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どうして僕が単細胞に?  作者: 稗田阿礼
第二章 魔女編
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7.愚かな少女の物語


「昔、あるところに蝙蝠の獣人の村があった。人は吸血鬼と呼ぶが、あくまでも獣人だ。」

 

吸血鬼が獣人って不思議な感じだ、まあ似たようなものかとコージは思った。


「その村の近くには人間の村があった。ある時、人間の村が魔物に襲われて多くの避難民が吸血鬼の村に押し寄せた。そして、吸血鬼たちは快くその避難民を受け入れた。魔物たちは人間の村は襲っても吸血鬼の村を襲うことはなかった。


 その吸血鬼の村には愚かな少女が住んでいた。もちろん家族とともにだ。その家族も故郷を追われた避難民を自宅に受け入れることにした。その家に来たのは少女と同じくらいの歳の少年だった。そして、その愚かな少女は少年と遊ぶようになった。

 

ちょうど思春期と重なったのだろうか、愚かな少女はその少年にひそかに思いを寄せるようになっていた。しかし、少年は人間の村が再建されたので人間の村へと帰っていった。


 このことをきっかけとして吸血鬼の村と人間の村はお互いに関わりあうようになったのだ。そして、また数年後人間の村が魔物に襲われた。同じように吸血鬼の村は避難民を受け入れるようになった。前と同ように魔物は吸血鬼の村を襲うことはなかった。

 

そのことを疑問に思う人が出てきた。そして、村がまた再建されると人々は村へと戻っていった。そして、その村にある宗教が広まり始めた。その宗教の名を『神人教』という。教義は人間こそが神に認められた唯一の種族であり、その他の種族は認めないという排他的なものだった。そして、他の種族は人、そして神に災いをもたらすものとして排除すべきと説いている。


 ある人がこう言った。

「なぜ、吸血鬼の村は魔物に襲われないのか?それは、吸血鬼たちが魔物を人間の村にけしかけているから。邪悪な存在だからなのだ。」と。


 ある人はこう言った。

「吸血鬼たちは寝ている避難民の血を吸って我々の生命力を奪っている。」と。


 そして、人間の村では吸血鬼に対する憎悪がたまっていった。それは、人間という種族が能力において吸血鬼において劣っていることに対する逃避も少なからずあったと思う。

 


その怒りと憎しみは膨れ上がり、ついに爆発した。

「すべての元凶は吸血鬼どもだ。奴らを根絶やしにしろ。」

「おおおー。」


 人々は武器を取った。さらなる魔物の襲撃に備えていたものだ。そして、その武器を彼らにとっての魔物である吸血鬼に向けるために。



 人間どもは吸血鬼の村に夜襲を仕掛けた。その夜、愚かな少女は成長してちょうど成人くらいになっていた。少女はぐっすりと寝ていた。村に鐘の音が響き渡るまで。

「敵襲。」

 馬鹿な、この村は魔物よけの結界があるはずなのに。攻められるはずがない。吸血鬼たちは油断していた。



 少女は起きて、リビングに向かった。

「お父さん、何があったの?」

「人間が攻めて来たんだ。」

「人間が・・・嘘・・・」

「理由はわからん。俺は外に出るが、テラはお母さんと一緒に家でおとなしく待っているのだぞ?」

 お父さんはその少女を不安にさせまいと笑顔で家を出て行った。その瞬間にお父さんの首は宙を舞った。

「くそ吸血鬼め、皆殺しだ。」


 お父さんの血が付いた武器を持っていたのは、あの避難民としてこの村に来ていた少年だった。昔と違って体は成長してたくましくなっている。


「お父さん、きゃああ。」

 少女は取り乱す。扉の前で死体がばたりと音を立てて倒れる。

「あなた・・・」

母親も恐怖の表情を浮かべる。

「お父さん、お父さん。」

 愚かな少女は叫びながら、父に駆け寄ろうとする。しかし、それは母親によって全力で阻止される。



「大丈夫、すぐに駆除してやるからな。」

 その少年は邪悪な笑みを浮かべながら、剣を持ってゆっくりと二人のもとへと迫ってくる。母親と娘はお互いに抱き合いながら恐怖する。今度は恐ろしくて声も出ない。


 少年は剣を少女に見えない速さで一振りする。見ると、もうそこには母親の首は存在しなかった。少女に母親の生暖かい血がべとりとまとわりつく。少女の髪、顔そして服はその血を浴びて紅に染まっていく。

「はっはは、吸血鬼には血がお似合いだな。」

 少年はにやりと笑う、まるで獲物を見つけた狼のように。




 少女は憤った。目の前の少年に対して、自分の目の前で勝手に死んでいった両親に対して、村を守り切れなかった村民に対して、恩をあだで返すような人間に対して、そしてなによりこの状況をどうにもできない自分に対して。

 彼女は怒った。この世のすべてに対して。


闇が少女の心を支配していった。


 少年は剣を振り下ろそうとする。嘗て、共に過ごした少女に対して、軽蔑、怒りの感情を以てして。少女は最後に彼の顔を見ようと顔を上げた。そして、母親の抱擁をほどいた。



 その時、奇跡は起きた。

「スキル:思考加速 を獲得しました。」

 天の声が頭の中に響く。


 すべてが止まっているように見える。少女は目の前の少年を見る。剣に付いた血が振り払われて空中を舞っている。しかし、その水滴は少しずつ床に落ちていっていた。そして、少年も少しずつ剣を彼女の首へと動かしている。

 少女は行き場のない怒りをこの少年に向けた。嘗て友達と思った彼に。嘗て、少し好意を抱いた彼に。



 そんな彼は今はただの化け物にしか見えない。そして、少女は自分の愚かさを悟る。人間を信じていたという愚かさを。そして、また自分を腹立たしく思う。


 少女は剣筋をかわすように止まっているように見える少年の首に嚙みついた。それは少年にとっては一瞬の出来事だった。少年は首にものすごい痛みを感じる。


 少女は彼の首の肉を嚙み千切る。ただの獣のように。ある意味正しいと言える。彼女は獣人であったから。その少年は絶命した。

 少女は噛み千切った肉を味わう。

「まずい。」

 そのまま、その場所に倒れて気を失った。





 翌朝、少女は誰もいない村で目覚めた。強烈な死臭がする。周りを見ると、死んだ少年、そして両親に虫がたかっていた。その気持ち悪い光景に少女は顔をゆがめる。


 村には死体だけしかなかった。至る所でカラスが屍をつついていた。彼女はうつろな眼差しで死体を乗り越えて村の中央へと向かう。生き残っているものを探して。


 村の中央の広場には磔にされた村人が数多いた。その光景を見て、少女は跪く。脱力したようにその場に座り込んだ。


 昨日、いつもありがとうと言ってくれたパン屋の優しいおじさんが死んだ。

昨日、お嬢ちゃんはいつもきれいだねとあいさつしてくれたおばあさんが死んだ。

昨日、夕方になる前には帰ってくるんだぞと声をかけてくれた門番のお兄さんが死んだ。昨日、一緒に夕食を食べて、いつも一緒にいてくれた両親が目の前で殺された。



「うっ、うっ、お母さん、お父さん、みんな、うっ。」

 少女はここで初めて死を受け入れた。そして、悲しみがこころの奥底からあふれんばかりに湧き出してきた。


 涙も同様に、頬を伝って床にポトリと落ちる。少女は大声でずっと泣き続けた。しかし、その鳴き声を聞く者は誰もいなかった。


 そして、長い時間が経ったのち、少女は泣き止んだ。そして、この世のすべてのものに対して、怒った。許せない。村を殲滅した人間ども。許せない、許せない、なによりも無力な自分が許せない。許せない、許せない、許せない。


 このとき愚かな少女は初めて力を欲した。このどうしようもない怒りの行き場を作るためだったのだろうか。とまれこうまれ、その願いは聞き届けられた。



「スキル:憤怒 を獲得しました。

 称号:憤怒の王 を獲得しました。

 個体名:吸血鬼 テラロッサ・キーレ の進化を開始します。」


 急に意識が遠のいていく。少女は何が起こっているのはわからなかったが、それは自分の欲している力を与えてくれるものだと理解した。そして、彼女はそれに身をゆだねた。


 まあ、こんなもんだ。」




いつも読んでいただきありがとうございます。

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