第21話 治癒士コレットの日記⑥「革命」
8日目です。お腹がすいてすいて仕方ありません。
今日までに食べたものといえば、草と川で捕まえた巻貝くらいです。
調理器具が無いので、石の上で焼いて食べます。
量は少ないし、おいしくもありませんが、我慢するしかありません。
9日目、食べ物のことで口論になりました。
これまでは皆が採取した食材をまとめて調理し、均等に分けていました。
しかし、それぞれが取ってくる量に、バラつきがあるのです。
私とグレタは野草や巻貝を見つけるのが上手で、2人で食料の8割を確保しています。
にもかかわらず均等に分配するのは不公平と、グレタが怒った訳ですね。
正直私も同じ気持ちです。
「今日から自分が採取した分は、自分が食べることにしない? その方が公平でしょ?」
「なんだとこのアマァ……!」
「ワシらに飢え死にしろと言うのか!」
「だったらもっと死ぬ気で探しなさいよ!」
「探しておるわ!」
フベルカーンはそう言いますが、男2人は寝ている姿が目立ちます。
余計なエネルギーを消費しないためだといいますが、納得できませんね。
「貴様ァ……憶えてろよ……! 森を脱出したら、お前を縛り首にしてやるぶふぅ!」
「はいはい、なんとでも言いな!」
大きなストレスのせいで、みんな攻撃的になっています。
当然私もです。
「いいぞグレタ! もっと言ってやれ!」と心の中で応援しています。
結局グレタは意見を押し通し、「自分の食い扶持は自分で稼ぐ」ルールが適応されました。
これで、私が食べる分が少し増えるかと喜んだのですが……。
「――よし、4匹捕まえた」
川で巻貝を捕まえ、たき火に持っていきます。
「……え?」
火が消えてしまっています。なぜでしょう? 薪は残っているのに?
近くにグレタがいたので、話しかけます。
「あの……火が消えちゃってます……」
「その貝、半分くれれば<火線>使ってやるよ」
「そんな!?」
「嫌ならブタに頼むか、生で食べるんだね。あははは!」
この女……! 私から食料を巻き上げるために、わざと火を消したんだ……!
どうしよう? 生で食べるなんて絶対ダメです。
加熱して食べているのに、実は下痢気味なのです。
生で食べたら食中毒になり、死を招いてしまうかもしれません。
「お願いします……」
「まいどー! <火線>」
私は、泣く泣く巻貝2つをグレタに渡し、火を起こしてもらいました。
これでは結局前と変わりません。
怒りと悲しみで、涙を流しながらの就寝となりました。
10日目。まだ救援は来ません。
ああ、パンが食べたい。
フベルカーンが何かブツブツ言いながら、葉っぱをすりつぶしています。
食事量が少ないせいで、おかしくなってきているのかもしれません。
昨晩も、ブタ野郎が夜中に叫んでいました。
グレタが、誰もいない場所に話しかけている姿も目撃しています。
もしかしたら私も、どこかおかしくなっているかもしれません。
夕方革命が起きました。
「ものども! 見よ!」
なんとフベルカーンが、魚を4匹もぶら下げているではありませんか!
いったいどうしたというのでしょう!
「ぶひぃ!?」
「ちょっと! どうしたのその魚!?」
「どうやって獲ったんですか!?」
川に魚がいるのは分かっていたのですが、誰も捕まえることができませんでした。
動きが素早く、ちょっと近づいただけで逃げてしまうからです。
「はははははは! まあちょいと錬金術を用いてな!」
――あっ!
私はすぐに察しました。
おそらくマヒ毒を流したのだと思います。
今朝すりつぶしていた葉っぱが、毒草だったのではないでしょうか?
錬金術師の彼だからこそできる技です。
これは力関係が逆転するかも。
「その魚焼くぶふよねぇ!? 半分くれれば、火を起こしてやるぶふぅ!」
「私は1匹だけでいいよ! 私にやらせて!」
「うむうむ、グレタよ。謙虚なのはいいことだぞ」
フベルカーンは満足気にうなずく。
「だがそれでもまだ高いのう……もう少し勉強してもらわんとなぁ?」
彼のいやらしい目を見て、その意味がすぐに分かりました。
こんな状況で、まだそんな欲があるとは……!
本当とんでもないヒヒジジイです!
「ちっ……分かったよ……相手すりゃいいんだろ?」
食欲には勝てなかったようです。グレタは応じてしまいました。
ヒヒジジイが私の方を見ます。
「新人はどうかな? どうだ……食べたいだろう……?」
正直、なんとしてでも魚を食べたいです。
それほど私は飢えているんです。
ですが……!
「けっこうです……!」
「ほう……いつまでその態度を貫けるか楽しみだのう……ほっほっほっ!」
乙女の矜持を貫きました。
こんな男の言いなりになるくらいなら、死を選びます。
「なあフベルカーン! 森を脱出したら、金はたんまりやるから、魚くれぶふぅ!」
「金などいらぬ。……そうだなぁ。ではブタになりきって、ブヒブヒと鳴いてもらおうか?」
「なんだと!? ふざけるなぶふぅ!」
「そうか。では私は、3匹いただくとしようではないか」
フベルカーンはニヤリと笑いました。
「ま、待てぶふぅ! 分かった! やるぶふよ! ……ぶ、ぶひぃ」
「ダメだダメだ! ブタがそのように座るのか!? 奴等は4足歩行だろう!?」
「くっそー……!」
ブタ野郎は、悔しそうに四つん這いになります。
ちょっといい気味です。
「ぶひぃ」
「もっとしっかり鳴け!」
「ブヒィ!」
「もっとだもっと!」
「ブッヒイイイイイイイイ!」
「はははははははは! いいぞ! 本当にブタのようだ! ははははははは!」
「あはははははは! ブタよりブタらしいわ! あははははははは!」
「ぷっ……」
ブタ野郎は、相当な恥辱を感じているようです。
顔が真っ赤になり、本当にブタみたいになってしまいました。
「もういいだろ! 魚をよこせぶふぅ!」
「こんなもんじゃまだダメじゃぞ! ブタが服を着るのか? ええ? そんなブタ、私は見たことがない!」
「ちくしょおおおおおおおおおお!」
ブタ野郎は憤怒しながら服を脱ぎ散らかし、粗末なモノを私たちの前に晒します。
「ははははははは! 愉快愉快! 実に愉快!」
「本当ちいさいわねえ! ネズミの赤ん坊みたい! あははははは!」
「ぷふっ……ネズミって……」
「ぶひいいいいいいいい! ここまでやったんだ! くれるぶふね!?」
フベルカーンの眼に残酷な光が宿りました。
さらに追い打ちをかけるようです。
「ブタは人前で、平然とクソをする生物なのだよなぁ……」
そう言いながら、フベルカーンはチラリとブタ野郎を見ます。
そんなことまでやらせるとは……!
レイさんより無能と言われたことに、はらわたが煮えくり返っていたのでしょうね。
「ふざけんじゃねえ! お前らの前で、貴族であるこの僕がクソしろってのかぶふ! いい加減にしろよ!?」
「ならばけっこう」
フベルカーンはピシャリと言い放ちました。
「うう……ちくしょう……ちくしょう……」
――その後、ブタ野郎とグレタは魚にありつきます。
その匂いによだれが止まらなくなりましたが、なんとか意思を貫きました。
しかし、いつまで心を強く持てるでしょうか?
森の奥へと消えていくフベルカーンとグレタを見ながら、私は神に祈りを捧げます。
おお神よ、ここが地獄と呼ばれる場所なのでしょうか?
私がいったい、どんな罪を犯したというのでしょう?
どうか、哀れでみじめな私に慈悲を与えて下さりますよう……。




