ノーラの想い
「親愛なるフランク兄さま」
そこまで書いて手が止まる。
姫さまは、待ってらした。あたしは絶対そうだと思う。「夫」であるひとのことは、いずれフランス王にもなるひとは、お嫌いじゃないはずだ。だけどあれは「恋」じゃない。あたしだったら絶対イヤだ。ほかに想うひとがいるのに、ほかの男に抱かれるなんて。
5歳のときから一緒に育てば兄妹と変わらない。仲良くお育ちだったからこそ、はっきり「違う」とお分かりだ。あの気持ちは「恋」じゃない。「恋」でなんか、ありえない。わからせてしまったのは、フランク兄さま。そこんとこ、兄さまはわかってる?
コンスマキウムの儀がすんでから、つまり「ほんとに結婚」してから、おふたりはぎくしゃくしてる。「成立」はしたそうだけど、巧くは絶対いってない。素敵なものじゃなかったことは、あたしの眼にもはっきりわかる。姫はあれからあたしを避けてる。あからさまにじゃないけれど、ノーラの眼を避けてらっしゃる。フランクの妹の、ノーラのことを。
だから、やっちゃえば良かったのよ。
あたしはまた思ってしまう。あの兄さまに、最後まではムリだろう。だけどせめてキスくらい、そして愛撫するくらい、兄さまだってできたはず。そしたら……
だけどあたしもよくわからない。
兄さまは、ほんとはどうなの? 堅物の兄さまは、浮気相手じゃ満足できない? 相手がフランス王太子妃でも、「愛人」じゃイヤ? それともほんとに好きじゃないの? 迷惑だと思ってるの? 伯妃さまのお耳に入れば、確かに無事じゃすまないだろう。もしかして、それが怖いの?
トーナメントで優勝してから、兄さまは返事をくれない。何度も何度も匂わせたのに、一度も姿も見せてくれない。復活祭の祝祭だって、何度もあった鷹狩りだって、父さましか来なかった。兄さまがほんとにイヤなら、あたしが気をもむことじゃない。姫さまの気持ちだって、ほんとはどうかはわからない。姫さまに焦がれるひとは、ほんとに掃いて捨てるほどいる。姫が笑顔を向ける相手も、もちろん兄さまだけじゃない。いつもはきついあのお眼が、ふっと優しい色を浮かべる。あんな眼で見つめられると、誰だってドキっとしちゃう。自分だけって思っちゃう。俺こそがって思っちゃう。ヴィムさまは絶対そうだし、イェハンさまもそうだった。そしてウィルキンさまだって。
だけど違うわ。姫さまのほんとうの一番は、フランク兄さま。そう思ってしまうのは、あたしのひいき目?
あたしのフランク兄さまは、美形とはとても言えない。だけどもてないわけじゃない。少なくともヤコバ姫は、憎からず思ってる。だからこそ、あの夜に会いに行った。そこまでは、間違いないの。だから、やっちゃえば良かったのよ。
あたしはまた息をつく。そんなことはとても書けない。




