プロローグ: 決闘開始と、黒騎士のため息
帝都アステリア:
その中心部、王宮区画に隣接する一角に、巨大な円形構造が存在する。
王宮式決闘場。
それは娯楽施設ではない。
そして、ただの訓練場でもない。
貴族法に基づき、名誉・領地・時に政治そのものを決するための公式決闘施設である。
白大理石で組まれた円形の戦場。
その周囲を囲むのは階層状の観覧席。
上層には王族のための観察席。
中層には上級貴族。
下層には下位貴族とその随員。
そして中央には――!
一切の逃げ場のない白い円。
そこに立つ者は、ただ己の剣と誇りだけを晒される。
その日。
王宮式決闘場は異様な熱気に包まれていた。
その日は、貴族社会の歴史に刻まれるはずの一日になると誰もが信じていた。
「異国の傭兵風情が、貴族の場に立つなど許されると思うな!」
そう声を張り上げたのは、帝国でも最も名高い公爵家の嫡男――!
ユリアン・フォン・ファルケン。
金髪は陽光を受けて輝き、その姿はまさに“黄金の貴公子”と称されるに相応しいものだった。
「勝つのはユリアン様に決まっているわ!」
「当然ですわ!あのような異国の傭兵など、相手になるはずがありませんもの!」
「見ていらして?すぐに終わりますわよ」
観覧席から、幾つかの令嬢の声援がその金髪の男に向けられる!
剣を向けながら、彼の視線の先にいるのは、一人の黒い肌の男。
静かに立つその姿は、剣を帯びていながらも不思議なほど力みがない。
南方の王国カンバラから招聘された契約騎士!
バラカ・ンコシ。
周囲の貴族たちはざわめいていた。
「所詮は傭兵崩れだろう」
「ユリアン様に勝てるはずがない」
「異国の蛮族に過ぎん」
「ユリアン様!頑張って!」
「ユリアン様が負けるはずありませんわ!【黒い肌の民】がわたくし達、アステリア王国民の貴族に勝てるはずがありませんもの~!」
「まぁ……黒い肌の騎士ですって?ふふっ、帝国の格式も地に落ちましたわね。ユリアン様がすぐに終わらせてくださるでしょう」
誰もが勝敗を決めつけていた。
そして、その中心で――!
扇子を軽く口元に当てながら、優雅に微笑む一人の令嬢がいた。
金色の縦ロールを揺らし、完璧な姿勢で立つ侯爵令嬢。
レティシア・フォン・エーベルハルト。
「おほほほ~、愚かにもユリアン様に土下座で謝罪しようとせず、決闘を受けた瞬間からが運命の尽きですわよ!」
彼女の瞳は、迷いなくユリアンへ向いていた。
(当然ですわ……ユリアン様が負けるはずなど...)
確信みたいな揺るぎない目を彼に向けながら、内心で呟いている彼女。
(あのような異国の男など、貴族社会の秩序を乱したりすることはできませんわ!)
それは信念であり、誇りであり、疑う余地のない確信だった。
しかし――
彼女の胸の奥に、ほんのわずかな違和感があった。
それを彼女は、気のせいだと振り払う。
「決闘を開始する!」
審判の声が響いた瞬間、空気が変わった。
ユリアンが先に動く。
美しく、正確で、そして恐ろしい程に素早くて、圧倒的な剣技。
そのあまりの速さに、観衆から歓声が上がった。
勝利は誰の目にも明らかに見えた。
――そのはずだった。
次の瞬間。
カチャ―ン!
誰もが気づいた時には、ユリアンは地面に膝をついていた。
剣は弾かれ、喉元に黒い剣士の刃が静かに添えられている。
..............
一瞬の静寂。
そして――!
「……勝負あり」
低く落ち着いた声。
バラカ・ンコシは、剣を引くこともなく淡々と立っていた。
誰もが言葉を失った。
ユリアンの顔が歪む。
屈辱と怒りに震えながら叫ぶ。
「こんな……こんなはずがない!」
だが、バラカは何も言わない。
ただ静かに剣を納める。
それだけだった。
...............
その光景を見ていたレティシアの瞳が揺れる。
(そんな……ジュリアン様が負けるなんて......それに、なぜですのー!?)
(なぜ、勝ったのに誇らないんですの?)
(なぜ、勝者の顔をしていないんですの?)
理解できない。
彼女の価値観では説明できない光景だった。
だが同時に――!
その姿から目を離せない自分がいたと、気づいた彼女!
そして、決闘後の混乱の中。
広場の隅で、バラカは誰にも聞こえないほど小さく息を吐いた。
「……やれやれだな」
異国の言葉でもなく、貴族の丁寧語でもない、奇妙な響きがしてる現地の庶民語。
彼は空を見上げる。
(どうしてこうなった)
(ただ任務をこなしていたかっただけなのだがな...)
まるで巻き込まれた厄介事を嘆くかのように、肩をわずかに落とす。
そして、彼は自分の記憶を遡って、過去の、この国の王都に着いたばかりの時を思い浮かべる!
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...................
馬車の揺れ。
車輪の音。
そして、重厚な帝都の城壁が遠くに見え始める。
馬車の中。
同じ男――バラカ・ンコシが静かに座っていた。
鎧は外され、簡素な旅装。
窓の外には、巨大な帝都アステリアがそびえ立っている。
「ここが……帝都か」
低く呟く声。
その表情に緊張はない。
ただ静かな観察だけがあった。
やがて彼は目を閉じる。
(契約は十年間)
(その間に何が起こるかは……まあ、流れ次第だな...)
そして小さく息を吐く。
「……やれやれ」
馬車はゆっくりと帝都へと入っていく。
その先で待つのが――、
悪役令嬢と呼ばれる侯爵令嬢であることも知らずに......




