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三国志遊戯  作者: 三十四
184年9月
14/14

第十三話

 曹操軍の手前でターン送りをやめて進む。

 ほどなくして、曹操軍の陣が見えてきた。


「曹操様に、我が国から贈り物をお届けしたい」


 と、門番の兵に伝えると、彼らは「しばし待たれよ」と待たされた後、通してくれた。


 俺の秘策は、曹操が拒否しようとも、持って来た金をそのまま置いて帰るということだ。


 俺の『見たまま』が優先されるというのなら、これは俺の国の金が曹操に渡っていることになるはずだ。

 すなわち【贈物】が成功していると判定されるはずなのだ。


 俺は曹操のいる陣幕へと案内され、王双とともに中に入る。


 ずらりと並ぶ将官たち。そして、その奥の席に少女が頬杖をついていた。

 俺と同じくらいの年齢の少女で、ショートの黒髪。切れ長の目を退屈そうに俺に向けている。この子が、曹操。頭の中に浮かぶ情報ウィンドウで確認。


 その奥にいるのは、左目に眼帯をした少女だ。情報ウィンドウを見なくてもわかる。夏候惇であろう。


 

「温州蜜柑でございます」


 側にいた侍女が、曹操の口元へと剝いた蜜柑を持っていく。それを、小さく口を開けて食べさせてもらっている。

 俺は視線だけをぐるりと巡らす。どの少女たちも、不信感丸出しの表情をしている。

 まるで、女の子だらけのフルーツパーラーに、男一人で来店したときみたいだ。

 圧倒的アウェイ感。

 だが、そんなものを感じている暇はない。

 俺は、中国式の礼をし、口上を述べる。


「本日は、曹操様に贈り物を持ってまいりました」

「……」

「……」


 あ、あれ?

 ちらりと曹操を見てみる。

 先ほどと変わらず、俺を興味なさそうに見ている。

 えと……


「ぜ、是非とも、お受け取りいただきたいと思います」

「……」

「……」


 陣幕には、俺の声だけが響く。

 えっと、これは、失敗、なのか?

 救いを求めるように、王双を見る。彼女は外交に来たというのに、ふてぶてしく腕を組んでいた。

 う、うーん。

 まあ、いいや。当初の予定通り金だけおいて帰ろう。 



 ぱん、ぱん。

 手をたたく音。曹操の側に侍る金髪の少女が、手をたたいたのだ。


「小田裕也殿。せっかくここまではるばるやってきたのだ。食事でもいかがかな?」

「え? いや――」


 が、外交の成否は?

 そんなこと構わずに、彼女は侍女に命じた。


「宴の準備をせよ。客人を待たせるな! 戦場にて大したもてなしは出来ませぬが、どうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ」

「い、いやお構いなく」

「さあさ。曹操殿のお隣りへ……あ、従者殿は、失礼ながら末席へお願い致します」

 

 情報ウィンドウで確認。こ、この子が賈詡?


【賈詡文和】

 統率 71

 武力 45

 知略 95

 政治 87

 魅力 74


 【特技】

 【騎兵LV1】【虚報】【罠】【冷静沈着】【策謀】【罵声】【弁舌】【挑発】


 賈詡といえば、三国志の著者陳寿から「前漢の張良や陳平に次ぐ」と評されていた人物である。小学生くらいの小柄な少女であり、金髪のツインテール。それがにこにこと笑みを浮かべているのである。



 宴の準備が慌ただしく始まっていく中、俺は隣に座っている曹操に尋ねる。


「これは一体、どういう事なんですか?」

「……」


 彼女は興味なさそうに自分の爪をじっと見ているだけだ。


 じゃあ、他の人間は、というと、誰も答えてくれそうにはなかった。

 

 宴をするということは、俺を歓待したいのか? でも何のために?

 まったく曹操軍のやっていることは分からない。


 陣幕に楽隊が入ってきて、音楽を奏で始める。

 そして、次々に料理が運ばれてくる。

 まあ、ちょうどお腹が減ってるし、食べるけどさ……


「……」

「……」


 誰もかれもが、黙って料理に箸を付けている。荘厳な音楽の中で。食べていないのは、王双だけだ。彼女は腕を組んで座っている。

 かなり異様な光景だった。


 呂布と目が合った。

 誰もかれもが俺に目を合わせない中で、一人だけ俺を見ている。にやにやと。底意地が悪そうに。

 ……何なんだ?


「裕也様? 飲んでいらっしゃいますか?」


 にこにこと賈詡が酒を持ってきた。


「いや、俺は酒は――」

「あら? 曹操軍の酒は飲めないと?」


 いや、酒自体が飲めないんだけど……

 そういわれてしまえば、空けないわけにはいかない。俺は、杯にその酒を注いでもらう。

 さ、酒かあ。うーん。ええい、ままよ!


「あ」


 突然、俺の盃が叩き落されてしまった。何者かが体当たりをしてきたためである。


「あははははは! ごめん、ごめん、勢い余ってぶつかってしまったわ」


 ケラケラと笑いながら、女の人が謝罪する。わかめみたいな縮れ毛からふんわりと甘い匂いが鼻をつく。俺の顔のすぐ近くに、へらへらと笑う、早くも酔っぱらったお姉さんがいる。


 情報ウィンドウで確認。こ、この人が費禕? 



【費禕文偉】

 統率 70

 武力 28

 知略 84

 政治 95

 魅力 85


 【特技】

  【鼓舞】【罠】【弁舌】


 費禕は蜀の三代目丞相であり、軍事・政治と孔明のように辣腕を振るった。とかく、この人の政治力やバランス感覚は際立っていて、呉との同盟締結、魏延と楊儀の取り成し、そして、その仕事量もそうだろう。遊びながら仕事をしても同輩の董允が「わたくしの力は全く及ばない」と嘆息したのだという。


 まあ、確かに遊んでいる感じの人だが、仕事をたくさんこなせるようなイメージは湧かない。


「まあ、まあ。一献。さささ。あ、そうだ。劉禅様はお元気ですか?」


 劉禅だって?


「劉禅とお知り合いなのですか?」

「勿論。彼女を養育したのは、この私です」

 

 ふーん。劉禅と面識があるのか。だから、俺に対してこんなフランクに? でもちょっと……胸が当たってるんですけど。

 

 と、空になった杯に再び酒を注ぐ費禕。


「飲み過ぎですぞ費禕殿」


 と、賈詡が怖い目で見ている。


「まあまあ、呉越同舟というではないですか。大いに楽しみましょう!」

「呉越同舟……?」


 大いに楽しみましょうと言う、費禕の言葉に、誰も賛同しない陣幕内。

 

 はあ、と心の中でため息をついて、俺は杯を呷る。ん?

 何も味がしない。

 これって……もしかして。


「おお、良い飲みっぷりですなあ! さあ、もう一献」


 杯に、費禕が液体を注ぐ。


 もう一度飲んでみる。

 水だ。

 これは、間違いなく水だ。


 ――何で?


 費禕をちらりと見てみる。にこにこしているが――目は笑っていないことに気付く。

 背筋に、なにか冷たいものが走った。


 俺を、酔わさないようにしている?

 一体どうして……?


 圧倒的な違和感。


 そもそも、先ほどの呉越同舟が引っかかっている。呉越同舟とは、仲の悪い者同士でも同じ災難にあえば協力して助け合うという意味だ。

 この宴の時に、使うような言葉ではないはずだ。


 ん? 呉と越? あ。


 俺は、その意味に気が付いた。


 高祖劉邦が中国を統一する遥か昔、ここから東にある揚州に、呉と越という国があった。

 この呉と越は不倶戴天の敵であり、最終的に越が勝利したのだが、問題なのは呉の最期だ。

 

 呉王はその昔、越王を追い詰めたのだが、情けにより一度だけその命を助けたことがあった。時が経ち、逆に追い詰められた呉王は越王に助命嘆願をしたのだ。自分がしたように、情けをかけてくれということだ。だが、越王の側近が「天から授かった機会を逃したから今の呉があるのです」と諌め、ここに呉の国は最期を迎えた。


 ――乱暴に言えば、殺せるときに殺さなかったから、殺されてしまったという逸話である。

 

 この水。

 静まり返った宴。

 呉越同舟という言葉の解釈。

 それらを吟味していくと――


 つまり、費禕は、曹操軍が俺を殺す気でいるということを伝えようとしているのだ。


 俺は杯を取りこぼしてしまった。


「あらあら。そこの。新しい杯を持ってまいれ。まだ宴もたけなわではありませぬ。まあ、まあ。飲みましょうぞ」


 賈詡はそういうが、しかし、俺はもうこんな所一秒だっていたくなかった。


 冗談じゃない。

 俺は情報ウィンドウ上でターンを送る。送れば、もう曹操軍の陣幕から出ているはず――


 動かない。


 え?

 何で? 

 お、おかしいぞ。


 その時、次のメッセージが浮かんだ。


【外交中のため、ターン送りは出来ません】


 な……何だって!?


 そ、そういえば、曹操は俺がここに来た時から一言もしゃべってない。

 つまり、外交の成否はまだ判定されていない。

 その結果が出るまで、ターン送りは出来ないということらしい。

 恐るべき誤算だった。

 


「音楽ばかりでは退屈だのう。おお、そうだ。呂布殿――剣舞などをご披露願えまいか」

 

 賈詡が呂布に向かっていったが、彼女は手を振って断った。


「茶番に付き合う気はねーよ」

「……では某が」


 と、立ち上がったのは、長い黒髪の美人。紀霊であった。

 彼女はすらりと剣を引き抜き、音楽に合わせて、流れるような動きを見せる。

 

 素人の俺でもわかる。彼女の殺意が、俺に向けられていることを。

 それを見た王双が、立ち上がる。


「……」

「……」


 にらみ合う王双と紀霊。一触即発の空気が、ぴしぴしと肌を弾くのを感じる。


「お、王双! お前も、剣舞をご披露してさしあげろ」


 こくり、と頷く王双。


「じゃあ、これを使いなよ」


 と、呂布が自分の剣を放り投げてきた。

 そうして二人の剣舞が始まった。

 まるで鴻門之会みたいだと思った。


 笑えない。こっちには、樊噲だけで、張良がいない。そして、相手は項羽ではなく曹操。……まじで気分が悪くなってきた。


「おや、どうされました? 顔色が悪いようですが? 少しばかり飲み過ぎましたかな?」


 費禕が俺を立たせる。


「少し裕也殿を外へとお連れします」


 俺は酔ってもいないのにふらふらだ。肩を貸してくれて、ようやく歩くことが出来た。




「裕也殿。こちらへ」


 費禕は俺を陣幕から出すと、人のいないところへと誘導する。


「あの、費禕さんは、何で俺を助けてくれるんだ?」

 

 へらりと費禕は口元をゆがませた。


「別段、あなたを助けるためにやっていることではありません」


 えっと、何か、怒っている……?

 劉禅と面識があるから、俺のことを助けてくれるのだと思っていた。

 さっきまでのふざけた言動とは打って変わって、完全に真面目な態度をしている。

 ふう、と費禕はため息をついて、歩きながら話した。


「そもそも、何故敵対する君主が外交にやってくるのか、私には理解が出来ません」


 う。今は、かなり後悔している。

 で、でも。まさか、このウィンドウが全く動かないなんて思っても見なかったのだ。


「――しかし、そのくそ度胸のおかげで、このようなことになっているのです」

「というと?」

「宜しいですか? 君主自らが敵陣へと入る。これにより、曹操殿はあなたをただ殺すだけにはいかなくなった」

「何故?」

「【交趾】の人間は、あなたを褒め称えるはずです。自らが犠牲になり、街を救おうとしたとね。それは、曹操殿の統治がやりにくくなるのです。合戦により雌雄を決するのならまだしも、騙し討ちで殺してしまえば、それは反発を招くことになる。」

「うーん。そういうものか……?」

「しかし、家臣を見捨てて逃げ出してしまえばどうでしょう」


 ……え?


 俺は立ち止った。


「小田裕也は、勇気をもって曹操と対峙したが、しかし怖くなって逃げだす。家臣を置いて。余人は、何を思いましょうか」

「王双を殺す気なのか!?」

「我々とて喜んで殺す気はございませんが、彼女は寝返る様な人間ではありません。曹操殿は、自分の物にならぬ者は、切って捨てます」


 心臓が、鳴った。

 

「私がこれを話すのは、あなたが取るに足らない人だと思ったからです。集めた情報とは大違い。とてもじゃないが、我々の中にいる将の、どれともあなたは勝る所がない」

「完全に、馬鹿にしている、ということか?」

「その通りです。それとも、私を人質にして、窮地を切り抜けますか?」


 にこりと笑う費禕。そんなことが出来ないと踏んで、彼女はわざと挑発している。俺のことをくそ度胸とか言ってたけど、彼女のほうがその言葉は似合う。

 まあ、確かに、その通りではある。そんな度胸も実力も、俺にはない。


 実をいうと、持って来たお金はすでに置いてきている。

 俺の作戦通りに、俺がこの曹操軍の陣から離れ、一ターンが進むと、【外交】は行われたことになり、曹操軍の関係は緩和されているはずだ。


 その代り――王双は死ぬ。俺がこの陣を離れていく間に、かならずや曹操が止めをさすはずだ。


 完全にやらかした。

 今までの不思議イベントは、いいことばかりだから、俺に都合のいいことばかり起こるものだと思い込んでいたのだ。



「そこで、選択肢です。小田裕也殿。曹操殿に降伏なさい」

「――」

 

 ここで、こう来たか。

 費禕は、このためにこの役を引き受けたに違いない。

 彼女は、初めから俺の味方でも何でもなかったのだ。


「今決断してくれたならば、王双殿も無事ですし、何より無益な血が流れなくて済みます。私の取り成しで、どうにか命と、食うに困らない給金はお約束しましょう。なんなら、私の家の食客となっても宜しい」


 降伏。

 本来プレイヤー側は【降伏勧告】をされることはないというゲームの仕様がある。

 だが、ここで頷いてしまうと、俺の"見たまま"が適用され、降伏は成ってしまうのだろう。


 実際の所、そうなった場合の俺の生死に関しては、確かめようがない。もしかしたら、このまま曹操軍の手下になれるのかもしれない。

 だけど、恐ろしくて、確かめようにも確かめれない。

 だが、降伏すれば、確かに王双も、他の人間も生存できる。

 俺は、死ぬかもしれないけど。


「どうなさいます? 王双殿を見捨てるか。さもなくば、我々に降伏するかです」


 俺は空を仰いだ。

 畜生。

 だから、俺は、普通の高校生だっつーの。

 こんな難しい問題、答えれる度量なんてない。



 でも。

 約束したのだ。

 ほかならぬ、自分自身に。

 自分の範囲内で、助けれる命は、助けると。

 もしここで、王双を見捨ててしまえば、またあの罪悪感が襲ってくる。そして、それはあの時の比ではないだろう。

 だから――だからだ。


「陣幕に戻る」

「何ですと……?」


 費禕が驚き、目を丸くしたのを一瞥し、俺は背中を向けた。


 話は簡単なのだ。

 曹操に、この外交の成否を答えさせればいい。そうすれば、ターンを送ることが出来、俺と王双は無事、この敵陣から出て、【交趾】へと帰る処理がなされるはずだ。

 

 それが、出来る範囲なのかどうかは、分からないが……




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