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女伯ジャックと海の騎士 - Keukenhof's Kroniek -  作者: 辰波ゆう
第九章 対決   Anno 1425
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6 兄と妹

 逃亡に手を貸すものは、極刑を覚悟せよ。

 そう指示を出したから、「ノーラ」に手引きさせたのか? 思うと心が怒りで震える。兄の犯した裏切りの罪、妹で購えと? 


「ノーラ」

 震える声で妹を呼ぶ。ぐずぐずしている時間はもうない。

「好きなようにしろと言ったな?」

「言ったわ」

 震える声がきっぱり応える。

「これからお前をあるところに連れていく。もう兄でも妹でもない」

「上等ね。覚悟の上よ」

 言葉だけは勇ましいが、腰が砕けそうになってる。運河に飛び込む心配はない。

「おれの名は、一切出すな」

「出すもんですか。裏切りものの兄さまなんか、あたしは要らない」

 

 力を込めて櫂を使い、向きを変える。

 そろそろ皆が起き出している。急がなければ間に合わなくなる。焦りながら櫂を操り、ある宿の裏につける。運河に面した船着き場を持つ、何度か使った小さな旅籠。万が一のときのために、ここに馬を預けてあったのだ。木戸を強く五回叩く。それが合図。


「ここは……」

 ノーラが小さな声をあげた。

「黙ってろ。そして名は絶対名乗るな」 

「でも」

 けげんな顔で見回している。もちろんここは牢屋ではない。ノーラを捕えさせてたまるか。イェハンの二の舞になど、させてたまるか。


 そこでようやく扉が開き、旧知の男が舟を中に引きいれた。

「巧くいったか?」

 男が低い声で尋ねる。

「失敗した。このひとだけ逃がしてくれ」

「そのひとだけ? あんた、恋人をさらいに来たんじゃ」

「だから、失敗したんだ」

「説明してくれ。よくわからん」

「悪いがそのヒマがない。今すぐ馬をひいてくれ。このひとのぶんだけでいい」

「どういうこと? あたしもよくわからない」

「あなたの芝居で助かった。やつらは今頃捕まっている」

 ノーラがごくりと唾を呑んだ。

「意味がわかるな?」

 ノーラの芝居がなかったら、一悶着していただろう。フランクの言うとおりにせよ。馬のところで待っていろ。ニセの姫の言葉に従い、やつらは今頃捕まっている。姫も当然承知のはずだ。そして見捨てているはずだ。自分を助けにきたものたちを、まんまと囮にしたわけだから。


「旦那?」

 旅籠の男が不審げな顔になる。

「そのひとは追われてる。おれのせいで」

「ああ」

 男がニヤニヤしはじめた。

「つまり、二股ってやつですかい?」

「ぐずぐず言わずに馬を引け! じきに鐘が鳴りだすはずだ。閉門されたら、このひとは」

 言いながらもう気が気ではない。いくらなんでも、姫の侍女全員が逃亡幇助はしていまい。「朝」になればバレるはずだ。姫がいないことがわかれば警鐘が鳴らされて、市門のすべてが閉じられる。検問で見つかればノーラは……

「つまり、警鐘? 旦那、あんたの『恋人』はまさか」

「ほかの男に拉致された。『警鐘』はそっちを捕えるためで、このひとじゃない」

 男はゴクリと唾を呑んだ。

「おれはそっちを取り返しに行く。だがその前に、このひとは逃がしたい。ここからなら市門はすぐだ。頼む」

「わかった」

 男も慌てた顔になり、厩に向かう。 


「あたしのこと、逃がしてくれるの?」

 男がいなくなったのを見て、ノーラが囁く。

「あなたの身は必ず守る。おれは約束したはずだ」

「兄さまは、姫さまの後を追うの?」

「行先を、知っているのか?」

「ゴーダ」

「ゴーダ?」

 ホラントの都市を挙げられて、おれは息を呑みこんだ。遠すぎる。

「乗船は?」

「スロイス」

 妹の肩を抑え、その眼を見つめる。多分ウソはついてない。ノーラはそう信じてる。

「情報を感謝する」

「え?」

 大きな眼がより丸くなる。そしてはっきり震えだす。

「誰のことも信用するな。どちらからも狙われていると自覚しろ。そしてあの淫婦には、二度と近づくんじゃない。まっすぐ夫のもとに行き、貞淑な妻でいろ」

 大きな眼から涙がこぼれる。

「もう兄でも妹でもない。そのことも忘れるな」


「旦那!」

 馬を引いて男が呼んだ。妹を抱き上げて馬に乗せ、男に金貨を握らせる。

「市門まで送り届け、必ず外に出してくれ。残りは戻ってきてからだ」

 そこで鐘が鳴りだして、男は慌てて手綱を引いた。市門はすぐ眼と鼻の先。一本道で、ここから見える。

「巧くやれ」

 祈るように呟いて、妹の背を見送った。

 

 


 

 

  

  

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