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スピーチ

国際巨獣研究委員会(IBRC)日本支部の総責任者である加島達哉博士が2050年11月に行った歴史的なスピーチの全文。


 紳士淑女の皆さま、そして世界中でこの放送をご覧になっているすべての皆さまへ。


 私は、国際巨獣研究委員会を代表し、この場でこれまでの調査結果を正式に発表いたします。


 2003年、日本に最初の巨獣が出現して以来、我々人類は未曾有の危機に晒されてきました。

 巨獣は次々と姿を現し、都市を破壊し、無数の命を奪い、経済も文化も、そして人類の未来さえも深刻な危機に陥れました。

 私たちは、この半世紀を恐怖と喪失の連続として生きてきたのです。


 しかし──2045年の冬。

 私たちは新たな希望と出会いました。


 その名は『ガクラ』。


 これまで誰も見たことのない存在であり、謎に包まれていた彼が現れた日を、私たちは決して忘れません。

 彼は巨獣を次々と撃退し、人類を守り、命を救い続けてきました。

 その活動は、単なる力の発露ではなく、明確な「意志」と「選択」を伴っていたのです。


 ガクラの力は常軌を逸していました。

 彼が戦いの跡に残す『棘』は、膨大なエネルギーを生み出し、土地を浄化し、水を清め、砂漠を緑化するという奇跡をもたらしました。

 その恩恵によって、荒廃した世界は息を吹き返し、私たちは再び未来を語ることができるようになったのです。


 ──しかし。

 彼が何者なのか。

 何故、この世界に現れたのか。

 その答えだけは、長らく誰にも分かりませんでした。


 そして今日、ここに、その謎に対する答えを発表いたします。


 私たちは、ガクラの存在を解明するため、長年にわたり彼の細胞を採取し、その研究を続けてきました。

 解析の結果、彼の細胞には既知の生物、未知の生物、さらには絶滅種までもを含む膨大なDNAが存在することが確認されました。


 しかし──体組織と異なり、彼の血液は全くの別物でした。

 その血液の中に含まれていたのは──人間のDNA。


 そして、その照合結果が示したのは、ひとつの名前です。

 2045年の夏、日本で行方不明となった少年。

網倉あみくら 雅久がく』君。


 ガクラの血は、彼のDNAと完全に一致していたのです。

 雅久は、広島の孤児院で育った少年でした。

 失踪当時、わずか十歳。


 孤児院や病院に残されていた彼のDNA記録と照合し、同一人物であることが明確に証明されています。

 紛れもなく、ガクラの正体は、網倉雅久その人です。


 彼はあの日、何らかの理由でその姿に変わり、巨獣に立ち向かう存在となりました。

 どのようにして、なぜそのような姿となったのか──それはいまだ解明されておりません。


 しかし、私たちは確かに接触しました。

 言葉を話すことこそできませんでしたが、ガクラは明らかに日本語を理解していました。

 その応答は、人間と生物の狭間にあるかのように曖昧で、記憶や個性の有無は判然としませんでした。

 それでも──彼が自らの命を賭して人類を守り続けているという事実だけは、揺るぎなく存在しています。


 ガクラ──いや、網倉雅久。


 彼は恐怖と絶望の時代に生まれた、最大の希望です。

 彼が背負ったものは、あまりに大きく、あまりに重い。

 けれども──彼の行動なくして、私たちはこの平和を取り戻すことはできなかったのです。


 だからこそ、私たち人類は、彼が示してくれた犠牲と勇気に報いる責任があります。

 過去と向き合い、未来を切り拓く努力を、決して惜してはならないのです。


 この真実を、どうか胸に刻んでください。

 そして──彼の行動の意味を、深く考えてください。


 ガクラに──そして網倉雅久に。


 私たちの最大の敬意と、心からの感謝を捧げます。


 ──ありがとうございました。


――――――

 

 スピーチの最後に、会場は深い静寂に包まれた後、やがて大きな拍手と感動の声が響き渡った。


■■■■■■


日本 国際巨獣研究委員会(IBRC) 日本支部 総責任者 巨獣災害対策統括官 加島達哉


 研究が進むにつれ、私たちはガクラの細胞の特異性に幾度も驚かされてきました。

 その中で、血液だけが人間──網倉雅久のDNAを含んでいたという事実は、実に衝撃的なものでした。


 この結果は、単なる異常の発見では終わりませんでした。

 むしろ、ガクラという存在の根幹に関わる重要な手がかりだったのです。

 他の組織が完全に巨獣としての構造へと変質しているにもかかわらず、血液だけが人間由来の情報を保持している──この一点は、偶然や不完全な変異では説明がつきません。


 しかし同時に、ガクラの行動原理を考えれば、それは納得のいく答えでもあったのです。

 実際の雅久の性格がどうであったかは別として、かつて確かに人間であったのならば、ガクラが人類の側に立ち続ける理由として十分でした。

 

 そして、ガクラ細胞を摂取し、変異した強化人間の多くに共通して観測された人格の変容──すなわち、攻撃性の低下、穏健さの増大、そして誠実さの獲得──についても、我々は重要な結論に至りました。

 それは決して単なる薬理作用や生理学的影響ではなく、細胞に深く刻み込まれた網倉雅久という一人の少年の痕跡が、今なお生き続けている、と。


 人格に影響を与えたのは、ガクラ細胞によるものであるのは間違いないのですが、正確には、細胞に刻まれた網倉雅久本来の性格に近づいた結果だった、と推測できるわけです。


 そして、ガクラが在り方の根底にあるものが網倉雅久という一人の少年の意思、あるいは記憶の残滓に基づくものだとすれば……。


 その仮説を基に、私たちは「ガクラとの意思疎通を試みる」プロジェクトを立ち上げました。


 手法自体は、過去に実施された透視調査と同様──救難信号による呼び出しです。

 本来、この信号は“真に必要な状況に限って使用する”という厳格な運用方針が定められていましたが、調査目的で繰り返し使用された時点で、その原則は事実上形骸化していました。

 もっとも、当時の現場において、その逸脱を問題視する者はほとんどいませんでした。


 目的は単純明快でした。


 彼が何者であるのかを知ること。

 彼が何故、人類を護るのかを知ること。

 彼の精神状態と記憶の有無を確かめること。


 接触の方法は段階的かつ慎重なものでした。

 

 まずは非侵襲的な手段から始め、視覚的・聴覚的に刺激を与え、反応を記録する。

 子供が好んだ玩具の映像、雅久に関する音声記録、そして日本語での簡潔な問いかけを繰り返しました。

 身体的接触は最終手段とし、常に安全距離を確保した上で行いました。


 驚くべきことに、ガクラは即座に日本語の語句や音声に反応を示しました。

 私たちが発した短い問い──「名前は」「調子は」「助けがいるか」──これらに対し、言語的な応答こそ確認されなかったものの、首部の傾動、視線の固定、発声に近い低周波の振動など、明確に刺激へ対応する反応が観測されました。


 しかし同時に、そこに「人間的な思考」を見出すことは困難でした。


 反応は確かに知性的でしたが、あくまで断片的であり、明確な意思表示は確認されなかった。

 問いに対して答えるのではなく、“言葉に対して反応している”ように見える場面も少なくなかったのです。


 また、同一の問いかけに対して反応の揺らぎが見られることもありました。

 ある時は明確に反応を示し、別の時には全く無反応に近い。

 この不安定性は、単なる外的要因では説明しきれず、内部の情報処理、すなわち精神状態そのものに揺らぎが存在している可能性を示唆していました。


 総合的な分析の結果、我々はこう結論づけています。


 ガクラ──すなわち網倉雅久は、かつて人間であった痕跡を確かに宿している。

 

 しかし、それを完全な形で保持しているわけではなく、巨獣化という過程において、心理的にも構造的にも大きな変容を受けている。

 ガクラの精神は、言語を理解し、人間的な思考を行う認知機能が残存している可能性は高い。

 その一方で、単一の人格として安定して機能しているわけではなく、網倉雅久としての自我は著しく希薄である、と。


 その結果として、精神は断片化し、統合を欠いた不安定な状態にある。


 それでもなお、人間的な個性や記憶の一部は確実に残存している。

 そして、その断片的な“人間性”こそが、ガクラの行動原理に強く作用している。


 この点については、複数の研究班でも見解が一致しています。


 彼が一貫して人類の側に立ち続けた理由は、本能的な行動でもない。

 その内側に残された、わずかながらも確かな“元人間としての意思”に起因するものだった。


 人類に対する非敵対性、保護行動、優先的な介入判断──それら一連の特性は、偶発的に形成されたものではなく、網倉雅久という個の残滓に由来するものである。


 言い換えれば、ガクラは完全な巨獣でもなければ、完全な人間でもない。

 両者の中間に位置する、不完全な存在です。


 そしてその“不完全さ”こそが──結果として、彼を人類の守護者たらしめている最大の要因であり、人類にとって最も都合の良い形で作用していた。


 我々は、それを最も合理的な結論として受け入れるに至りました。


 こうして研究と検証を積み重ねた末に、「ガクラは網倉雅久である」という判断は、有力な科学的事実として固まりました。


 しかし、問題は「どのように発表するか」でした。

 発表のタイミングと内容をめぐって、委員会内部では熾烈な議論が繰り返されました。


 ガクラがこれまでに成し遂げた功績──数え切れぬほどの巨獣を撃退し、人類の存続を可能にしたという事実──を考えれば、その正体は世界にとって計り知れぬ意味を持ちます。

 

 けれども、その正体が「人間」であり、しかも幼い少年であったという事実は、あまりに衝撃的であり、無用の混乱を招く可能性が極めて高い。

 信仰や倫理、国家間の思惑、さらには軍事利用を企図する勢力まで──あらゆる方面に波紋を広げることは明白でした。


 もしこの事実を秘密のままにすれば、人々はガクラをただの“神話的存在”として信じ続け、表面的な平和と安定を享受できるかもしれない。

 そのために発表を差し控えるべきだと主張する者もいました。


 だが同時に、それは科学者として、そして歴史の証人として、真実を隠すという背信行為に他ならないとも考えられたのです。


 私と多くの委員は、次のように考えました。


「真実を隠すことで得られる安定は脆く、いずれ崩れる」

「いずれ何らかの形で明らかになるのであれば、科学者自身の責任で、証拠を示し誠実に発表すべきである」

「たとえ重い現実であっても、真実を伝えることこそが科学者と人類の責務である。偽りや隠蔽は、やがてさらなる混乱を招く」


 こうした議論と熟慮を経て、私たちは結論を出しました。


 それは、科学的証拠に基づいた透明性ある発表を行う、という決断です。

 真実を公に示すことこそが、網倉雅久の犠牲とその行動に対する最大の敬意であり、また人類が未来へ進むために必要な第一歩である──と。


 そして、2050年11月。国際巨獣研究委員会日本支部の総責任者として、私、加島達哉は世界に向けてスピーチを行いました。

 その場で、ガクラの正体が一人の人間──網倉雅久であったことを、正式に明かしたのです。


 この選択は容易なものではありませんでした。

 人々の信仰を揺るがし、希望を絶望へと変える危険すら孕んでいました。


 しかし私たちは信じました。

 真実を語ることこそが、ガクラ──雅久に対する最大の敬意であり、人類が彼と真正面から向き合う唯一の道であると。

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