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女伯ジャックと海の騎士 - Keukenhof's Kroniek -  作者: 辰波ゆう
第十一章 我が望みはひとつだけ
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3 囚われの白い花

 砂浜をひとりで駆けた。

 十六の頃と同じに従者も連れず、ひとりきりで馬をとばした。


 姫は今もあの城にいる。初めて会ったあの城に、ティリンゲンのあの城に、ヤコバ姫は引きこもってる。生まれ育ったケスノワの城じゃなく、砂丘にぽつんと建つ城に。

 周囲にあるのはひたすら砂だ。どこまでも続く砂浜、そして砂丘。その上に、しょぼしょぼと生えた灌木。昔と同じ風景なのに、今見るととてもわびしい。これが「女伯」の居城なのか? 旗のひとつもあがってなければ、ひとの気配もほとんどしない。城門は堅く閉ざされ、跳ね橋も上げられたまま。


「ヤコバ姫は、ご不在か?」

 大きな声で怒鳴ってみると、女の声で応(いら)えがあった。

「女伯は誰ともお会いにならぬ。ことに男はなんびとなりと、ならぬと仰せ」

「ならぬと仰せは姫ご自身か?」

 食い下がったが返事はもうない。城はしんと静まり返り、さっきの声を聞いたことさえ幻だったような気になる。だがそんなはずはない。夢ではなく現実だ。

「ならぬと仰せが姫自身なら」

 ここで待つ、と言いかけて止めた。待つより裏から侵入してやる。ならぬというのが善良公なら今度こそ奪い取る。これではまるで「幽閉」だ。

 

 いったん浜辺まで戻り、昔と同じ道をたどる。いくらか育ったりんごの木には、清楚な白い花が咲いてる。けれどひと気はまるでない。小鳥さえ、さえずってない。聞こえてくるのはただ寄せる波の音。鉛色の冷たい海が、単調に打ち寄せる音。木の幹に馬を繋ぎ、菜園に潜り込む。「菜園」も変わらない。「狩猟用の城」だった昔と、規模はたいして違わない。この城に、ひとはあまり住んでない。それがはっきりわかる規模。主人である姫のほかに、何人ひとがいるのだろう。お側にお仕えするものは、姫を御守りする衛士は、いったい何人ここにいるのだ?


 古い記憶を手繰り寄せ、「ジャック」が駆けた道を辿る。幼いジャックは金の髪をなびかせて、城へと駆けた。そして城の壁の中に、姿を消した。思ったとおり、ごく小さな木戸があった。鍵穴はついてないから、閂(かんぬき)があるのだろう。けれど扉の蝶番(ちょうつがい)は、思ったとおり錆付いている。これなら難なく壊せるはずだ。こじ開けようと短刀を抜いた瞬間、扉の向こうに気配を感じた。誰か、いる。


「この扉を開けたいか?」

 優しい声がささやいた。扉の向こうで問いかけるのは、懐かしいひとの声。

「開けたいなら『鍵』を使え。この扉を知っているなら、おまえは『鍵』を持っているはず」

「おれは貴女の指輪を持ってる。それが『鍵』か?」

「それだけでは扉は開かない」

 低く静かな姫の声に、からかうような調子が混じる。

「それでは貴女の言葉が『鍵』だ。『この次は城で話そう』遠い昔、貴女はおれにそう言った。けれどそれは果たせなかった」

「わたしの城はとても堅固だ。ふたつの鍵ではまだ足らない」

「貴女はおれの『白い花(ブランシュフルール)』だ。けれどおれは王子ではなく、貴女の心も得ていない。それでも貴女に一目会いたい。おれはもう抑えきれない」

 低く鈍い音を立て、ゆっくりと扉が開く。


「『フランク・ファン・ボールセレ』」


 姫の眼が、眼の前にある。フランクをまっすぐ見つめ、そして名を呼んでいる。

「声の主がおまえなのか、本物の『おまえ』なのか、確かめたかった。わたしはおまえを待っていた。この扉を知るものは、おまえしかない。正門で断られても、おまえならここに来る」

「姫」

「わたしは『ジャック』だ」

 言って姫は微笑んだ。清楚な白い花のように。無邪気な子どもの頃のように。





 

 

 



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