3 囚われの白い花
砂浜をひとりで駆けた。
十六の頃と同じに従者も連れず、ひとりきりで馬をとばした。
姫は今もあの城にいる。初めて会ったあの城に、ティリンゲンのあの城に、ヤコバ姫は引きこもってる。生まれ育ったケスノワの城じゃなく、砂丘にぽつんと建つ城に。
周囲にあるのはひたすら砂だ。どこまでも続く砂浜、そして砂丘。その上に、しょぼしょぼと生えた灌木。昔と同じ風景なのに、今見るととてもわびしい。これが「女伯」の居城なのか? 旗のひとつもあがってなければ、ひとの気配もほとんどしない。城門は堅く閉ざされ、跳ね橋も上げられたまま。
「ヤコバ姫は、ご不在か?」
大きな声で怒鳴ってみると、女の声で応えがあった。
「女伯は誰ともお会いにならぬ。ことに男はなんびとなりと、ならぬと仰せ」
「ならぬと仰せは姫ご自身か?」
食い下がったが返事はもうない。城はしんと静まり返り、さっきの声を聞いたことさえ幻だったような気になる。だがそんなはずはない。夢ではなく現実だ。
「ならぬと仰せが姫自身なら」
ここで待つ、と言いかけて止めた。待つより裏から侵入してやる。ならぬというのが善良公なら今度こそ奪い取る。これではまるで「幽閉」だ。
いったん浜辺まで戻り、昔と同じ道をたどる。いくらか育ったりんごの木には、清楚な白い花が咲いてる。けれどひと気はまるでない。小鳥さえ、さえずってない。聞こえてくるのはただ寄せる波の音。鉛色の冷たい海が、単調に打ち寄せる音。木の幹に馬を繋ぎ、菜園に潜り込む。「菜園」も変わらない。「狩猟用の城」だった昔と、規模はたいして違わない。この城に、ひとはあまり住んでない。それがはっきりわかる規模。主人である姫のほかに、何人ひとがいるのだろう。お側にお仕えするものは、姫を御守りする衛士は、いったい何人ここにいるのだ?
古い記憶を手繰り寄せ、「ジャック」が駆けた道を辿る。幼いジャックは金の髪をなびかせて、城へと駆けた。そして城の壁の中に、姿を消した。思ったとおり、ごく小さな木戸があった。鍵穴はついてないから、閂があるのだろう。けれど扉の蝶番は、思ったとおり錆付いている。これなら難なく壊せるはずだ。こじ開けようと短刀を抜いた瞬間、扉の向こうに気配を感じた。誰か、いる。
「この扉を開けたいか?」
優しい声がささやいた。扉の向こうで問いかけるのは、懐かしいひとの声。
「開けたいなら『鍵』を使え。この扉を知っているなら、おまえは『鍵』を持っているはず」
「おれは貴女の指輪を持ってる。それが『鍵』か?」
「それだけでは扉は開かない」
低く静かな姫の声に、からかうような調子が混じる。
「それでは貴女の言葉が『鍵』だ。『この次は城で話そう』遠い昔、貴女はおれにそう言った。けれどそれは果たせなかった」
「わたしの城はとても堅固だ。ふたつの鍵ではまだ足らない」
「貴女はおれの『白い花』だ。けれどおれは王子ではなく、貴女の心も得ていない。それでも貴女に一目会いたい。おれはもう抑えきれない」
低く鈍い音を立て、ゆっくりと扉が開く。
「『フランク・ファン・ボールセレ』」
姫の眼が、眼の前にある。フランクをまっすぐ見つめ、そして名を呼んでいる。
「声の主がおまえなのか、本物の『おまえ』なのか、確かめたかった。わたしはおまえを待っていた。この扉を知るものは、おまえしかない。正門で断られても、おまえならここに来る」
「姫」
「わたしは『ジャック』だ」
言って姫は微笑んだ。清楚な白い花のように。無邪気な子どもの頃のように。




