表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/32

第12話 木の魔物の襲撃

 木こりの仕事が決まった俺は、翌日アリスを連れて、意気揚々とナキルヤの森の伐採所へと向かった。


「――ん? どうしたんだ?」


 親方と木こりたちが、何か揉めている。


「いや無理っすよ! やべえ魔物がいるのに!」

「大丈夫だ! 昨日すぐに、冒険者ギルドが精鋭部隊を派遣してくれたんだ! 今頃、魔物どもを皆殺しにしてくれているはずだ!」


「いやいや、完全に退治したと判明するまでは、恐ろしくて働けねえっすよ!」


 どうやらナキルヤの森に魔物が出没したようだ。

 魔狼かゴブリンだろうか?

 だが木こりとは、けっこう腕っぷしの強い人たちである。

 オノも持っているし、襲われたところで返り討ちにできるだろう。

 実際、今まで冒険者ギルドに伐採所から依頼が来たことなどない。


「いった何があったんですか?」


 俺は木こりの一人に話かけた。


「ああ。昨日、魔物に2人殺られたんだ。無事逃げ切れた奴が言うには、木の魔物だって話だぜ」


 木の魔物? 聞いたことがないな。新種か?

 先日、遺跡で新種が発見されたばかりなのに……。

 アリスだってそうだ。こんなスライム、今まで見たことがない。

 何かが起きているのだろうか?


「みんな、頼む! 伐採所を止める訳にはいかねえ! お前らだって、金が必要だろ!?」

「そりゃまあそうですけど……」

「俺は金より命の方が大事だぜ」


「じゃあ強制はしねえ! 働ける奴だけ、この場に残ってくれ!」


 親方がそう言うと、約半数が伐採所から去って行った。

 当然俺は残る。せっかく仕事を見つけたのだ。魔物くらいで失う訳にはいかない。



「おお新人、残ってくれたか!」

「はい、もちろんです。――あの、親方。木こりたちをなるべく一か所に固まらせるようにしてもらえませんか? それだけで襲われにくくなります」


「そうか、そうだな! よしみんな! なるべくお互い離れずに仕事をしてくれ!」


 魔物が人間の集団を襲うことはほとんどなく、大抵は1人でいる人間を狙う。

 固まって行動するだけで、かなり安全性は向上するはずだ。




 こうして、木の魔物が潜む森で、俺は木こりの仕事を始める。


 木を切り倒す技術は、サバイバルの基本。もちろん会得している。

 ベテランの木こりと同等とまではいかないが、「新人にしては上手じゃないか!」と感心されるくらいには、上手くやれた。



 そして、魔物の襲撃を受けることなく、無事にお昼の休憩を迎える。


「よしアリス、昼ご飯にしよう」


 俺は、蝶々を追ってフラフラしていたアリスを呼び、他の木こりたちから離れた場所へと向かう。

 アリスが食事するところを、見られたくないからだ。


「ここに座ろうか」


 俺が丸太の上に座りパンを取り出と、アリスは俺の隣に座り、パンをじっと見てきた。腹が減っているのだろう。


「いいか? ちゃんと口から食べるんだぞ?」


 昨晩、アリスにスープを出したところ、顔をスープの中に突っ込みジュルジュルと吸収し始めたのだ。

 正直かなり怖かった。


 口を開けさせて、あーんで食べさし、人間の食事の仕方を教える。

 だがダメだった。

 スープに直接口をつけ飲んでしまうのだ。

 どうやら、スプーンを使えないらしい。


 今のアリスには、手づかみで食べられるものの方がいいだろう。

 そういう意味で、パンはもっとも良い食料だ。



「アリス、ちゃんともぐもぐして食べるんだ」


 アリスは口の中にパンを押し込んでいる。

 一切咀嚼せずに、パンが体内に取り込まれていくので、人間でないことが丸わかりだ。俺はハラハラしながら、周囲を見渡す。


「――よし、誰もいないな。……いいか? こうやって食べるんだアリス」


 俺はわざと臭いくらい、大げさに咀嚼した。

 アリスはじっと俺の顔を見ている。理解してくれただろうか?


 俺はパンをちぎり、アリスの口の中に入れてみた。

 指に唾液らしきものがつく。これは何の液体なんだ? 触って大丈夫なのだろうか? 指、溶けないよな……?


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……!


「噛むのが早すぎる! もっとゆっくり! でも偉いぞ。ちゃんとできるようになってきたな」


 アリスの頭を撫でてやる。褒めて伸ばす教育方針なのだ。

 俺が勝手にそう思い込んでいるだけなのかもしれないが、どことなく嬉しそうにしているように見える。



 パンを食べ終わると、再びアリスは蝶々を追いかけ始めた。

 だが、俺から一定以上離れることはしない。

 常に俺の居場所を確認しているようだ。こっそり離れようとしてみても絶対についてくる。


「ヒヨコと同じなのかな? まだ生まれたばかりのスライムなんだろうか? ――ん? どうしたアリス?」


 アリスが、一本の木をじっと見ている。

 まさか……!?


「魔物か!?」


 俺は斧を手に取り、アリスに近づく。


「……なんだ。カナブンを見ているだけか。驚かすなよ」


 シュパッ!

 アリスは舌を触手のように伸ばし、カナブンを捕らえ食べてしまった。


「こらっ! そんな食べ方するな!」


 もっと食事を与えないと、つまみ食いしてしまうのかもしれない。

 やれやれだ。



 結局その日は何事もなく、仕事を終えることができた。

 それから1週間、2週間と無事時が過ぎ、逃げた木こりたちも次第に戻り始める。

 そして3週間以上が過ぎた時には、ほぼ全員が復帰していた。



「よーし! みんなー! 休憩にしよう!」

「ういーっす!」


 魔物には一度も襲われていないが、まだ念のため、全員で固まっている。

 ギルドから退治完了の報告があるまでは、この体制を継続するとのことだ。


「よしアリス。食事にしよう」


 切り株から生えていたキノコをじっと見ていたアリスは、俺の元へとやって来る。


「おうアリスちゃん。あの赤いキノコは、毒キノコだから食べちゃダメだぜ」


 木こりの一人がアリスに声をかけたが、無視される。

 だが木こりは別に怒らない。みんな、アリスがそういう病気なのだと理解してくれているのだ。……まあウソなのだが。


「いただきます。ゆっくり食べろよアリス」


 もぐ……もぐ……もぐ……。

 アリスは人間と同じように、ちゃんとした咀嚼ができるようになっている。

 また人前では、昆虫を食べないよう我慢できるようにもなった

 おかげで今は、こうして同僚たちと一緒に食事が可能だ。


「あとは簡単な雑用でもできればいいんだが……」


 アリスは力があまりなく、丸太を運ぶことはできない。

 それならばせめて、枝を集めるくらいはできないかと教えてみたが、ダメだった。

 俺のそばにいることと、食べることにしか興味がないらしい。



「そういや、もう3週間以上になるけど、まだ何も報告がねえなあ」

「そうですねえ。まあ広い森ですから、けっこう時間がかかるかもしれません」


 魔物の数、生息域、どちらも不明だ。

 となれば、広範囲での捜索となるだろう。1か月かかってもおかしくない。

 場合によっては、それ以上となることもありうる。


「あのリーダーのデブ、仕事できなさそうだったからなあ……」

「おや? ギルドメンバーと会ったんですか?」


「ああ。俺は目撃者だからな。事情聴取されたぜ」


 デブ……紅蓮の魔術師ガリムか。

 木の魔物には炎が有効と判断して、ガリムを選んだのか。


「ちなみに他のメンバーはどんな奴でした?」

「えっとな――」


 木こりの話を聞く限りだと、斧を得意とする戦士ギシュール、レンジャーのアダン、火炎術師のホルガーとグレタ、錬金術師のフベルカーン、最後の一人は分からなかった。新人だろうか?

 遺跡で4人も死んだからな。募集をかけたのかもしれない。


「木に強いパーティー構成って訳か……」


 だが、木じゃなかったら?

 新種の魔物相手に、この構成は悪手だと思える。

 もっと汎用性のあるパーティーを組むべきだ。


 俺だったら、三属性の魔法すべてをカバーできるようにし、視界が悪く迷いやすい森での討伐なのだから、レンジャーも最低2人は用意する。

 それと、錬金術師がフベルカーン? あいつは初級錬金術までしか持っていなかったはずだが? 奴には荷が重すぎではないか?


 ……ああ、でも中級錬金術を持っていた奴も辞めたか。あいつもゲラシウスから嫌がらせを受けていたからな。

 俺の知らないもう1人は、おそらく新人だろうし、まあ何にせよ、悪い編成であるのは間違いない。


 そんなことを考えながらパンをかじっていると、アリスが突然立ち上がった。


「どうしたアリス? 気になる虫でもいたか?」


 アリスはキョロキョロと辺りを見回すと、森の奥の方を見つめる。


 これはもしや……!



「うわああああああああああ!」


 アリスが見ていた方向から、悲鳴が聞こえてきた。


「な、なんだ!?」

「ついに魔物が出たようです!」


 おそらく用を足すため、1人で森の奥に行ったところを襲われたのだろう。

 俺は手斧を握りしめ、森の奥へと駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ