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4 決闘の神判

「イングラントが攻めてくる。あのヤコバの要請で、大艦隊で押し寄せてくる。ゼーラントはそれを望むか? イングラントの侵略を、ゼーラントは受け入れるか?」

 新総督フランク・ファン・ボールセレは、皆を集めて問いかけた。

「おれは断じて許せない。だからこそ、善良公の側につく。そして必ず撃破する。イングラントの侵攻は、おれの手で食い止める。だから力を貸して欲しい。船が出せるものは船を、兵を出せるものは兵を、このフランクに預けて欲しい」

 海の国ゼーラントでは、すでに浮き足立っていた。イングラントは災厄を連れてくる。去年だって大洪水を連れてきた。時期だってちょうど今頃。十一月の半ば過ぎ、聖エリザベトの祝日の頃。その爪痕は癒えてない。あの怒りも癒えてない。

「おれは無駄な戦はしない。負ける戦もおれはしない。けれどおれの力だけではイングラントは打ち破れない。ゼーラントがまとまらなければ侵略者を撃退できない。だからこそ、ボールセレの名ではなく『総督』の名で召集をする。全ゼーラントの同胞よ、武器をとれ」


 続々と応えがあった。自身の領地のものはもちろん、釣り針党を領主とするものたちからも。ゼーラントをひとつにまとめ、イングラントを撃破する。身分は問わない。過去も問わない。問うのは熱意と憤り。我らの地への想いだけだ。ゼーラントは我らのものだ。神ではなくひとの手で、海から作り上げた土地。堤を築き、干拓をして守り続けてきた土地だ。この土地を、とられてたまるか。軍港がわりにされてたまるか。

 集まった船の多くは本来は商船だ。コグと呼ばれる一本マストの帆船はたいてい高いやぐらを備え、平時から武装している。富を積んで運ぶ船は、常に賊の標的となる。船乗りたちの多くは武芸もいくらか心得えている。身軽な鎧も身につけている。一見普通の胴着だが、内に小札こざねが縫いこんである。金属片をびっしりと使ったブリガンダインというやつだ。

 

 十二月。イングラントはついに姿を現した。船の数は約百二十。予想以上の大艦隊だ。まず狙ったのがスロイス。かつてここでイングラントが大勝した地。フランドルの力を借りて大勝利して、大陸への足がかりとした。その夢を見てるのだろうが今回はありえない。フランドルは善良公の手のうちにある。そしてすぐ対岸が、ボールセレ本家の本拠地。本家の当主、まだ若いヘンドリックはここで見事に初戦を飾った。撃破まではいかないまでも、上陸は許さなかった。見事海へと退却させた。

 撤退した敵軍はいったん北海へと戻り、北を目指した。ゼーラントのどこかで補給し、ホラントへと向かう気だ。補給もさせない。ホラントへも行かせない。その前に叩き潰す。一気に潰せるだけの、力をこちらもためておく。 

 イングラントの艦隊は、やはり油断できない敵だ。スロイスでの損害がいくらかはあったにしても、大艦隊には違いない。そしてその全ての船に、兵士たちを満載している。対するこちらも百二十の艦は揃えた。だがすべては出せてない。船の数では拮抗しても、積むべき兵が足りてない。ゼーラントの民ならば、船は自在に操れる。けれど彼らは訓練された兵士ではない。操船力では絶対に負けないが、戦闘員が足りてない。小競り合いを続けながら、敵を海に足止めしておく。兵数が足りてないから全艦は出してない。こちらは実は焼ける思いで援軍を待っている。善良公が整えている訓練された兵たちを、積んでからの総攻撃だ。


 年が明けて一月五日、善良公軍到着の報は入るが、出航ができてない。風向きが正反対で動けない。これは我らも同じことで、海上有利な位置を占めるよう操帆するだけの日が過ぎる。ようやく出航の連絡を受けたときには、皆が歓喜に沸き立った。ついに決戦、全艦隊で出撃だ。


「イングラントの艦隊は相も変わらず長弓で武装している。対するこちらは、鋼鉄製の十字弓。ただの十字弓じゃない。機械仕掛けで巻き上げる、強力な弓。そして火砲。善良公が持ち込んできた新式の武器。飛距離はともかく破壊力がまるで違う。アザンクールの二の舞はしない。長弓の餌食には、絶対ならない。そして皆思い出せ。時代錯誤なフランス騎士が、民兵に負けたことを。アザンクールを思い出せ。教訓を思い出せ」

 船のものがしんとする。十年前のアザンクールは皆がよく知っている。あの「虐殺」の経緯については、誰もがたっぷり聞かされている。あの時の総指揮官はハンフリーの長兄だ。つまり、当時の国王ヘンリー五世。  

「あの長弓は厄介だ。だが、船上での矢の数には限りがある。できるだけ無駄矢を射させ、消耗させる。イングラントのあの軽い矢は海風に流される。向こうもそれがわかっているから、本格的な攻撃はまだしてこない。海上での追いかけっこをやっているのは、そういうことだ。善良公の軍がついたら総攻撃だ。敵はそろそろ飢えと乾きに苛まれる頃。積んできた水と食料は、そろそろ底をついているはず。そして我らは昂ぶっている。戦意も力も満ち充ちている!」


 時間稼ぎに演説をぶっているところに、善良公がついに到着。櫓の上に立っているのは、パレード用のキンキラではない実戦向きの甲冑姿。このひとは実戦にも参加する気だ。公の旗艦に参上し、改めて海図を広げ、布陣を示す。


「やつらの位置は今」

 フランクが海図を指差す。

「そろそろ『水』が欲しくなるころ。向かっているのはここ、ブラウワーズハーヴェンでしょう。ここはハームステーデの所領ですから」

 ゼーラントのどまんなかにある港だが、ボールセレの領土ではない。醸造業者の港(ブラウワーズハーヴェン)の名をもつここはワインやビールの取引で栄えたが、同時に大事な「水場」でもある。ゼーラントには珍しく、良水が潤沢にある。ここの領主ハームステーデの当主こそ、ヤコバ軍の指揮官だ。

「ここに上陸させてやります」

 フランクはニヤリとした。敵はおそらく気づいていない。我らはわざと距離を開け、この港に「向かわせて」いる。風は彼らに「追い風」だ。ハームステーデは気づいていない。今のうちに補給をと、考えているはずだ。対岸にある島々にこちらの船が潜んでいるのも、気づいている気配はない。

「海岸線に沿って堤防が築いてあります。海からは堤防しか見えないが、越えてしまうと一面が見渡せる。このあたりの土地は海面よりはわずかに高いが、完全に平坦です」

 海図にある海岸線を指でなぞった。

「『堤防』の意味、お分かりですね?」

「高く盛り土をしてある。射撃台にちょうどいい」

「その通りです。そして、港はここです。補給物資は、当然ここにあるはずです」

 港の場所を指し示す。 

「敵は港、もしくはこの近辺に上陸します」

 海岸線をもう一度指でなぞる。海岸線は湾曲している。

「そして当然長弓隊を堤防の上に並べ、我らを迎撃してくるでしょう。ですが、現在の風向きなら」

 海から岸へと吹いている。イングラントの長弓は細いだけに風には弱い。逆風では飛距離が出ない。敵の弓は、その威力を発揮できない。

「新式の弓と火砲の威力、やつらにたっぷり見せてやろうぞ」

 善良公もにやりとする。

「敵艦の拿捕のほうは、このヤコブでよろしいですか?」

 同伴のヤコブ・ファン・ボールセレが頭を下げた。フランクとは同い年。一族のひとりでもあり、力強い片腕だ。


 自艦に戻り、指示をする。善良公の艦隊とは少し違う方向へ舵をとらせる。我々は、脇に回る。さして時間も経たないうちに、耳をつんざく火砲の爆音。善良公の先制だ。敵陣からはトランペットが鳴り響く。堤防の上にずらりと、長弓隊の盾が並ぶ。そして矢の雨が降る。

 同時にこちらも射撃を続け、敵の盾が砕け散る。敵兵がバタバタ斃れ海上の友軍からは歓声が沸き起こるが、再びトランペットが鳴り響く。新たな兵が堤防の上に並び、一斉に弓を構えた。死者が復活したように見え、友軍がはっきり乱れる。まずい。

 フランクの艦の兵も舷側に弓を構えているが、まだ撃つなと指示をする。湾曲した先のあたりに船をつけさせ、重騎兵のみ下船を命じる。「騎兵」とはいうものの、「騎士」は少ない。剣と馬を使いこなせる重装騎兵は即戦力ある戦士だが、叙任された「騎士」はほとんどいない。指揮官たるフランクからして、まだ騎士にはなってない。それでも我らこそが戦士だ。イングラントの騎士たちは、我らが討ち取る。

 

「船からの援護を頼む。敵兵は、ひとりたりとも生きて帰すな!」

 

 舷側の弓兵たちに言い残し、手綱を引いた。敵にはまだ気づかれてない。湾曲した堤防で、死角になってる。死角になってるだけでなく、堤防が半壊している。ここなら馬で越えられるはず。大洪水で決壊したあと、補修がまだされてない。港から離れたここは、あとまわしになっているのだ。息を潜めて馬を進め、堤防を乗り越える。長弓隊には気づかれてない。

 堤を越えると思ったとおり、きらきら輝く鎧が見える。長弓隊の後ろに潜む、イングラントの騎馬隊だ。


「総督」

 部下のひとりが声をあげ、地面を指差す。堤防が切れているから、当然そこはぬかるんでいる。ざっと地面を見渡して、うなずきあった。不用意に駒を入れれば足をとられる。けれど沈むほどではない。「重騎兵」というものの、我らの馬は装甲してない。我らの鎧も軽量型だ。ぬかるみへの対応は皆が十分承知している。堤防の補修には、全員が関わっている。洪水後の泥沼で、みんなもう熟知している。どれくらいまで馬で行けるか、そして。


「行こう」

 慎重に駒を進め、敵の騎兵の後ろに回る。騎馬はいずれもこっちを見てない。弓隊の背と港の方角、そっちだけを注視している。けれど数は相当にいる。こちらの二十騎に対し、数倍は軽くいる。ずらりと並ぶ馬の尻を眺めていると、二百騎くらいはいそうに思える。

「やるか」

 弓を手に、小さく呟く。

「後ろから?」

 「従騎士」のひとりが応える。いつかは騎士にと夢を見て、歳だけ食ってしまった男。フランクの同類だ。

「もちろん」

 低い声で応えてみせる。これは「戦」だ。試合ではなく実戦だ。

「『馬』を狙え。矢がつきたら散開でいく。このぬかるみを最大限に利用しろ!」

 言葉と同時に矢を放つ。次々に矢が放たれて、敵の馬が暴れだす。揃っていた隊列が、見事なまでに乱れだす。

「散開!」

 強く怒鳴って飛び出した。装甲の重騎兵なら矢はそれほど怖くないが、「馬」は別だ。馬が怯えて暴れだせば、自軍の馬が凶器に変わる。敵の射程に入る前に、馬は棄てる。それは最初に言ってある。もうフランクは完全に射程内だが、敵はまだ反撃できない。自軍の馬が邪魔をして、思うように動けない。そしてこちらは散開している。ぬかるんだ平原を広く散って駆けぬける。迎撃の敵の騎士は自在には動けない。慣れぬ泥に足をとられ、我らのようには進めない。重い鎧をつけた馬ならなおのこと。

 真っ先に出会った相手を一撃で切り捨て、次を受ける。動きの鈍い敵であっても、数では圧倒されている。煌く刃に飛び散る血潮、悲鳴に罵声。いつか馬を捨てていたが、そのあたりの記憶すらない。落ちたのか下りたのか、それすらも覚えていない。鮮血の赤い色、そして死肉。

 

「裏切り者、フランク・ファン・ボールセレ!」

 ディーツ語で声があがり、理性が戻る。血塗れの剣をふりかざすのは、リック・ファン・ハームステーデ。トーナメントの決勝で、負かした相手。指揮官の一族だ。こちらも剣を握りなおす。

「貴様は姫の騎士じゃないのか? 姫の指輪を勝ち取ったのは、あれは貴様じゃなかったのか?」

「おれは姫の騎士じゃなく、ゼーラントの総督だ」

「ゼーラントの支配者は、ハームステーデだ!」

「それはすでに過去の話」

 ギリと相手をねめつける。

「今もそうだと証明してやる! 今日こそ貴様を」

 二本の剣が火花を散らし、そのまま押し合う。

「裏切りものの、その腐れ首」

「裏切りものはそっちのほうだ。イングラントこそが敵」

 力を籠めて押し放す。

「堤の保全もできないくせに、支配者とは聞いて呆れる!」

 怒りが再び蘇る。戦があるから堤が壊れる。そして村が海に沈む。二度にわたる大洪水で、いくつ村が消えただろう。どれだけひとが溺れただろう。我らはあのあと補修した。ここは、してない。戦にあけくれ放置したまま。だからこそ、この泥沼だ。

「今すぐ戦をやめなければ、この町は海に沈む。半壊したこの堤防はいくらも保たない。君もよくわかっているはず」

 敵の眼がはっきり震えた。言われずともよくわかってる。だからこそ、「来ない」と思った。善良公の騎士軍ならば、あのぬかるみは渡れない。

「ゼーラントを思うなら、戦はもう」

「だまれェッ!」

 力任せに打ち込んできて、こちらももう余裕はない。無我夢中でからだを動かす。さすがにこいつは動きが違う。一足ごとに沈むことなく、確実に攻めてくる。考える余裕はもうない。真っ赤な飛沫が視界を塞ぎ、煌く次の刃を受ける。そこから先は、記憶がない。


 勝ち鬨で、我に返った。


 味方が大きく勝ち鬨をあげ、敵が次々囚われている。敵の騎士は我先に降参し、死よりは捕虜となるのを選んだ。私は二百騎捕虜にとったぞ。高らかに、善良公が告げている。そして累々たる死骸。イングラントの長弓隊はほぼ全滅だ。堤防の後ろに退いたところを我が軍に包囲され、殲滅された。

 

 海のほうを眺めると、そちらも勝ち鬨。あちらの指揮は一族のヤコブがとってる。停泊していたイングラントの艦隊は、ほとんど拿捕されている。イングラントの旗は降ろされ、こちらの旗のみはためいている。完勝だ。思ったとたん、ぎくりとした。左方に見える小島の脇島影に、ちらりと船影。


「馬を引け!」

 従者から手綱を受け取り、飛び乗った。

「あれを逃がすな!」

 叫んで馬を疾駆させる。堤の影で何か光った。あれは多分甲冑だ。生き残りの騎士たちが海に駆けこみ、小舟が彼らを拾いあげる。小舟はすいと浜を離れ、小さなコグへと漕ぎ出していく。

「一隻くらい、見逃してやろう」

 追いついてきた善良公が、フランクの肩を叩いた。その瞬間、トランペットが鳴り響く。一隻残ったコグ船に、ひらめいている流れ旗。風はもう島に向けては吹いてない。だからヤコバの旗だとわかる。青と白の菱紋に、金地に赤と黒の獅子。女伯ヤコバの紋の旗。櫓の上には装甲の姫。その手には長弓がある。こちらからは射程外だ。こちらにいるどの船からも、あのコグには届かない。だがあの手の長弓ならば。思ったとたんに矢を番え、打ち込んできた。波打ち際に落ちたそれを兵のひとりが拾いあげ、駆け寄ってくる。


「フィリップさま!」

 矢に文が結んである。善良公、フィリップ・ド・ブルゴーニュがいくらか濡れたそれを開け、高らかに笑い出す。

「『決闘』の申し込みだ」

「え?」

「『我が夫、グロスター公ハンフリーに代わり、ブルゴーニュ公フィリップ殿が申し込まれた決闘にヤコバが応じる』」

 周囲がどよめく。

「『我が弓に、弓で応えよ。このヤコバを射落としてみよ。貴殿の主張が正しいのなら、当たるであろう』」

 善良公がたかだかと読み上げた。失笑は、起こらない。

「面白い。あれに届く弓を持て」

 満足げな声で命じる。

「浮気女に、私の矢を射こんでやろうぞ」

 ここでどっと笑いが起こった。

「公」

 フランクだけが低く諌めた。

「この距離では届きません」

「射抜いてみせる」

 善良公はきっぱり応え、弓を受け取る。イングラントの長弓ではなく、自前の大きな十字弓。新式のこの弓の破壊力は圧倒的だ。だが飛距離では負けるはずだ。このひとは、まさかほんとに信じているのか? 神の加護で必ず当たる、と?

 堤の上で、善良公が弓を構える。何人かの重臣がすぐそばまで付き従うが、手は出すなと念を押される。

「正しきものに、神の御加護を!」

 善良公は大きく叫び、引き金を引く。鋼の弓の放った矢は煌めいて弧を描き、ヤコバの立つ櫓の横にぐさりと突き立つ。届いた! 届くはずのない距離なのに。皆がざわざわ騒ぎ出す。

 だがヤコバは冷静だ。姫の手がその矢を引き抜き、ぐいと高く天にかざした。届きはしたが、当たっていない!! 声までは届かないが、姫は態度でそう言っている。

 姫は弓を手にとった。長弓を手にとって、矢を番える。きりりとしぼって狙いをつける。善良公は両手を広げ、受ける仕草をしてみせる。さっき矢が落ちた場所より、さらに三十エルほど遠い。たとえ当たったとしても、威力はさほどないはずだ。


「伯領は、わたしのものだ!」


 姫の言葉がはっきり聞こえた。聞こえるはずのない距離なのに、はっきりとそれは聞こえた。風向きがまた変わってる。風が姫に味方している。伯領は、姫のものだ。正しくそれは姫のものだ。


 当たる。これは、当たってしまう。当たったら堤防が、決壊する!


「公!」

 フランクは大きく叫んで飛び出した。

 





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