交易
太平洋 中型行商船グローリー号船長 ジェームズ・マッカーシー
2045年、日本で「奇妙な巨獣が人間を助けている」なんて話を聞いた時、俺たちは真っ先にデマだと確信した。
凶暴な巨獣の一匹が、人を守る。
それも、強力なビームを撃って、複数の巨獣を相手に圧倒したとか──そんな子供の妄想みたいな話、信じられるわけがなかった。
当時俺たちが滞在していたサンフランシスコ港でも、反応は同じだった。
笑い話にする奴もいれば、情報操作だと言い切る奴もいた。
通信そのものが完全に途切れているわけじゃなかったから、国単位の大まかな情勢は把握できていても、地域レベルの細かい情報は満足に行き届かない。
断片的な情報だけが飛び交い、詳細は抜け落ちる。
伝言ゲームみたいに話に尾ひれがついて、元の形が分からなくなる。
そんなことは、あの時代じゃ珍しくなかった。
だからその話も、どこかの創作物が広まったか、実際にあった出来事が伝わるうちに変に捻じ曲がって、いつの間にか都合のいい英雄譚に仕立て上げられただけだ──港には、そんな空気が流れていた。
だが時間が経っても、日本からのガクラ情報は途切れなかった。
一度きりの噂じゃない。
次々と、具体的な話が届いた。
ガクラが巨獣を倒し続けている。
それによって日本では戦力の消耗が抑えられ、部隊の温存や再配備が進んでいる。
さらに、あいつが残す“棘弾”から電力や資源が得られ、復興が進んでいる──そんな話まで混じってきた。
さすがに、そこまで情報が重なれば、「全部デマだ」と一蹴するには無理が出てきた。
胡散臭いのは変わらないが、完全な作り話とも思えなくなった。
そして、船乗りとして一番現実的な考えが、自然と浮かんできた。
もしこの話が本当なら、日本には今、まともな生産力と良質な物資が残っているはずだ。
燃料、資源、部品、食料──どれも、俺たちが喉から手が出るほど欲しているものだ。
そこで交易ができれば、俺たちの商売は久しぶりに“大儲け”になる。
希望だとか、理想だとか、
そんな綺麗な理由じゃない。
稼ぐための計算だった。
早速、俺たちは港にいた他のグループとも手を組んで、総出で動いた。
積めるだけの品。
交換用の物資。
護身用の武器。
長旅に耐えるための食料と水、予備の部品。
逃げ切れなかった時のことも考えて、ありったけを積み込んだ。
日本とアメリカは何千キロも離れている。
地図で見れば一本の線だが、実際に船で往復すれば、それだけで何か月も食う距離だ。
途中で何が起きても不思議じゃない。
道中で襲われて、万が一生き延びたとしても、そこは広大で無数の巨獣共が蠢く太平洋のど真ん中だ。
漂流して、救助を待つ?
そんなもん、来るはずがない。
そもそも、そんな希望を本気で口にする船員はいなかった。
食料が尽きるか、巨獣に見つかるか、どちらかだ。
だからそれまで、日本へ交易に行くなんて話は、リスクが大きすぎて現実的じゃなかったし、誰も本気では考えなかった。
俺たちが相手にしていた交易港は、アメリカ国内が中心で、比較的近い場所ばかりだ。
遠くてもメキシコ程度。
それ以上先は、距離より先に運の問題になる。
それでも巨獣に襲われるリスクは常につきまとい、船が帰ってこない。
乗組員が行方不明になるなんて話も珍しくなかった。
出航前には、これが最後かもしれないと分かった上で家族と別れを済ませる。
食事をする時も、「最後の晩餐かもしれない」と思って口に運ぶ。
それが、俺たち船乗りの日常だった。
そんな危険な仕事をする俺たちに、わざわざ危険を覚悟してまで日本に向かう理由など無かった。
それでも──あの時の俺たちは、そのリスクを踏まえてまで、「日本に行く理由」を手に入れていた。
話が事実かどうかは分からない。
だが、もし本当なら、あそこには宝の山があるかもしれない。
そうなったら、行かない理由の方が無かった。
船員の中には、情報を完全なデマだと信じている奴ももちろんいたが、それを賭け事のネタにして、「じゃあ実際に行って確かめて、勝敗決めようぜ」なんて言えば、不思議と誰もケチはつけなかった。
どうせ命を張る仕事だ。
だったら、張る価値のある賭けにしよう──そんな空気が、あの船には確かにあった。
サンフランシスコ港を出発してからの道中だが、アメリカ周辺海域に点在していた巨獣の縄張りを抜け、太平洋のど真ん中あたりまで進んだ頃から、俺たちの航海は想定に反して、驚くほど順調だった。
本当に拍子抜けするくらいだった。
嵐もない。
エンジントラブルもない。
巨獣の影も見えない。
通信障害もなく、補機も正常。
中型船に乗るようになってから、太平洋のど真ん中を突っ切り、何ヶ月も海の上に出続ける航海は初めてだったが、長年船に乗ってきた俺たちにとって、それ自体は大した問題じゃなかった。
正直に言って、語るような出来事がほとんど無い。
見張りは四六時中立てていたし、レーダーも常に監視していた。
それでも、何も起きなかった。
異常が無いこと自体が、逆に不安になるほどだった。
静かすぎる海は、慣れているはずなのに落ち着かなかった。
誰かが「これは嵐の前触れかも」と不安がっていたが、結局その“嵐”は来なかった。
今になって思えば、あの時の俺たちには分からなかっただけだ。
まだ姿を現す前のガクラが、日本近海で動いていたとされる時期──大量の巨獣が、理由も分からないまま不審死を起こしていた。
それがガクラ出現後も太平洋では度々起きているそうだ。
その影響を受けていたのは、日本の漁師だけじゃなく、太平洋を渡っていた俺たちも気付かぬうちに、それを受けていたわけだ
もしかしたら俺たちは、アメリカ人の中ではいち早く、ガクラの恩恵を受けていたのかもしれない。
だから航海は、ただ進むだけだった。
日が昇って、沈んで、また昇る。
機関の音を聞き、計器を確認し、飯を食って、寝る。
それを繰り返すだけ。
あの航海について聞かれても、正直に言えば、「順調だった」としか言いようがない。
これまで地獄みたいな航海を体験してきた連中ほど、きっと同じことを考えてたと思う。
順調すぎた航海で、予定よりもはるかに早く日本に近づいていく途中、俺たちは日本の漁船を見かけた。
日本近海の事情は詳しく知らなかったが、ナビで位置を確認すると、そこはまだ港まで数日はかかる距離だった。
正直、目を疑った。
まさか──あの話が本当なのか。
それとも、たまたま迷い込んだ船なのか。
そう思って、漁船の漁師に声をかけてみた。
相手は英語が話せなかったが、俺たちの船には日本語ができる通訳を務める船員がいた。
だから、意思疎通には困らなかった。
そこで聞いた話で、あの情報が事実だと分かった。
本当に、ガクラという奇妙で、とんでもない力を持った巨獣がいる。
そいつのおかげで、日本は少しずつ立ち直り始めていて、こうして沖に出て漁ができている──そういう話だった。
言葉の細かいニュアンスが分からなくても、漁師の表情を見れば十分だった。
冗談や、噂話や、誰かから聞いただけの話じゃない。
自分の生活として、当たり前に受け止めている顔だった。
日本の情報を聞いて、長い航海をしてきたとはいえ、俺たちはまだ半信半疑だった。
だが、あの漁師の話を聞いた瞬間、「これは本当だ」と腹の底で理解した。
賭けに負けた連中は、何も言わずに賭け金をこっちに渡してきたな。
その後、漁師にどの港へ向かうのか聞かれたから、「東京に行く」と伝えた。
すると彼は、少し考えてから、こう言った。
「珍しい物が欲しいなら、東京の後で広島に行くといい。あそこは、最初にガクラが現れた街だ。それなりに珍しい物が揃っていると聞いている。運が良ければ、ガクラを見られるかもしれない」
さらに続けて、「彼は巨獣を倒す時だけ現れる。東京みたいに戦力が充実した街には、ほとんど来ない。それと、もし海で巨獣に襲われたら、救難信号を出すといい。運が良ければ、ガクラが助けに来る」
正直、ありがたい助言だった。
海ってのは、ただでさえ神経をすり減らす世界だ。
命が安くなると、どうしても態度は荒れる。
下手をすれば、交易品を狙って海賊紛いのことをする連中も出てくる。
それなのに、彼は懇切丁寧に教えてくれた。
それだけ、今の日本近海には心の余裕がある。
そう感じさせるには、十分だった。
俺たちは、まず予定通り東京に向かうことにした。
そして──東京に着いてみて、度肝を抜かされた。
まず目に入ったのは、防護壁だった。
東京の防護壁自体は、もう十年以上前に建設されたはずのものだ。
だが、その壁の上には、明らかに真新しい大砲が据え付けられていた。
錆びてもいないし、補修の跡とも違う。
最近になって追加されたとしか思えない装備だった。
その時点で、俺は嫌でも理解した。
この街は「生きている」。
さらに、上空からエンジン音が近づいてきた。
最初は航空機かと思ったが、音が違う。
回転翼でも、ジェットでもない。
次の瞬間、それが赤い光を放ちながら、バイクみたいな乗り物が空を飛んできた。
自衛隊のホバーバイクだ。
それを見た瞬間、正直、目を疑ったよ。
物資が枯渇し、技術の維持すら難しくなっていた世界で、
SFに出てくるような乗り物が、現実として飛んでいたんだ。
アメリカでも、そんなもんは開発できていない。
少なくとも、俺が知る限り、そんな噂すら聞いたことがなかった。
素材がどうこう以前の問題だ。
あのサイズで、あの安定性で、あの速度。
エンジンはどうなってる?
原理は何だ?
ガソリンで飛べるのか?
それとも、全く別のエネルギーなのか?
理屈を考える前に、俺たちは完全に圧倒されていた。
ホバーバイクは俺たちの船の周囲を旋回し、一定の距離を保ちながら、明確に警戒態勢を取っていた。
見せつけるような威圧じゃないが、いつでも動けるぞ、という無言の圧力があった。
すぐに通信が入り、身元確認を求められた。
声の調子は落ち着いていたが、油断は一切感じられない。
敵か味方かを瞬時に見極めるための、慣れた動きだった。
この時点で「日本は立て直している」という話を、もう疑う気にはなれなかった。
防護壁。
新型兵装。
統制の取れた警戒行動。
少なくとも東京は、俺たちがこれまで見てきた港のような、疲弊して、ただ息をしているだけの都市じゃなかった。
東京で交易を行い、燃料を補給した後、漁師の助言通り、広島にも向かって交易をした。
結果は、どちらも大当たりだった。
膨大なエネルギーを生成するガクラの棘弾を加工した電池を動力にしたした自家発電機。
エネルギーベースの新型バズーカと、新型アサルトライフル
対巨獣レールガン。
見たことのない性質を持つ新しい金属。
豊富な半導体。
棘弾の影響を受けた野菜や牡蠣。
火薬を生成する植物の種。
そして、自衛隊のホバーバイク試験機を1台。
正直な話、俺たちが持ち込んだ武器や物資は時代遅れ感が強すぎて、釣り合いの取れた取引とは言えなかった。
それでも、日本側は取引に応じてくれた。
向こうが大きく譲歩してくれなきゃ、何一つ手に入らなかったはずだ。
そこに余裕があるのが、嫌でも伝わってきた。
交易を進める合間に、俺たちはガクラについての情報を片っ端から集めた。
政府の公式発表だけじゃない。
民間が回している情報網、港湾労働者の噂話、船員同士の交換情報、闇市で流れてくる記録データ。
とにかく、出るわ出るわって感じだった。
少なくとも、俺たちがこの航海に出た目的──「日本の噂が本当かどうか」を確かめるという点では、もう答えは出ていた。
最初に決定的だったのは、個人が撮影したという映像だ。
粗い手ブレの映像で、撮影者の呼吸音や罵声までそのまま残っている。
編集も演出もされていない、生の記録だった。
画面の中に映っていたのは、どう見ても普通の生物じゃなかった。
巨大な黒い人間のような姿。
体表は植物のようで、金属とも生体組織ともつかない質感で、腰からは太く長い尻尾のようなものが伸びている。
その“現実離れした存在”が、自衛隊の部隊と連携するように動きながら、巨獣を正面から叩き潰していく。
戦い方がまた異様だった。
ただ暴れているだけじゃない。
攻撃のタイミング、位置取り、巨獣の注意を引く動き。
明らかに「連携」を理解している動きだった。
現実離れしているのに、CGだと断じるには無理があった。
あれだけの質感と重量感、周囲の地形や破壊の整合性を、即興で作れる技術なんて聞いたことがない。
ましてや内容が内容だ。
巨獣が人間側の戦力として現れ、「味方の巨獣が登場したから共存できる」なんて受け取られかねない映像を、あの当時の世界が受け入れるはずがない。
不謹慎だ。
被害者感情を踏みにじっている。
巨獣被害で国も都市も失っていた時代に、そんな動画を流せば、賞賛より先に反発と炎上が起きる。
少なくとも、当時の世界情勢じゃ不可能だった。
だからこそ、逆に分かってしまった。
これは「見せるために作られた映像」じゃない。
ただ記録された、現実そのものだ。
映像を見終わった時、船内はしばらく無言だったよ。
誰もが同じ結論に辿り着いていた。
──ああ、これは本物だってな。
さらに調べると、日本の復興を支えていた根幹が、やはりガクラだというのがはっきりしてきた。
ガクラが前線で巨獣をぶちのめす。
その結果、日本列島の各地で被害が激減する。
防衛に割いていたリソースが、復旧や研究、インフラに回せるようになる。
しかも、戦場には大量の「棘弾」が残る。
ガクラの体から生成されるそれが、高エネルギー源として利用できると分かってから、状況は一気に変わった。
発電量は跳ね上がり、資源は循環し、工場が再稼働する。
電力が安定すれば生産が戻り、物資が流れ、雇用が生まれる。
噂話だと思っていた情報も、調べれば調べるほど裏が取れた。
棘弾の影響を受けた人間が、肉体的に強化される。
回復力が上がり、筋力や反応速度が常人の域を超える。
そうなった人間が、武装して巨獣狩りに参加している──最初は正気を疑ったよ。
だが、それすら映像で確認できた。
小型とはいえ、人間より遥かに大きい巨獣に対して、刃物一本で立ち向かう。
避け、斬り、致命点を狙って仕留めるまでの一連の流れは、まるで映画のワンシーンみたいだった。
意図していたかどうかは分からないが、結果としてガクラは「自分に依存しなくてもいい力」を人間側に与えていた。
自分が全てを守る存在になるんじゃなく、人間が自分で防衛できる段階まで引き上げる──そんな存在に見えた。
そして、あいつが現れてから、わずか1年。
日本は復興という言葉じゃ生温いレベルまで立て直していた。
壊れた国が戻ったんじゃない。
一度壊れたからこそ、まるで別世界みたいな社会を作り上げていたんだ。
日本での交易を終えて、俺たちはアメリカへ戻る準備に入った。
積み荷の量も質も、正直言って想定を大きく超えていた。
エネルギー系の機器や武装、見たことのない金属や半導体。
それに食料。
野菜も牡蠣も、保存処理をしてもなお重量感が違った。
積み込みの段階で、船の喫水線が目に見えて下がったのを覚えている。
正規の航路や港湾手続きについても、日本側は異様なほど手際が良かった。
俺たちがアメリカ人だろうが、交易商だろうが関係ない。
危険物、試作品、軍事転用の可能性がある物資については、扱いと条件が明確に決められていた。
出港前、港の外で自衛隊の警戒が付いた。
あのホバーバイクもいた。
あくまで護衛という名目だったが、積み荷を見られている感覚はあったな。
奪われる不安は一切なかったが、「見られている」という事実が、日本の余裕を物語っていた。
太平洋に出て、自衛隊の警戒が外れてからの航海も、行きと同じくらい静かだった。
嵐はなく、巨獣の反応もない。
積み荷が増えた分、速度は落ちたが、それだけだ。
ただ、船内の空気は明らかに変わっていた。
日本へ向かう時は、全員が半信半疑だったが、帰りは違う不安が湧き上がっていた。
「これをどう売るか」
「誰に見せるか」
「誰には見せないか」
そんな話ばかりになった。
特に問題になったのが、映像と資料だった。
ガクラの戦闘映像。
棘弾からエネルギーを取り出す装置の設計思想。
試作品のエンジン。
どれもが金になる。
同時に、下手に出せば命取りにもなりかねない代物だった。
だから、船内でルールを決めた。
帰港するまでは、通信で一切外に流さない。
寄港もしない。
何かあっても救難信号は最終手段だ。
行きよりも、帰りの方が神経を使った。
巨獣より、人間の方が怖くなったからな。
アメリカ近海に入った時、レーダーに複数の反応が出た。
沿岸警備隊だった。
しかも一隻や二隻じゃない。
バズーカやガトリング砲を目立つ位置に装備した、明らかに警戒態勢の編成だった。
通常なら、何でもない光景だ。
あの時代、彼らは巨獣の動向調査や遭難者の救助で、昼夜問わず海を走っていた。
俺たち船乗りにとっては、むしろ「見えたら安心する存在」だった。
だが、その時ばかりは違った。
積み荷の内容を知っている身としては、誰一人として軽口を叩く余裕がなかった。
拿捕されるかもしれない。
危険物扱いで検査され、全部持っていかれるかもしれない。
最悪の場合、俺たちごと「存在しなかったこと」にされる可能性だってあった。
結果から言えば、何事もなく港に入れた。
通信による形式的な確認と、最低限の航海記録の提出だけ。
積み荷の詳細について踏み込まれることもなかった。
位置、船籍、積み荷の申告。
こちらも必要最低限だけを答えた。
護衛される形で航行を続けたが、距離は一定以上詰めてこなかった。
臨検艇も出てこない。
こちらの動きを制限する様子もないまま、何事もなく港に入れた。
本当に拍子抜けするほど、形式的な確認だけで終わった。
後になって分かった話だが、あの時点では「日本が何か立て直しているらしい」という情報が、ようやく政府中枢に届き始めた段階だったらしい。
日本から断片的な情報は入っていたが、ガクラの存在も、日本の復興も、あまりに出来過ぎていて、上層部の中には最後までデマだと疑っている連中も多かった。
重なる目撃情報や映像があっても、「事実かどうかを判断する材料が足りない」そういう段階だったんだ。
だからこそ、実際に日本へ向かい、現地で交易し、その現状を見聞きして戻ってきた俺たちは、政府にとって格好の情報源だった。
沿岸警備隊が出てきたのも、
俺たちを止めるためじゃなく、
護衛と観察を兼ねた行動だったってわけだ。
サンフランシスコ港に着くと、埠頭にはいつもの港湾労働者より先に、明らかに場違いな連中が並んでいた。
政府関係者。
軍人。
それに学者。
全員、俺たちの船しか見ていなかった。
積み荷の一部を見せた瞬間、空気が変わった。
軍人連中は、エネルギーを利用した新型の武器や豊富な新金属、そして何より、ホバーバイクから目を離さなかった。
触れたがる。
構造を知りたがる。
質問の量が、露骨に増えた。
目つき一つとっても、「これは戦力だ」と即座に理解している連中の目だった。
一方で学者連中は、武器にはほとんど興味を示さなかった。
彼らが執拗に求めてきたのは、ガクラの情報だけだった。
映像。
行動記録。
戦闘時の状況。
周囲の地形変化。
正直、向こうが提示してきた額は、最初は控えめだった。
だから、こちらも遠慮なく値を上げたら、驚くほどあっさり金を払ってきた。
ガクラの戦闘映像を、コピーで全て渡した瞬間だった。
その場で再生され、学者も軍人も、誰一人として口を開かなかった。
映像に映る、異様な黒い巨体。
自衛隊と連携し、巨獣を圧倒する様。
破壊の痕跡と、動きの整合性。
映像を見終わった後の空気は、正直言って異様だった。
誰も「CGだ」とか、「誰かの創作映像」とは言わなかった。
誰もが言葉を選んでいたし、軽々しく感想を口にする奴はいなかった。
学者の一人が、「再生してもう一度最初から見せてくれ」と言った。
別の奴はフレーム単位で止めて、巨獣の損傷箇所やエネルギー反応を指差して何かをメモしていた。
軍人連中の視線は、少し違った。
奴らはガクラそのものよりも、背景に映っている自衛隊の装備、部隊配置、ガクラとの距離感、戦闘時の連携に目を奪われていた。
つまり、日本が「どうやって戦っているか」を見ていたんだ。
特に、ガクラの棘弾の影響を受けて肉体が強化された人間が、小型巨獣と刃物一本で渡り合い、仕留める映像を流した時は、軍人たちの目の色が変わった。
銃を使わず、訓練と肉体だけで、“化け物”と正面からやり合える人間。
あれは、軍人にとって理想的すぎる存在だった。
刺激が強すぎて、目を逸らせなかったんだろう。
その場で、簡単な聞き取りが始まった。
いつ日本に入ったのか。
誰と取引したのか。
港の警戒体制はどうだったか。
ガクラはどの頻度で現れるのか。
棘弾は本当に残るのか。
どれだけのエネルギーと資源を生み出すのか。
それを誰が管理しているのか。
どうすればガクラの影響を受けて肉体が強化されるのか。
その安全性はどうなのか。
俺たちは、知っていることだけを答えた。
誇張もしなかったし、脚色もしなかった。
事実だけで十分すぎるほどだったからだ。
その日のうちに、俺たちの船は「検疫」と「安全確認」という名目で、港の一角に留め置かれた。
拘束ではない、と何度も説明されたが、自由に動ける雰囲気じゃなかった。
積み荷は一つ一つ確認されたが、没収はされなかった。
代わりに、「正式な取引」「研究協力」「試験提供」という形に切り分けられていった。
正直な話、俺たちはかなり得をした。
政府と軍が相手だ。
値切るどころか、向こうから条件を積んできた。
一方で、全部を売ったわけじゃない。
日本から仕入れた品物の一部は手元に残した。
理由は単純だ。
あれは、金よりも先に“次の席”を用意してくれる代物だったからだ。
数日もしないうちに、噂が港中に広がった。
「日本から戻ってきた連中がいる」
「巨獣を狩る化け物がいるらしい」
最初は笑い話だった。
酒の肴か、誇張された武勇伝の類だと思われていた。
だが、政府関係者や軍人が頻繁に出入りしているのを見て、
港の空気が変わった。
噂が、確信に変わったんだ。
それから声を掛けてくる連中の質も変わった。
行商人や密売人じゃない。
企業の代理人、研究所の名刺を持った連中、それから──はっきり所属を言わない男たち。
どいつも同じことを言った。
「もう一度、日本に行けないか」
「次は、何を持ち帰れる?」
「協力できるなら、条件は出す」
正式な交易ルートが整うまでの空白期間。
その間、俺たちは都合のいい“窓口”になった。
日本へ行った。
ガクラを見た。
棘弾を持ち帰った。
日本へ行き、その変化をこの目で見て、日本の品と、ガクラの情報を持ち帰った。
それだけで、俺たちは“ちょっとした英雄”になってしまった。
当時の世界じゃ、それは武器にもなるし、呪いにもなる。
持っているだけで注目され、同時に、逃げ場もなくなる。
少なくとも、あの日、俺たちが日本から持ち帰ったのは、物資や武器だけじゃない。
世界の均衡を揺るがす現実そのものだった。
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