第27話 押入れの世界
長らくお待たせいたしました。本当の新3章開幕です。
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【悟川心冶】
そろそろ期末試験。筆記の方はもう課題を片っ端から片づけてるけど、問題なのは特殊科にのみ課された実技試験の方だ。どんなお題やら何やら課されるのか見当もつかない。禍福課になる為なら、何人かで協力を強いるのもあるけど。僕は悶々と考えながら寮の1階リビングのソファに座る。
釣瓶「なーに辛気臭い顔してんだ?」
「あ、燈爾君。今試験のこと考えてて…」
釣瓶「だったらまた特訓組んだ方が良いんじゃないか?R組の連中も手伝ってくれるだろ」
「それも良いんだけど。もうちょっとパンチが欲しい…」
釣瓶「パンチ?」
言葉にするのが難しいけど、クラスメイトやR組の人たちと戦うのももちろん有益なこと。だけど、大人とかもっと面識のない人と戦ったら経験が積めそうな気がするんだけどな…。
釣瓶「ちなみに明日から三連休だけど、心冶は何かすんの?」
「えーっと、一回家に帰ろうかなって。父さんの顔見たいし。燈爾君は?」
釣瓶「俺は家族旅行。兄貴も一緒」
「へー!良いじゃん。何処に行くの?」
釣瓶「山口。何かめっちゃ海鮮料理が上手い店があるからそこ行きたいって」
「いいなあ。僕もいつかは遠いところに旅行に行きたいかも」
釣瓶「あんまり行ったこと無いのか?」
「うん。父さん忙しいし、母さんはいないし、僕も地元の施設で楽しんでるから…。映画館とかがあれば大抵OKだし」
釣瓶「映画よく見るよなー」
「面白い作品に出合えるからね。外れもあるけど」
多白「あら悟川さん。映画鑑賞がご趣味でなさって?」
不意に後ろから声をかけられた。雪の様に白色の肌と髪の多白さんだ。確か多白さんは超が付く程映画やアニメ鑑賞しているって小神さんから聞いた。家から映写機やらを運んでくるほどだから筋金入りみたい。
多白「そうですわ。こちらのアニメDVDお貸しいたします」
「DVD…あ、これ懐かしい」
釣瓶「あー昔ちょっとだけ見たことあるわ」
多白「はい。私達は小学生頃にやっていた教育アニメ【ミルキー星のリンダ君☆】ですわ」
「でも何でこれをチョイスに?」
多白「たまたま全巻持っていて、久しぶりに見ましたの。小学生で見た時よりも話の複雑さや世界観の奥深さがたまりませんでしたの。是非、このワクワクを共有したいと」
「ありがとう。そんなに奥深いものなんだ。じゃあこの三連休でじっくり見ようかな」
多白「ええ。是非とも感想お聞かせてくださいまし」
僕は多白さんから、小学生の時に見ていた教育アニメのDVDを貸してもらった。
公共放送で流れた子供向けの【ミルキー星のカペラ君☆】は、タイトルの通りミルキー星に住むカペラ君を主人公に、星に住むお友達と色々な冒険や日常を送るもの。一度ネットで見た時に、何やら話題になってたりコアなファンが結構多いで有名だけど、詳しくは知らないし憶えていない。
僕が一番このアニメで印象的だったのは、陸に住むミルキー族と海に住むタコダッタ族の話だった。長命で悪いことを忘れやすいミルキー族と、短命で繁栄を繰り広げるタコダッタ族が、仲良くなる為の話し合いやパーティをした話。それも多分収録されてるはずだし、一日向こうで過ごしたらすぐに寮に戻って見なきゃ。
僕は貸してもらったDVDを自分の部屋の机に置き、明日に備えてすぐに寝た。あと意外とDVDがあって落とさないように気を遣ったなー。まさか10巻もDVDがあるなんて結構凄いのでは?
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空は快晴。5月を超えた6月は湿気が強く気温も凄く暑い。何故祝日の無い6月に三連休だって?それは月曜日に創立記念日があるから福禍高校はお休みなのである。学生は部活でもない限り土日は基本的に休めるのでありがたい。
僕は熱中症対策を施して、自分の家に向かって行った。所々で蝉が鳴き始めている。じめじめした空気は扇風機が無いと汗で熱が籠ってしょうがない。電車を使いぱぱっと家からの最寄り駅に降り、歩いて家に向かう。静けた住宅街が1ヵ月近く離れただけなのにとても懐かしく感じる。家の鍵を開け階段を上がる。
「ただいまー」
返事は無い。父さんに事前に連絡をとったら、いつも通り6時か7時くらいに帰るって返信が来た。母さんが失踪してから男手一つで僕を育ててくれた。ちょっと気弱だけど優しい僕の父さん。
「(父の日にはカーネーション送ろうかな…)」
ルナ『きゅーう』
「あ、ルナ…もう」
ルナも懐かしい家に戻ったことに気づいてポケットから出てきてははしゃいでいる。久しぶりに自分の部屋に入れば、あまり物が無くて、それでも綺麗な部屋だった。父さんが掃除してくれたのかな。
「それにしても暑いなー。ルナ、エアコンつけて」
ルナ『きゅ』ピッ
「はーっ…夏でも首元隠さないといけないの大変だよ本当。包帯巻いてるけど汗でかぶれるんだよなー」
僕の首には幼い時から消えない傷がある。物理的なモノ。それがどんな傷かと言われれば、ただ首一周に赤い線のようなものがあるだけ。まるで首を人質にとられて生死を握られているかのような傷。鏡を見る度に少し怖くて仕方がない。
ガタッ
「!」
どこからか物が鳴らす音が聞こえた。音の先は多分この部屋にあるあの押入れ(というかクローゼット)。よく中学時代はブレザーとか冬用のコートとかジャンパーを入れてる場所。あとは扇風機とか冬用の布団だけ。何か物が鳴るようなのは入れてないはず。
僕は恐る恐るその押入れのノブに手をかける。ルナも興味津々に僕の肩に乗って見ている。勢いよく開ければそこは真っ暗で何も見えなかった。本当に真っ暗。
「何も無い」
上にあるはずの棚も、その棚に置いてある布団も、扇風機も姿かたちが一切ない。本当に真っ暗で真っ黒な何も無い世界が広がっていた。自分の部屋の押入れが、こんな異常現象を見せているなんて信じられない。
「これ、連絡とか通報した方が良いよね」
ルナ『きゅう』
「よしスマホ…あ、あれ?」
スマホはネットが繋がっているはずの家で圏外を映していた。インターネットも繋がるはずのこの家で、連絡手段を切られるなんて普通じゃない。この場を離れた方が良いんじゃ…
ルナ『きゅうう』
「え、行くの?」
ルナ『きゅ!』
「守るって言ったって、ルナを使うのは僕だし。え?守られてる?何を言ってるの?」
ルナの話はよく分からないけど、行けって言われるならまあ試したいとは思う。こんな危険な好奇心に従うなんて絶対良くないはずなのに。よし、最悪ルナに罪を擦り付けよう。
ルナ『きゅきゅう!?』
◆
本当に真っ暗な世界だ。スマホの明かりで何とか道を照らしているけど、あんまり奥には入りたくない。幸い一本道で横幅が押入れと同じ位なのがありがたい。帰る時も一本道。
「うぅー怖いよ」
ルナ『むきゅきゅ』
「いや、映画のホラーは映像だから良いんだよ。自分にすぐにやって来るものじゃないし」
ルナ『きゅう~?』
「早く原因か何か見つけてダッシュで帰ろう」
明かりを照らして歩けば、何か広い場所に出る。暗い世界にだんだん目が慣れてきて、初めて肉眼でも多少奥が見え始めた。
「わあ…」
部屋に入って少し経ち、目いっぱいに赤い花が地面に広がっているのが見えた。その花は見覚えがある。近所の庭でたまに見る彼岸花だ。何で押入れの奥で彼岸花が咲いてるの?この純粋な疑問に誰も答えてはくれなかった。
「あれ?何だろあの祠に黒いの…」
彼岸花の奥の方に小さな祠らしきものが見えた。その中は遠いけど小さく黒い何かが置いてある。気になって花を掻き分け近づく。
「なんかルナに似てる?すごい釘やら打たれてるし縛られているけど…」
ルナ『きゅううう…』
「同じ?じゃあこれもサトリ……ッ!?」
僕は咄嗟に祠側の方へ勢いよく離れた。右側、いつの間にかルナを武器に変形させて、臨戦態勢を取っていた。無自覚だけど、身に沁みついてる?いや、危険な気配がしたからだ。
僕がさっきまでいた後ろの場所に、真っ黒な布を纏った大きな化け物がいた。もし判断が遅れていたら死んでいたのかもしれない。
「…っ!」
ルナ『きゅう!?』
頭が痛い。あの化け物を見ているせいかもしれない。何故か頭が痛い。ガンガンと何かが殴るような痛みがする。やばいまともに立てない。頭の痛みで体が思うように動かせない。気持ち悪さもこみあげてる。羽海君のあの時より数倍ヤバい!!痛い!
『お帰り、血を継ぐ者。さあ、その子を返しなさい』
「誰だか知らないけど!僕には返すものも何も無い!!」
お帰りだ血を継ぐ者だ知ったこっちゃない。母さんの血筋は一度も教えてくれなかったけど、もしかしてその関係なんじゃ…じゃあ母さんは、もしかして…
『歯向かえると思っているのかああああ!!!!!』
大きな女性のけたたましい声。耳が痛い。ただでさえもう目が開かない位に頭が痛いのに。でもここで気を失ったら向こうの思い通りだ。そんなの絶対許しちゃいけない。
「うるさい!!……?」
痛みの余り叫んだが、不思議と静寂な世界に包まれた。頭の痛みも引いていた。目を開ければさっきの真っ黒な化物と違う誰かが僕の前に立っていた。
真っ赤で、存在が不安定みたいに揺れていて、刀を携えてる誰か。どことなく水島先生に似ている風貌で後ろ姿だった。
「だれ?」
糸居時雨:男・15歳・160cm・7月30日生まれ・【一人称】:僕・【出身地】:茨城県
【能力】:糸を操るなどの能力(手か口から糸を出せる能力。糸はかなり伸縮性あって丈夫)
Q組の1番。物静かでどちらかというと臆病な性格・頭が良く理系に関しては中々のもの。大田君や牛視君、傘木君と一緒にどっちかというと陰キャ組を結成している。音楽が好きでギターが上手い。
【好物】:おでんの春雨・音楽を聴くこと・漫画を読むこと・映画は海外のが好き・ギター弾くこと