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6 決着

 ブラウワーズハーヴェンの戦功で、フランク・ファン・ボールセレは騎士になった。善良公フィリップ・ド・ブルゴーニュの騎士として、正式に叙任された。


 あの戦は完勝だった。

 イングラントの敵将には逃亡されたが、釣り針党の指揮官は善良公が生け捕りにした。イングラントの船はほとんど拿捕しているし、長弓隊は全滅している。釣り針党のほうも大半が戦死か捕囚、逃げおおせたのはヤコバの旗艦にたどり着けたものだけだろう。

 こちらの損失としては、船のほうの指揮をしていたヤコブ・ファン・ボールセレの死。同い年の親類だからフランクには辛かったのだが、「ボールセレ」の名はこれでより高くなった。この年三月、まだ若いヘンドリック・ファン・ボールセレもフランクとともに、ゼーラントの提督に任命された。ブルゴーニュ公国海軍は、ボールセレに任せる。善良公フィリップは、朗らかな笑顔で言った。


 ブルゴーニュ公国。


 善良公の薄青い眼は、ずっと大きなものを見ていた。細かい勢力争いでなく、すべての地をひとつにまとめる。いつかすべてを統一し、平和な国を作って見せる。夢を語る公の眼は、ジャックの眼に確かに似ていた。物語の夢を追った、あの眼を思わす輝きだ。

 力で支配するのではなく、共に栄える。都市には自由に取引をさせ、より大きな富を生ませる。戦ではなく愛によって、結束を強めていくのだ。

 澄んだ眼をきらきらさせて、貴公子が夢を語る。ブルゴーニュとフランドルは婚姻でひとつになった。それがブルゴーニュ公国の祖だ。ヤコバが私に伯領を譲るなら、ネーデルラントもひとつにできる。ホラント、ゼーラント、フランドル、そしてエノーにブラバン。ここまではもう私のものだ。ヤコバがどうあがこうと、ブルゴーニュの版図のうちだ。


 確かにその通りだった。ネーデルラントの人心は、善良公のほうにあった。だが、姫はまだ抵抗していた。民心は離れても、姫の臣下は離れない。望みのない戦に赴き、次々に戦死していく。謝肉祭のトーナメントの面々は、もうほとんど死んでいる。ブラバン公の側近を暗殺し、処刑された庶子のウィルキン。ホルクムで戦死した、アルケルのヴィム。ヨハン伯の暗殺未遂で無残な刑死を遂げてしまったイェハン・ヴァンフリート。そしてブラウワーズハーヴェンで、リック・ファン・ハームステーデ。最後まで残っていたのは、あの時の騎士の部の優勝者、老ゼーベンベルゲンだった。このひともついに斃れる。最期まで戦い抜いて、戦場に散っていった。

 それでも姫は退こうとしない。頼みの綱は、「夫」からの援軍だ。「姫の夫」グロスター公ハンフリーは、夫の義務は果たすべきと考えていた。「妻」が助けを求めるならば、応えるのが夫というもの。そして妻の領土なら、それは夫の利益でもある。だからこそ、援軍の準備はしていた。別の女と子どもまで作っていても、ヤコバのための援軍は送るつもりで動いてはいた。善良公を恐れる兄ベドフォード公に断固たる阻止をされても、その気は確かにあったのだ。


 ヤコバ姫には最後の望みだったはずだが、その綱もぷちんと切れた。一四二八年一月、法王庁は正式に「ブラバン公との結婚の有効」を宣言した。つまり、グロスター公ハンフリーとの結婚は重婚となり、無効となった。肝心のブラバン公は前年に急死していた。だが、ハンフリーと結婚した時点では、ブラバン公は生きていた。だから、無効。

 この時点でまだ愛があったら、話はまた違っただろう。けれど愛は冷めていた。ハンフリーの心にあるのはヤコバ姫のかつての女官、エリノア・コブハム。妻でさえないヤコバには、もう援軍など送らない。義務は既に消えたのだから。 

 ヤコバはそれでも抵抗をやめなかった。勝つためではなく、死ぬために抵抗している。もうそうとしか思えない。そして側に残るものも、まだ残っているものたちも、玉砕する気としか思えない。すべてのものが、姫のために命を棄てる。みな喜んで死んでいく。アルケルのヴィムの最期の顔を思い出す。自分の名を呼ぶ姫の声に、至福の顔で死んでいった。ヴァンフリートだってそうだ。老ゼーベンベルゲンだって、きっとそうに違いない。最後はゴーダに籠城し、二万の包囲に二か月耐えた。

 

 善良公のほうが折れた。「伯位」だけは諦める。ヤコバが生きている限り、称号だけはヤコバのものだ。この条件でヤコバ姫もついに折れ、一四二八年七月デルフトの和約が調印された。実権も継承権も善良公に譲っても、「伯位」だけは姫は死守した。ヤコバ姫は善良公の許可なく再び結婚してはならず、この約束を破った日には「伯」の称号をも譲る。この最後の条件は、姫にはどうでも良かったはずだ。再び結婚する気なぞ、欠片もなかったはずだから。






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