↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女伯ジャックと海の騎士 - Keukenhof's Kroniek -  作者: 辰波ゆう
第十一章 我が望みはひとつだけ
51/55

8 結婚の証明

「デキちゃったわけじゃ、ないんですか?」


 ランベルトにそう言われ、耳の先まで熱くなった。

「いや、その、残念ながら……」

「残念? 残念ってあんた」


 馴染の絵師は大きい眼をより丸くして、絶句している。朝の光が照らす顔に、「あきれ果てた」と書いてある。昨夜はろくに話もしてない。初夏の夜はとても短く、無駄にする間がなかったからだ。だからこそ、姫を城に戻した今になって根掘り葉掘り問いただされてる。


「姫が言って下さったんだ。おれの子を、産みたいって」

「それでそのまま、押し倒したんじゃないでしょうね?」

 

 今度はこっちが絶句する。言われてみたら、かなり近い。誘ったのは確かに姫だが、そのあとそのまま草の上に押し倒した。冷静に思い出すなら、ほとんどあれは強姦だ。


「昨夜のことも、姫にはなんにも言ってなかった。ぼくが姫の立場だったら、完全にキレてますよ。いくら本気で惚れてたって」

「君に頼れと言ったのも、姫御自身だ。侍僧を務めたランベルトなら、式も挙げられるんじゃないのかって」

「あのね。結婚式っていうものは、女性にとってはとても大事なもんなんです。デキて焦ったわけじゃないなら、もっとじっくり準備したのに」

「準備って?」

「まずは衣装。姫の希望を聞くべきだった。それにあれは」

「最新の流行りだって言わなかったか?」

「身重のイザベラ妃の影響でね。つまり、おなかが大きくなっても着られるデザイン。肖像用の衣装にするなら、この先しばらく着れなきゃ困る。だからあの型にしたんだ。身ごもってないんなら、ああいうのは選ばない」

「これから身ごもるかもしれない。だから問題ないじゃないか」

「あんたね……」

 また大きく息をつかれた。

「『結婚』を隠すだけでもタイヘンなのに、『妊娠』をどう隠す気ですか? なんにも考えてないでしょう」

「それは……」

「ぼくはそっちが心配だった。信頼できる女官はいるのか、お産の場所のあてはあるのか。そして生まれる赤ん坊は、どこで育てるつもりなのか」

 確かになにも考えてない。

「だけどデキてないんなら、心配はない。そして子どもは作っちゃいけない。愛し合うのは『子どもを作るため』じゃないよね?」

「おれは、違う」

 子どもができたら嬉しいが、そんな冷めたものじゃない。理性も何も吹き飛ばす、強い衝動。けれど姫は冷静だ。いやじゃないのは本当だろうが、おれのようには乱れない。伯位を継いでくれる子ども。姫が求めているのはそれだ。おれに身を任すのは、そのためだ。

「姫だって、違うと思うよ」

 絵師はおれの手をとった。そしておれの指輪に触れる。小指ではなく薬指の、半ばに止まっている指輪。

「姫は『あんた』を愛してる。ゲントの城で手引きしたのは、口説けると思ったからだ。伯領を諦めて、このおれのものになれ。フランクが言いきってたら、姫はきっと落ちたはずだ」 

「けれどそうはならなかった。もしそこまで言ったとしても、姫はけして陥落してない。姫は誇り高いひとだ。けして諦めたりしない。君もそう言ったはずだ」

「なら、どうして結婚したんだ? 子どもができたわけでもないなら、あんまり意味がないことだよね? しかもこれは命がけだ」

「姫を誰にも渡したくない」

 もう二度と、渡したくない。ほかの男にまた嫁がせるくらいなら、死んだほうがずっとマシだ。そして姫が言ったのだ。このおれと結婚したいと。ならばしないわけにはいかない。命を賭けろと姫が言うなら、喜んで賭けてやる。

 ランベルトはおれを見つめ、そして深い息をついた。

「わかった。そしてもう戻せない。ヤコバ姫とフランクは、神の御前で正式の結婚をした。そしてぼくは約束通り、フランクの奥方の肖像を描く。善良公の注文ってことにして」

「それでいい」

「ずいぶん弾んだ金額だけど、本当にいいんだよね?」

「ホラント女伯の肖像だ。安い絵師には頼まない」

「昨夜の衣装は肖像用のものとして、画材と一緒にこれから持ち込む。何枚か素描して構図を決めて、そのあと板(パネル)に油彩で仕上げる。納期は別に急がない」

「それでいい。そして結婚証明書の代金は」

「それはいいよ。ぼくからのお祝いだ」

「だがあれは」

 極上の仔牛皮紙(ヴェラム)に彩色装飾。金泥まで使ったあれは、かなり値が張るはずだ。

「写字もぼくが自分でやってる。だからたいした負担じゃないよ。ぼくだって、もう『安い』絵師じゃない。それなりに稼いでる。ヨハネスほどじゃないにしてもね」

 ランベルトの弟ヨハネスは、今や善良公の絵師「ヤン・ファン・エイク」だ。お抱え絵師というだけじゃなく近侍にまで任命されて、貴族も羨む俸給を取る。

「ヤンには描かれたくないが、君になら描かれたい。ヤコバ姫はそう言っている。姫は君の絵を知っていた。『白い花(ブランシュフルール)』を描いた絵師なら描かれたい。姫ははっきりそうおっしゃった」

「ほんとに?」

 絵師の眼が輝いた。

「そしておれも信じてる。ヤコバ姫を描けるのは、ランベルト・ファン・エイクだけだ。おれの妻を描く絵師は、君をおいてほかにない。君が描く肖像こそが、結婚の証明となる」



 

 


   

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。