どっかりと腰を下ろす。


「フランク・ファン・ボールセレ。もうお分かりだと思いますが、貴方は逮捕されています」

「その理由を教えて貰おう」

 横柄な態度で応える。

「『反逆の疑い』です」

「なぜ?」

 役人の手には書状がある。赤い封蝋に押されているのは、確かに公の印章だ。だがそれは割れてない。開封はされてない。

「それを、貴方に伺いたい。なぜ貴方が裏切ったのか」

「裏切ってない」

「秘密裡に逮捕したのは、フィリップさまの温情です。納得できる理由があるなら穏便にすませよとのこと」

「理由などあるわけがない。これだけ引き立てて下さった公を裏切る理由など、あるわけがない」

「けれど貴方は裏切った」

「裏切ってない」

「では質問を変えましょう。なぜ、反逆を疑われたのか。お心当たりがあるはずです」

 心臓がびくんと跳ねた。ヤコバ姫との秘密の結婚。心当たりはもちろんある。

「思い当たることはない。これは何かの陰謀だ」

「『陰謀』ね。確かにそうかもしれません。それを話して頂きましょうか」

 耳元にささやくように、役人はそう言った。その声で思い出す。「あの時」にもいた男だ。ヴァンフリートを責めたときにも、この男はここにいた。言葉つきは穏やかだ。不気味なほどに穏やかだ。けれど下す命令は、身の毛がよだった。薄暗い地下牢でのことだから、顔までは見ていない。けれど声は覚えてる。暗い記憶が鮮明に蘇る。

「素直に話さなければどうなるか、貴方は良くご存じだ」

 その通りだ。良く知っている。

「枷をかけて欲しいですか? 指を砕いて欲しいですか? それとも」

「指は勘弁して欲しいな。字が書けなくなってしまう」

「足の指にしましょうか?」

「それではもうお守りできない。おれは善良公の騎士で、身を挺して公を庇った。そのことは」

「もちろんそれはお忘れではない。それゆえ、秘密裡に逮捕せよと」

 男は薄気味悪く笑い、傍らの兵の合図をする。抵抗すべきか考える間にがちゃりと手首に枷がかかった。両の手首がひじ掛けに固定され、もう動けない。

「ほんとに公の命令なのか!」

 思わず手に力が入る。

「おれの逮捕を『秘密』にするのは、やましいものだからではないのか?」

「ほう」

「公ならば、直接おれに問いただす。もしもおれをお疑いなら」

「そうですね。『疑い』ではなく、『確信』だということでしょう。フランク・ファン・ボールセレは再び裏切ろうとしている。裏切りの過去のあるものは、何度でも裏切るものだ」

「裏切ってない。反逆なぞ、するはずがない」 

「そうですね。貴方は裏切ってはいないのだ。本心では今も昔も変わることなく、ただひとりの方のため」

「忠誠を誓ったウィレムさまは亡くなられた。ヨハン司教に仕えたときには、よもや敵対なさるなどとは思わなかった」

 それはウソだ。おれは確かに裏切った。忠誠を誓った相手は、善良公ではなく姫だ。

「だからずっと苦しんでいた。そうですね。よくわかります」

 刑吏の手がフランクの指に伸び、そして指輪を抜いていく。小さなガーネット入りの指輪。自分の紋章入りの指輪。そして薬指にはまったダイヤモンド入りの指輪。

「ヤコバ姫から拝領したというのは」

「透明な石のがそうだ。姫の紋が脇についてる」

 あの話はみんなが知ってる。だからあえて外さなかった。ヨハン伯のもとでも、善良公のもとでも、ずっと。

「優勝の褒賞として頂いたものだ。フィリップさまもご存じのこと」

 はっきりと言い切ってやる。それは事実だ。

「そう。これは御存じです」

 ダイヤモンドの指輪をとりあげ、光にかざした。上の面だけ磨いた石が、火を映して派手に輝く。透明無色の宝玉が、虹の色を放って煌めく。

「ではこれは?」

 紅い石の嵌った指輪。

「ガーネットのは父の形見だ。これも公はご存じのはず」

 話題にした覚えはないが、これもいつもはめている。

「紋章入りのは最近作った」

 騎士叙任されたんだから、と言われて作った。男は紋章入りの指輪をとりあげ、内側まで確認している。ここには文字入れてない。ほかのは見て欲しくない。内側の文字彫だけは、絶対に見られたくない。

「そう怯えることはない。善良なるフィリップさまは、非道な拷問はするなと言われた」

 軽く息をつくとともに、絶望にも襲われる。善良公ならそう言うだろう。

「私としては、ちょっと残念なんですがね。貴方はとても責め甲斐がありそうだから」

 ぞわと背中が泡立った。

「これはお預かりします。夜にまた伺いますよ」

 刑吏は火を吹き消して去り、闇の中に残された。両手を椅子に繋がれたまま。


 真似事のような式でも、あの結婚は正式だ。ブラバン公との結婚だって、派手な式はあげてない。大きな聖堂ではなくて、宮廷内の小さな礼拝堂での式だった。フランクも立ちあわされた「実質婚」のひと月ほどあとのことで、妹が報告してきた。そしてブラバン公のほうとは、確かに「一度だけ」だろう。そして一緒に住んだことは、ブラバン公とだってない。同じ宮殿内にいてさえ、同じ部屋には眠っていない。ここもノーラが報告してきた。あの結婚に比べたら、はるかに「正しく」結婚している。こそこそとではあるにしても、何度も臥所を共にしている。そして閨の睦言は、あきらかに公への謀意。善良公よりも先に、嫡子をあげる。姫は何度言っただろう。

 式を挙げてくれた司祭は、ふたりの素性は追及してない。反対を押し切って式をあげる、ジャックとフランク。それしか知らない。「ジャック」という男の名前に一瞬だけ躊躇したが、あきらかに女性であると見てそれ以上は聞かなかった。けれど結婚証明書には、ふたりの署名が入ってる。「女伯」であるヤコバ姫と、平騎士フランク・ファン・ボールセレの、正式な署名があるのだ。そして立会い人として、ランベルト・ファン・エイクの名。ランベルト自身が作ったこれは、ヤコバ姫が持っている。万が一のときには焼き捨ててくれと言って、このおれが姫に渡した。あれがもしも見つかれば、ランベルトにも害が及ぶ。無名の司祭はまず逃げおおせるだろう。だがランベルトは無理だ。心配することありませんよ。そう言って笑った顔が、脳裏に浮かぶ。あいつのためにも喋れない。絶対に、喋るわけにはいかない。


 放置されて長い長い時が経ち飢餓感すらなくなった頃、先の男が戻ってきた。口を割る気がないとわかると実に嬉しそうに笑い、枷を解かせた。服を剥がれて別の台に寝かされる。足首は金具で台に固定され、手首は縄で縛られている。手首を縛った縄の先は、巻き上げ機に消えてるはずだ。ハンドルが重くきしみ、両腕が引き伸ばされる。基本的な責め方だから、これはよく知っている。ハンドルをもう少し回したら、囚人は悲鳴をあげる。さらに回し続ければ、脱臼もする。からだが千切れることだってあると思うが、幸いそれは目撃してない。口を割らせるつもりなら、死なないように加減する。苦しませるのが目的ならば、気絶の前に手を止める。

 四肢が強く引っ張られ、縄が手首に食い込んでくる。漏れそうになる声を堪え、必死で歯を食いしばる。その状態で、尋問が始まった。着衣で椅子に縛られるより、はるかに強い恐怖を覚える。単に火をかざされるだけでびくびくとしてしまう。話すことはない。反逆などしていない。なんとか平気な声を繕い、それだけを繰り返す。ハンドルが操作され、思わず呻く。脱臼すると思った瞬間、縄が緩んだ。ほっと息をついたところで、また詰問だ。何やらいろいろ口説いているが、おれは何も聞いてない。ここで囁く甘言は、どうせすべて撤回される。この先の運命は、もう変わることはない。喋っても喋らなくても、おれはどうせ処刑される。刑吏はまた何か言い、ハンドルを操作した。さらにきつく引き伸ばされて、ついにおれの悲鳴が響く。手先はもう感覚がない。すでに壊死しているかもしれない。また縄がわずかに緩み、そして詰問。朦朧となりながら首を振り、そしてまた手首が引かれる。

 拷問は断続的に続いた。気を失うまで責めは終わらず、気がつくと独房にいる。窓もない地下牢に放り込まれ、しばらくするとまた拷問だ。手加減はされている。責め殺すつもりもなければ、切り刻みも確かにしてない。傷だらけになってはいても、四肢はまだ落とされてない。引き伸ばしの責めの次は、水責めだった。口にじょうごをつっこまれ、無理やり水を飲まされる。腹が破裂しそうなほどに、大量に流し込む。けれど破裂させはしない。その直前に腹が押される。水を抜いて尋問し、答えないからまた繰り返す。延々と、繰り返す。さすがにもう長くはもたない。致命傷はなにもなくとも、おれはここで衰弱死する。干からびたパンは喉を通らず、口に入れても吐いてしまう。ふらつく身を引き出され、また台に繋がれる。責め手ももういらついている。焼き鏝を火につっこんでいる。真っ黒だった鉄の棒がやがて赤く光り出す。不気味な地獄の炎のように、不吉な色を放ちだす。


「もう一度聞く。話す気に、なったか?」

 絶望的に首を振った。 

「そうか。眼は要らないか」

 真っ赤に焼けた鉄の棒が近づいてくる。眼を瞑り顔をそむける。そしてごくりと唾を呑みこむ。縄が手首に食い込んでいる。無駄だとはわかっていても、無意識に手に力が入る。


「やめろ!」


 制止と同時にグワンと大きな音がした。赤く光る鉄の棒が、石の床に転がっている。

「縄を解いて差し上げろ。フィリップさまの命令だ」

 助かった。思ったとたん、また意識を失った。





 

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