第20話 治癒士コレットの日記⑤「遭難」
「……ああー、喉がかわいたぶふぅ……! おいグレタ、水飲ませろぶふぅ!」
「少しだけですよ……?」
そう言われたにもかかわらず、ブタ野郎はゴクゴクと水を飲んでしまいました。
「ああ、ちょっと! 水筒2本しかないのよ!?」
グレタが怒ります。
「うるせえ! 俺はリーダーだぞ! 貴族様だぞ! 口応えするんじゃねえぶふぅ!」
「ちっ……」
パーティー内に不穏な空気がただよっています。
仲間を2人も失い、食料と水もありません。遭難のおそれも出てきました。
そのストレスにみんな苛立っているのでしょう。
その後も野営地に向かって歩き続けたのですが、いつまで経ってもたどり着けません。
昨晩走っていた時間を考えると、とっくのとうに到着しているはずです。
おそらく道を間違えています。
「あの……いったん小川まで戻りませんか? 水が心配です……」
怖いですが、ギシュールさんに言ってみました。
「そうだな……そうした方がいいか……リーダー、小川に戻りましょう」
「まじかよ!? 役に立たねえなぁ! おいグレタ! 水!」
「さっき飲んだばかりですよ!?」
「いいから貸せ!」
ブタ野郎は、グレタから強引に水筒を奪うと、再びゴクゴクと飲み始めた。
「ちっ、空になっちまったぶふぅ! ギュスール、お前の分もよこせ!」
「ダメだ! あんた1人に飲ませる訳にはいかねえ!」
「なんだとてめえ! 憶えてろよぶふぅ! レイと同じ目に遭わせてやるからな!」
「クソが……!」
ギシュールさんが木を蹴りました。
ブタ野郎には丁寧に接していた彼でしたが、怒りがピークに達しているようです。
「しょうがねえ……プレッツェルでも食うぶふぅ」
「あっ……」
ブタ野郎はポケットからプレッツェルを取り出し、バクバクと食べ始めました。
「ちょっとガリム卿!? 食料はみんなで分けましょうよ!?」
「ああん? これは僕の金で買ったプレッツェルぶふぅ。お前らに食う権利はないぶふなぁ?」
「だったら水だってそうだろうがよ! もうアンタには飲ませねえぞ!? つうか、ポーションのビン捨てんじゃねーよ! 水筒代わりにできただろうがよ!?」
「やめやめい! とりあえず小川に戻るとしようではないか!?」
フベルカーンが仲裁に入り、私たちは小川へと引き返します。
……ですが、小川にはたどりつかないまま、夜を迎えてしまいました。
私たちは口渇感に苦しみながら夜を明かします。
そしてその翌朝、再び小川を目指しましたが、やはり見つからず。
私は葉っぱにたまっていた水で喉を潤しました。
水筒はとっくに空になっています。
翌日の日没前。
「やったあ! 小川だ!」
一日中さまよい、奇跡的に小川に戻って来ることができました。
みんな笑顔でゴクゴクと水を飲みます。
まるで生き返ったようです。
しかし、森に入ってもう4日目になりますが、まともな食事をほとんどとっていません。
再び物資を回収するかを検討します。
その結果、物資はあきらめ、この小川をたどって下流へと向かうことになりました。
これには私も賛成です。川に沿って歩けば、少なくとも方向を見失うことはありませんから。
しかし5日目、この作戦は失敗に終わります。
小川は途中で地下へと潜ってしまったのです。
明日は上流へ向かおうという話になり、空腹に苦しみながら夜を明かします。
魔物の恐怖と、地面に直接寝ているせいで、疲れがまったくとれません。
そして6日目、小川の上流へ向かった私たちを絶望が襲います。
こちらも、小川が地下に潜ってしまっているのです。
私たちはいったいどうなってしまうのでしょう?
神よ、どうか私たちをお助けください……。
7日目になりました。
おそらく野営地に放置されている食料は、獣たちに食い荒らされてしまっただろうと考え、物資の回収はあきらめます。
となると、ここで救援を待つか、森を脱出するかの二択となる訳ですが、森を脱出するのは難しい状態にあります。水筒の数が心許ないからです。
ギュスールさんとグレタの水筒2つでは、どんなに節約しても1日分といったところでしょう。
ここは最低でも3日分は欲しいところです。
「――じゃあ、こうしたらどうだ?」
ギュスールさんの意見が通りました。
全員で脱出するのではなく、水筒すべてをギュスールさんに託し、彼1人に脱出してもらうのです。
その方が水は長持ちするので、成功率があがります。
そして、残された私たちは、この場で救援を待つという訳です。
「――じゃあ出発するぜ。成功を祈っててくれや」
「マジで頼むぞ。うまくいったら、これまでの無礼は許してやるぶふぅ」
「絶対脱出しなさいよ。失敗したら許さないわよ」
「なるべく早くな」
「魔物に気を付けてください」
ギシュールさんが2つの水筒と、川で捕まえたカエルの肉を持って出発しました。
水と食料はそれだけです。
また方角を見失ってしまわないか心配ですが、「木の年輪で方角を調べられるのを思い出したわ。迷ったら木を切り倒して確認するから、安心しろ」とおっしゃっていたので、大丈夫のようです。
ギシュールさんに望みを託し、私たちは頑張って飢えをしのぐことにします。